野望はいかにして生まれたか-婚約者3-
ルイーズが15歳になる誕生日。
私はまたしても張り切って彼女のドレスを選んだ。
半年前の社交界デビュー時は夜会だけだったが、今回は昼間に昼食会も行うのだ。
まだ社交界デビューをしていないルイーズの友達もいたため、お父様にそのようにしてもらった。
と、言うわけで、今回選んだのドレスはは昼と夜の装い、2種類。
テーマとしては、昼は健康的な美、夜は大人の色香といったところかしら。
昼は明るい黄色のシフォン素材、夜は身体のラインをちょっと意識した濃い緑のビロードで作ってもらい、装飾も昼は生花を中心に、夜は蝋燭の光でより輝く宝石を中心にまとめた。
(我ながら、今回もいい出来だわ)
昼の会を終え、夜の装いに着替えたルイーズを思い出し、またにやける。
今は夜会の途中で、ルイーズは会場から少し席を外しているようだった。
そういえば、と思いだす。
半年前の夜会のときの、オーウェンの見とれっぷりったらなかった。
結局あの時傾国の美女、だなんて彼らしくない褒め言葉を控えの侍女が聞いていたらしく、それ以来ルイーズへの賞賛の言葉に用いられることが増えた。
半年前から登城するとかならず顔を出していたオーウェンも、ルイーズを見ては熱心に話しかけ、パーティーに来たがっていたが、彼は腐っても王子である。よほどの理由がない限り、王城から出られないため、盛大なプレゼントを我が家に届けるにとどまっていた。
あの時あれだけルイーズに見とれていたオーウェンに、今回の装いを見せれないことは同じルイーズ愛好家(?)としては残念な限りだ。
「久しぶりだな、レイラ。相変わらず表情が死んでるぞ」
「あら、ヒギンズ兄様、失礼ね」
溢れ出る色気を隠そうともしないこの色男は、ラウルの兄のヒギンズだ。私たち幼馴染一団とは年は離れているが、既に仕官している彼は登城して勉強していた私たちに構ってくれることも多く、兄様、と読んでいた。
私よりも10年上のこの幼馴染の兄は、しかし私と同世代の女性から私の母の年代の女性まで幅広く浮名を流す、ある意味危険な男である。
いくら兄と慕う男とはいえ、ルイーズがこんな男の毒がに掛かっては目も当てられない。このところ外交官として国外に赴くことが多いと聞いたヒギンズは、忙しくて来られないだろうと思っていたのだが、宛が外れてしまった。イースター家からはラウルが来るから別に来なくてもいいのに。
表情が死んでる、といわれた無愛想な顔を意識的に不満げにゆがめた。もちろんこういったことは親しいからあえて出来るのだけれど。
「何か、僕が来ることに不満でもありそうな顔だね?どうせなら笑顔が見たいんだけど」
「いやだわ、不満げだな・ん・て。ただ、最近お忙しいときいたので、来られないものと思ってましたの」
「ま、忙しいのはそうなんだけどね。最近社交界で話題のルイーズの誕生会とあっては、出席しないわけには行かないだろう?本当に綺麗になったものだ」
来なくてもよかったのにっ。ルイーズに手を出すんじゃないでしょうね?!
そんな私の腹のうちを見透かしてか、またクスッと笑い、それに、と続けるヒギンズ。
「ラウルがどうしても来れない、というから、それもあって都合をつけて来たんだよ」
「え?ラウル、来ていませんの?」
「今日来ているご令嬢の中に、昨日振られた相手がいるようだよ。いちいちそんな事を気にしているような性格では文官なんぞ勤まらん、といってやったんだけどねぇ」
「なるほど」
惚れっぽいラウルはよく告白しては玉砕している。決してラウルの見目や、中身が悪いわけでない。ただ、彼が惚れるあいてはことごとく彼の兄、ヒギンズの毒牙掛かって、ヒギンズに惹かれているのだ。
「兄様もほどほどにしないと、いつかラウルから刺されますわよ」
今度は意識的でなく、自然な笑顔で忠告した。
それに対し、ふむ、と検分するような視線を向ける兄様。
「いやあ、レイラも綺麗になったね。兄様は今感動している。うん、そうやって笑っていたほうが素敵だよ。ほんとうに、麗しい姉妹でうらやましいよ。ま、ラウルにはせいぜい気をつけるとするよ。」
後で一曲踊ろうか、とのお誘いに、私も他のご令嬢から刺されるのは嫌ですから、と笑って答え、その場は分かれた。相変わらず兄様の口は女性を口説くためについている。
「おい」
「はい?!」
気配なく背後に立たれ、肩をつかまれた。
驚いて勢いよく後ろを振り返ると、ギースがいた。
「なによ、ギースか。驚かさないで、」
「ヒギンスのやつ、変な事いってなかったか?」
「兄様?変な事?…いつもの通りだったけど?」
「…」
「何よ」
どこなく不服そうなギースの表情。
「まあ、あれだ。あいつはいつもああいったことを不特定多数の女性に言っているわけだから、あまり本気に取るなよ」
「わかってるわよ。兄様の言葉がリップサービスかどうかくらい」
大体、あのルイーズを妹に持つ私よ?ルイーズに近寄りたいって男性の数々のお世辞を受けて育った私が、いくら兄様といえどそのことばを本気で取ったりしないわよ。
「それにね、私、自分の容姿が男性のどう写るかくらい分かってるの。そうやすやすとおだてに乗ったりできないわ」
これはちょっと悲しいかもしれない。でも、しょうがない。事実だ。所詮私は平均よりほんのちょっとばかり可愛いだけの(それも雰囲気美人の域を出ない程度の)容姿なのだ。
今でもルイーズは私をお母様に似ている、といってくれるけど、それはやはり髪の色や、あの大分私よりの表情で描かれた肖像のせいに過ぎないと分かっている。
「いや、あのな、お前はほんとにわかってるのか?」
「はいはいご心配どうも。それより」
兄様の背中を捜す。
私に断られたからと言って、次はルイーズを誘うのではないでしょうね、と思ったのだ。幸い、彼は別のご令嬢に声を掛けられていた。一安心である。
その流れでルイーズを探すが、
(…まだ、席をはずしているのかしら?)
お手洗いにしては長い。
ドレスの締め付けがきつ過ぎて、苦しくなっているのかしら…?
少し心配になり、まだ後ろでなにやらごちゃごちゃいっているギースをおいて、探しに行くことにした。
(ルイーズ…?)
ルイーズの部屋の明かりが、扉の隙間から漏れていた。部屋に戻っていたと分かり、安心する。とともに、早く会場に戻らねば流石に中座時間が長すぎると少々お小言を言うことにした。甘やかしてばかりではルイーズにとって良くない。気合を入れて扉に手を掛ける、その寸前。
「オーウェンっ!」
え?
「ルイーズ、いいかげん分かってくれ。いや、本当は分かっているんだろう?俺の、気持ちを」
「だめ、やめて。貴方の相手は」
「わかっている!それでも、これは、これだけは…」
「だめよ、オーウェン。それはもらえない。もらえないの…」
隙間からみえる、よく知る二人の姿。
私の愛する妹と、
私の将来の夫。
何?何が起こっているの?
隙間からわずかに見えるオーウェンの手元には、白いリボンが握られていた。
この国で、男性が女性に白いリボンを渡すこと。それは、
「お願いだ。今夜だけ、今だけでいい。このリボンを、…俺の思いを受け取れ」
「オーウェン…」
愛の、告白。
物音を立てずに、細心の注意を払って部屋を離れる。
どうして気付かなかったのか。
半年前のオーウェンの瞳。
ここ最近のルイーズの瞳。
それは、あのラウルが様々なご令嬢を見つめる目と同じだったのに。
「そういう、こと、だったのね…」
私は考えなければならない。
私がしたいこと、すべきこと。
妹の事。婚約者の事。
先ほど見た光景で、何を思った?
私は、どうしたい?
どうすれば。
「考えなきゃ、いけないわ」
あの愛しい妹が幸せになる方法を。