野望はいかにして生まれたか-婚約者2-
ルイーズの社交界デビューの支度をすっかり終え、オーウェンと宰相殿(この頃は宰相殿ではなかったれど)の迎えを待っていた。
と、その時、侍女がパートナーたちの到来を知らせたので、部屋に迎え入れるように言う。
さて、いつも元気で女性へのほめ言葉は「綺麗だ」意外のレパートリーのない婚約者様は、大人の女性へと変身した美しい妹になんと言ってくれるのかしら?
また、久しく妹に会っていない年の離れた幼馴染は、美しく成長した妹を見てあのよく回る口からどんな褒め言葉をだすのかしら。
想像するだに楽しい。
そして扉は開かれた。
最初、オーウェンは扉近くに立っていた私を見つけ、微笑みかけようとした。が、そのすぐ後ろに立っていたルイーズを目にした瞬間、動きを止めた。手足の動きを止め、瞳を動かさず、瞬きすらしなかった。
「オーウェン?…オーウェン!」
「っ!」
あんまりにも動かない婚約者を前に、耳元で大きな声で呼ぶと、現実に戻ってきたようだ。
ただし、あくまでも目はレイラから離れないようだった。
「なあに、そんなにルイーズが可愛くて美しくって見とれちゃうかしら?うふふ、褒めるなら私も褒めてよね!なんといってもルイーズの魅力を最大限に引き出してるあのドレス、私が選んだんだから!…ちょっと、オーウェン?聞いてる?」
「あ?あ、あぁ…」
この男、私の可愛い妹をみて「あ」しか言わないってどういうことかしら。
まあ気持ちはわかるけど。
一方、普段はもう一人の彼はというと、
「見違えたようだよ、ルイーズ。久しぶりに会ったと思ったら、こんなに素敵なお嬢さんになっていたとはね」
ギースウィル、略してギースは、いつもの通り良く回る口でルイーズを褒めていた。
「なあにそれ。月並みなみな褒め言葉ね。貴方の無駄に良く回る口を、こんなときこそ全力で使うべきでしょう?まったく使えない男ね」
「おいレイラ、それはちょっと言いすぎじゃないのか。大体な、俺の口はやたら滅多に女性に褒め言葉を口にしないんだよ」
「あれで?あれでそうなの?つまり私にいつも言ってるような「綺麗になったな」とか「魅力的だ」とか「殿下の婚約者にしとくのが惜しいくらいだ」とかは標準装備ってこと?!怖っ、怖いわ!!あなたそれでよくヒギンズ兄様の事とやかく言えたものね?!」
「いやだから、俺はだな…」
「大体そうならそうで、もっとルイーズを言うことがあるでしょう?月の女神もかくや、とか星より美しい、とかまさに…」
「まさに、傾国の、美女…だな」
と、私の言葉を継ぐようにオーウェンが言った。どうやらまともに動き始めたらしい。
後になって思えば、ルイーズの事を傾国の美女、と私の前で始めていったのは、オーウェンだった気がする。
「そう!そうそう、そうでしょ?!オーウェンわかってるじゃない。そこの女ったらしも見習いなさいよ」
「だれがたらしだ、この無愛想め」
「あぁら、今の私のどこが無愛想なのかしら?ルイーズを思ってとまらないこのニヤつきを収めて欲しいくらいなのだけど?」
「ではがんぱってその笑顔を夜会まで続けてもらいたいものだな?」
それは多分無理だとわかっているので、聞かなかったことにする。
「に、してもオーウェン。私のデビューの時には『綺麗だな』としか言えなかったのに、ほんと成長したわね」
「からかうな。いやでも、ほんと、…綺麗だ」
そういって、見たこともない熱い瞳でオーウェンはルイーズを見つめていた。
「ありがとうございます、オーウェン様」
「…いつも言っているだろう、オーウェンでいい」
「でも」
「オーウェンと呼べ。これからは。いいな」
「は、はい」
「呼べ」
「え?」
「名前。呼んでみろ」
褒められたことに照れるルイーズに畳み掛けるように名前を呼ぶように言うオーウェン。確かに彼は幼馴染には名前を呼び捨てされることを望んでおり、このやり取りもいつもの事であった。のだが。
「…オーウェ、ン?」
「よし!」
そういって笑うオーウェンの笑顔は、いつも私が見ているものとは、少し違うように感じた。
このときの私は感じた違和感違和感は、夜会中も、その後の日々も、ずっと続いていた。
今、その場面に立ち会えば、すぐにわかっただろう。
オーウェンがルイーズを見つめる笑顔は、瞳は、恋する男のものだということ。
そして、その後、頻繁に私に会いに来るようになったオーウェンの目当ては、実はルイーズであったこと。
また、いつからか、ルイーズがオーウェンを見る瞳も、熱いものへと変わっていったこと。
だが実際に、私が二人の秘めた思いに気付くのは、それから半年後、ルイーズの誕生日の事だった。
宰相殿の本名:ギースウェル・ルゥ・イーリス(侯爵家)
知力のイースター家の傍系で、家柄としてはルイーズたちにやや劣るものの、早い段階から頭角を現していたため、王子以下幼馴染グループに投入された。