野望はいかにして生まれたか-女の嫉妬2-
それはルイーズの社交界デビューを3ヵ月後に控えた、15歳のある日のことだった。
久しぶりにスクールへと顔を出した私は、もう5年にも及ぶ嫌がらせをうけ、それをいつものように無視していた。授業が終わり、そういえば今日は時間差でルイーズもスクールに来ていたことを思い出し、愛しい妹の姿を見るため、彼女のクラスへと顔を出すことにした。
ルイーズのクラスは私のクラスとは大分離れている。私が授業を追え、彼女のクラスへ顔を出す頃には、彼女のクラスの授業もとっくに終えていたので、もしかしたらもういないのかもしれない、と思いながらクラスを除いた。そこには。
「なんとかいいなさいよ」
「貴女のお姉様、将来は王妃様になるのよね。私いやだわ、あんな無愛想で、可愛くもない方が王妃だなんて」
「貴女のお姉様でしょう?ちょっとは貴女のその可愛らしさ、分けてあげたらいかが?」
「あらダメよ、この子から可愛さを取ったら何が残るというの?」
「それもそうねぇ」
キャハハハハと品なく笑う彼女たち。その中心で、何も言い返さず俯いているのは、
「ルイーズ!!!」
「お、姉、さま…?」
私の姿を認めたとたん、青い顔になるルイーズ。
「聞いてらしたの…?」
泣きそうな、つらそうな顔のルイーズ。
それで分かった。分かってしまった。今までにも似たようなことがあったこと。そのたびに、私のせいでルイーズまでバカにされていたこと。恐らく私の立場を思って、何も言い返せなかったルイーズのこと。そして今回彼女たちの罵りを私が聞いたことで、私が傷ついているのではないかと心配していること。
「ルイーズ、私は、何も感じてはいないは。そのような子達の言うこと、聞いてはだめよ?さ、帰りましょう。今日は、私の部屋で一緒にお茶しましょう?」
勤めて優しく見えるであろう笑顔でルイーズに話しかける。その笑顔から、私が傷ついていないと分かってくれたのか、すこしほっとした顔でうなずくルイーズ。
「あ、あの、レイラ様…、今の話を…」
「…」
ルイーズへ向けた笑顔から一転、彼女たちが無愛想、という顔で、そちらを一瞥する。
そして一言だけ、返した。
「私、ルイーズのことでなら、いくらでも怒れるのよ。知っていらして?」
とたんに蒼白になる彼女たちを無視して、ルイーズの手を引いて帰る。
「お姉様…!彼女たちは…」
「ルイーズ。貴女がいくらやさしくても、彼女たちをかばうなんてばかげているわ。私は、貴女をいじめていた彼女たちを、許せないの!」
「お姉様!」
その夜、私は怒りに任せてスクールであったことをお父様に告げた。
ルイーズが私のせいでいじめられていた事、そうなった経緯として、私がこれまで受けてきた嫌がらせの事。私の事はどうでもいい、ルイーズがいじめられることは許せない、どうにかできないか、という旨を、全て告げた。
お父様は黙って聞いていた。時々、どのような事をされたのか、誰がそのようなことをしたのかを、淡々と聞いてきて、最後に、そうか、とつぶやいた。
次にスクールに行った時、面だって私に嫌がらせしていた女のこのうち、リーダー格だった子がいなかった。たまたま休みなのかしら、とは思わなかった。なぜならその子以外の子が、皆一様に私を恐れるような目でこちらを見ていたから。
そして、こう話しかけてきた。
「ご、ごめんなさい。今までの事、本当にごめんなさい!」
いきなり何、というと、彼女たちは口々に早口に言ってきた。
本当はあんなことしたくなかった。
いなくなった彼女が嫌がらせを強要してきた。
悪いと思っていた。
彼女がいない今では、そんな事絶対しない。
だから、どうか貴女のお父様に言わないで。
もう絶対に何もしないから。
…お父様?お父様が何かしたの?
そうして思い出してみれば、ルイーズへの嫌がらせについてお父様に告げ口したとき、流れで私への嫌がらせについても言ってしまった。聞かれるがままに相手の名前、いなくなった彼女の名前を出してしまった。そして彼女は。
ショックだった。自分の浅はかさが、お父様の残酷さが。消えてしまった彼女を、そこまでにくく思ったことはない。ただ、ルイーズが私のせいでいじめられたことへの憤りのまま、お父様に問われるままに答えただけだった。それで、彼女が、彼女の家が王都から消えるだなんて、思いもしなかったのだ。
自分が生まれた公爵家というものの力を、生々しく思い知ったのは、これがはじめてだった。