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白く輝く帆の下で  ー北の州長の奮闘記ー  作者: きいまき
クロワサント
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その日。

 その日、僕は大急ぎで港へ向かっていた。


「でかいんだって?」

「おう! 北の大陸ロウノームスから来たらしいぞ!」

「正式な使者一行だって聞いた!」

「おーーーーーー!!!!!」


 走って向かう途中、あちこちから出て来る顔見知りや友人達と合流した。

 目的はみんな一緒、話にだけは聞いていた北の大陸ロウノームスから来た大きな船を見に行くのだ。


 父である州長のところへ知らせに来た港の管理者によれば、その船にはロウノームスからの正式な使者一行が乗っているらしい。


「エイブ。何が起きるか分からないから、お前は家にいなさい」

 と父は言ったが、そんな言いつけなんて聞けるはずがない。


 見つからないように、父が港へ向かった後、少し間を置いて、僕も家を出た。



 だいたい父は過保護過ぎる。

 母が数年前に高齢出産に挑み、弟か妹と共に亡くなってしまった時から特に。

 それから父一人子一人でやって来ている。


 父の気持ちも分からないでもないが、来年11歳になれば、僕も青年の家で完全に集団生活に入るのだ。

 そろそろ子離れしてほしいと僕は常々思っているが、州長館である家と青年の家が隣に建っている事を考えると道は遠そうだった。



 港には既にたくさんの人が集まっていた。

 その間を縫って、僕は何とかロウノームスの船が見え、なおかつギリギリ話が聞こえる位置まで進んだ。

 ただし父に見つかって、後からお小言を食らいたくはなかったので、最前列には出ない。


「大きいねぇ」

「おう……」


 ロウノームスの船はクロワサントの帆船とはまるで違っていた。

 まず、大きさ。

 そして船体の側面の両舷から、数多くの太い棒……櫂が突き出ている。


 あの櫂をロウノームスでは奴隷と呼ばれている人達が漕ぎ、船が進むという事を、僕も話でだけだが知っていた。


 僕が住んでいる州は、クロワサント島の最北部にあたる。

 北の大陸ロウノームスに一番近く、他の州よりも大陸の情報が多く入ってくる。


 僕の父がくじ運の悪さから州長となり、州長の住む村=州都には、ロウノームスから訪れる商人がますます増えた。


 ちなみに父よりもくじ運の悪い島長は、ちょうど山脈を越えた南の州の麓付近に住んでいる。


 ロウノームスからの商人にすれば、直接船で乗り付けられるこの州の方が便利に違いない。


 だが正式な使者ともなれば、島長の住む島都へ行ってほしい。

 とても派手な使者及び随行員一行に、父はそう伝えている。



 それを聞いた使者は、突然に話を変えて来た。


「話はよく分かった。時に州長殿、この村に医師はいるか? 実は船の櫂漕ぎ奴隷達の多くが病に罹っていて、今無理をすると帰りの漕ぎ手まで失い兼ねない。島都へ行っている間、病を診て頂きたいのだが」


「医師はおりますが、一体どのような病でしょう?」


 そう父が尋ねたのに、せっかちなのか使者から詳しい説明は全くもらえなかった。


「診てもらえれば分かる。我々は早速島都へ向かわねば……っ」

「案内をお願いしたいのだが」

「もちろん礼はきちんとする」


「行ける所まで船で進み、途中からは馬車で進む事になりますが、宜しいですか?」


「かまわん。宜しくお願いする」

 

 正式な使者に行く先々で騒動を起こされては適わないし、万が一遭難なんて事になりでもしたら目も当てられない。

 父は慌てて、帆船を準備させ、島都までの案内人を頼んだ。


 休憩も一泊もなしに使者は島都へ出発したが、使者達は威張っている感じがするし、接待せずに済んで良かったと思う。



 ロウノームスの使者と随行員を見送った後、父は入れ違うようやって来た医師達と一緒に、船の中へ入っていった。


 が、あっという間に出て来て、口々に叫び出した。


「みんな! 村中の医者を呼んできてくれッ!」

「それから何か消化に良さそうな食い物ッッ」


「150人分頼むッ! 症状が重い奴はどこかに寝かせないと……ッ」


「ここから逃げ出さないようにだろうが、3人一組で足を鎖で繋がれて、明らかに全員栄養失調だ。これじゃあ治るものも治らん」


 父は船から降りると、州長館へ向かった。

 近くの村に医師の派遣を依頼する手紙を書くのだろう。


 最後まで父に見咎められずに済んだと思う間もなく、僕も心当たりの方向へ走り出した。




 ロウノームスの櫂漕ぎ奴隷達が何の病なのか、どの医者も答えを出せなかった。

 対処療法で船から清潔な屋内へ身柄を移して隔離し、熱さましや鎮痛剤を飲ませた。


 最初は栄養失調等の長い間の奴隷生活がたたった病だと思われていたが、しばらく経つとそれだけではないのが分かった。


 ロウノームスからやって来た病は感染力が強く、しかも致死率が異常に高かったのだ。


 そうと分かった時には手遅れだった。

 病は僕の住む北の州に留まらず、最終的にクロワサント島全てに広がっていった。



「州長! 家族がやられた! 貯蔵してある薬草を分けてくれ……っ!」

 毎日こんな風に村人達が州長である父を訪れた。


 ばたばた人が倒れ、医師もいなくなり、感染は体力のない老人や子供から次々と命を奪っていく。

 もうすぐ冬になるというのに、貯蔵していた薬草は底を尽いた。


 感染を防ぐ為、他州は州境を閉ざしており、無理に越境する者が出た事から、関係も悪化し、助けは期待出来ない。

 他の州もきっと助けるどころではなく、それぞれ対応に追われている事だろう。


「……薬草はもうない。とにかく体を冷やして熱を下げてくれ」

 そう言って、父は村人達を追い帰した。


 その頃、僕もまた病に感染していたのだ。


「……お父さん、これ。さっき、もうない……って」

「……。……いいから、飲め。飲んで元気になるんだ、エイブ」

 

 僕の為に父が嘘をついてまで手元に残した最後の薬草湯を、僕は飲んだ……。



くじ引き


 クロワサント島では1年に1回、コメ(もどき。以降コメで統一)の収穫祭の時にくじ引きが行われている。


 くじ引きは基本的に村単位で、全ての村人が役割に付くようになっている。


 村長・相談役などから、田園への水路整備係まで、20歳以上の全ての人がくじを引き、土地も同様に割り振られる。


 くじ引きは、個人的な交換なら可能だ。


 州長は10年に一度、その年村長になっている全員でくじを引く。


 村長は1年で交代出来るが、州長は10年間も交代出来ない。


 州長を引いてしまった人は、村長も10年間兼任で勤めなくてはならない。


 そして島の代表=島長も、州長のくじ引きの5年後、現島長の州を抜かした州長9人でくじを引き、大当たりを引いた州長が島長となる。

 

 つまり10年間、村長兼・州長兼・島長であり、島長のくじを引いたくじ引きに非常に弱い村長の村は、10年間島都と呼ばれる。


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