野望はいかにして生まれたか-婚約者1-
私はレイラ・ディ・キルウェストとしてノーズブライト王国の公爵家、キルウェスト家長女として生まれた。
そこそこ整った顔の父と、結構な美女だった母の娘としては、まあ母親似のそこそこよい顔で生まれた。といっても母のように終始美しい笑顔を浮かべることはなく、とある人生の転換期までは、大よその人に対して無愛想と呼ばれる表情を浮かべていたのだけれど。
そして私に遅れること2年、妹のルイーズが生まれた。そこそこ整った顔の父と、結構な美女だった母の娘としては、出来過ぎなほど愛らしい、将来は傾国の美女と呼ばれる妹であった。私と違っていつも愛らしい笑顔でいる(笑顔でない表情も愛らしい)、すばらしい妹だ。
そんなわけで、私の生家キルウェスト公爵家は、そこそこ整った顔の父と、結構な美女の母、それなりだけど無愛想な私と、群を抜いて可愛らしい妹で形成されている。
…形成されていた。
母は私が5歳の時、風邪をこじらせてなくなった。最後は苦しむ様に、あのいつも美しい描いを浮かべていた顔をゆがませて亡くなったのをよく覚えている。それ以来、ルイーズは以前にもまして私に懐いてきた。
とある理由から、父はルイーズに辛く当たることが多かったので、余計に私はルイーズに優しくしていたのだが、それも彼女が私をよく慕うようになった要因だと思う。
そんな我がキルウェスト公爵家だが、この国には他に2つの公爵家を持つ。その中でもっとも古い歴史をもつのが当公爵家だ。それもそのはず、始祖は初代国王の弟で、開国の際、王が己の支配を確固たるものにするため、自身の弟を高位貴族に添えたの事がキルウェスト家の始まりなのだ。
当公爵家は"血の公爵家"であり血統以外これといって特色はない。翻って他の2公爵家は、知力については他の追随を許さないイースター公爵家と、武力では負け知らずのサウズスト家である。
血統、知力、武力と、まあバランスが良いと言えばそういえる3公爵家だ。
さて。連綿と続く歴史の中で、王家とキルウェスト家の血のつながりも薄れて久しい昨今。私が10歳の誕生日を迎えたその日、現当主であるお父様は私にこう告げた。
『お前は将来、この国の王妃となるのだ』
つまりは私、レイラ・ディ・キルウェストがノーズブライト国第一位王位継承者であるオーウェン・フォン・ノーズブライト王子の婚約者となったという話だ。
こうなるまでには、私の知らないところでいろいろな駆け引きが合ったらしいが、結果的にお父様の権力への渇望が勝利を収め、時期王妃の座を自分の娘に射止めさせたわけだ。
他の2公爵家とくらべいまいち特技のないキルウェスト家としては、王妃を輩出することで権力の地盤を固めなおしたい、と言ったところであろう。また当代、他の2公爵家には娘がいなかったため、お父様にとっては絶好のチャンスだったのだ。
王妃候補となる以前から、私は王城で作法や歴史の勉強を王子と一緒に受けていた。といっても二人きりではなく、妹のルイーズ、イースター公爵家の次男のラウル、サウズスト公爵家長男のアズの5人が生徒として、そしてなんと教育係として宰相殿も一緒にすごしていた。
といっても宰相殿は教育係と言う役のお目付け役のようなもので、専門の先生は別いたし、少しわからないところがあると宰相殿に聞いていたり、授業を(なかばむりやり)抜け出して遊んだりしていた。
宰相殿だけちょっと年が離れていたが、私たち6人は幼馴染のようなものである。
大人たちからしてみれば、将来確実に国の中枢部に食い込むメンバーを幼少期から一緒に過ごさせることで、将来よからぬ企みが起こるのを防ぐ目的があったのだろう。
また、お父様には別の思惑もあったようで。
幼いころから婚約者と一緒にいることで、恋愛感情をお互い持たせよう、ひいては少しばかりでも幸せな(愛し愛される)夫婦にしてあげようという事らしかった。
王族に限らず、貴族社会では当人の意に沿わない、愛のない結婚など溢れ返っていることを考えれば、それは私が彼から受けた数少ない親心だった。夫婦仲のよいとはいえなかったお父様とお母様だったので、父なりに思うところがあったということか。
ただし、私とオーウェンが一緒にいた時間は長かったけれど、結局双方に恋愛感情が生まれたかと言うと、それはなかった。なぜか。
私側の事情はさておき、オーウェンについては非常に分かりやすい理由だった。
私はその時の事をよく覚えている。
私とオーウェンが婚約してから5年。私が15歳、オーウェンが16歳、ルイーズが14歳のころであった。
この国では女性は14歳で社交界デビューをする。私も14歳の頃、王城で行われた夜会でデビューを果たした。当然、パートナーは婚約者であるオーウェンで、正真正銘王子様であるオーウェンのエスコートは紳士的で素敵ではあったのだけど、トキメキは感じなかった。丁度その頃、私の恋愛観に激震をもたらす事実を知ったばかりだったので、恋愛に対する憧れとか、やる気といったものが根こそぎなくなっていたせいもあったかもしれない。また、婚約者に特別な感情が生まれなかったのはオーウェンも同様であったようで、無事私のデビューが終わった後にお互いの関係が幼馴染から変わることはなかった。
そして、ルイーズのデビュー時のこと。本来のパートナーは幼馴染のアズであったのだが、直前の軍事訓練で足を怪我してしまったため、変わりにオーウェンがパートナーを引き受けた。ラウルがやる、という話もなかったではないが、ラウルがものすごい勢いで辞退したため(この頃のラウルは非常にダンスが下手であったこと、社交界デビューの女性のパートナーとなった男性は必ず一曲はダンスを踊らなければならないことを補足する)、親しい関係にある、将来の義兄となるオーウェンが引き受けてくれた。
もちろんその夜会には私も出席予定だったので、急遽出席予定ではなかった宰相殿にパートナーを依頼し、しぶしぶ受けてもらった。
普通、夜会のパートナーは女性を家からエスコートするものであるが、オーウェンは王子である。警備上の理由から王城を出られないため、少し変則的ではあるが私はいつも王城の一室で夜会の支度をしていた。当然、ルイーズのデビュー時も王城で支度をし、オーウェンと宰相殿の迎えをまっていた。
初めての夜会でパートナーを待つルイーズは、美しかった。その頃はまだ傾国の美女などと呼ばれていはいなかった彼女だけれど、その日初めて薄い金色の髪をアップにまとめ、色香の漂ううなじを披露した姿は、ほんとうに美しかった。髪を上げ、うなじを晒すのは大人の女性のみ許されたスタイルで、社交界デビューの際はそのような髪型をするのが常であったのだが、今日の夜会で何人の男性がこの子に陥落するのだろうと、楽しみ半分、ルイーズへの心配半分でいた。悪い虫は全て私が取り除くのだ。
それにしても…
「ルイーズ、本当に綺麗。可愛い。ううん、やっぱり綺麗!」
「お姉様、褒めすぎです。恥ずかしいわ」
そう言ってはにかむ妹の姿がまた可愛らしい。
今はルイーズと二人きりのため、いつもの無愛想はなりを潜めもてる力全てを出し切ってルイーズを褒めちぎる。
「お姉様も、その青いドレス、とってもお似合いで、お綺麗です。こうしてみると、お姉様はお母様に本当によく似ていらっしゃるわ」
確かに私は年を経るごとにお母様に似てきている気がしなくもない。髪の色も、ルイーズより少し濃い金髪はお母様とそっくりだ。といっても瞳の色は私はお父様と同じ深い緑で薄い青だったお母様の瞳とは似ていない。何よりお母様は笑顔の印象が強かったため、多くの人から無愛想と揶揄される私とお母様を似ている、という人は稀だ。ルイーズだって髪の色こそ薄いものの、瞳は青みの強い色でお母様よりだし、何より美しさでいったら明らかにルイーズのほうがお母様よりである。まあ、ルイーズの中のお母様像は家に掛かっているお母様の肖像がが元になっていて、それがまた私によく似ているからそのように思うのだろう。
実際のお母様は、あの肖像画よりもっと美しかったし、やっぱりルイーズのほうがよく似ていると思うのだけれど。
「そうかしら?まあ、私の事はいいのよ。今日の主役は、ルイーズ、貴女なんだから。私のドレスを褒める暇があったら、自分のドレス姿に見とれてなさい」
「お姉様ったら…」
ふふっとわらうルイーズ。もう、本当に、可愛い。そしてドレスが良く似合っている。
「でも、ありがとうございます。このドレス、本当に素敵。流石お姉様だわ。私はともかく、このドレスは自信を持って披露できます!」
「バカね、貴女が着ているからこそのドレスよ?自分ごと、自信を持ちなさい」
「…お姉様、大好き」
私も、貴女が大好きよ、ルイーズ。
彼女の今日の装いは、私が布からデザインから選び抜き、首輪や髪飾りといった小物も全て私が揃え、正に会心の出来だった。本来そのような役目は母親が担うのだけど、私たちの母親は既に故人だったため、私がその任を負ったのだ。
白く丸みを帯び始めた身体を、薄桃色の薄い生地を何枚も重ねた花びらのようなドレスが覆っている。足元に行くほど布の重なりが多くなり、腰元から足元まで綺麗なグラデーションが出来ている。胸元は下半身と比べればシンプルではあるが、近寄ってみると金糸で小さな花と、それに複雑に絡み合うような蔦が縫い取ってある。
またドレスの背中を結ぶ紐は複雑な結び方をされており、身分の高い大人の女性にのみ許された結び方をしている。
腕を丸々出すスタイルは近年の流行であるが、ルイーズはそれを恥ずかしがったため、ドレスと同じ素材の、ほとんど白に近いうす桃色のストールを羽織らせてある。もちろんそのストールにも胸元と同じ花と蔦の意匠を施し、端には真珠の飾り付けがしてある。
正に美女。いや、まだ可愛らしさの残る姿だけど、数年後には絶世の美女になろう事は間違いない。
その出来栄えに淑女として失格ではあるがニヤつきが抑えられない。
いつもの無愛想な顔はどこへ行ったのかと自分でも驚くほどだ。
(本当に、よくやったわ、私)
だてに半年前から準備をしたわけでなない。
間違いなく今夜の夜会の主役はルイーズだ。
この美しい妹を誰より愛している自覚のあった私は、夜会が始まる前から鼻高々だった。
そう。
目の前の扉が開くまでは、間違いないく私が彼女を誰よりも愛してい自信があった。
幼馴染は上から順番に
宰相殿 22歳
アズ 17歳
ラウル 16歳
オーウェン 16歳
レイラ 15歳
ルイーズ 14歳
となっています。(ルイーズ社交界デビュー当時)