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野望への第一歩

「どうして…、本当なの?本当にお姉様が…」


目の前にいる、正に傾国の美女然とした女性が驚愕に目を見開いている。彼女は私の妹だ。今は、まだ。


「ルイーズ。信じられないかもしれないが、これは事実だ。あいつが手にしているリボンが何なのか、わかるだろう?!」


彼女の左横で、今にも倒れそうな彼女の身体を支えている金髪碧眼の美丈夫が叫ぶ。その目は私を射殺さんとする程の鋭さを湛え、こちらに向けている。彼はこの国の王位継承権第一位を持つオーウェン殿下。私の婚約者だ。今は、まだ。


「そのリボンが何よりの証拠、だな。レイラ、まさか今更言い逃れできるとは、さすがに思っていないと思うが、一応証拠としてそのリボンをこちらに」


いつもどおり良く回る口、だけども今は低い温度で言葉を吐いている。私と話すときはいつも表情豊かで端正な顔からは、冷たい怒気が伝わってくる。この若くして宰相となった男が、こんなにも怒っているところをはじめてみた。最近では常に冷静で、その腹の内は彼の髪や目と同じく真っ黒で、何事にも動じないと思っていたのだけれど。どうやら我が麗しの妹御がからむとそうでもないらしい。今更な発見である。ちょっと怖い。


私は無言で肩をすくめ、宰相殿の言うがままにリボンを手渡す。そのリボンは白い絹でできた、非常に美しいものだった。数刻前までは。今となっては泥で汚され、その大部分が醜く茶色に染まってしまっている。


(このリボンに、手を出す気はなかったのだけど…)


目の前の悲壮な表情の妹を見て思う。このリボンが、彼女にとってどれだけ大事だったのか、私は知っている。公爵家の娘である私たちにとって、このようなリボンはいくらでも代えのきく代物だが、彼女にとってはこれが唯一無二の宝物だったのだ。私の婚約者でもあり、彼女の幼いころからずっと続いている初恋の相手である殿下からの、大切な贈り物。


いままで彼女を傷つける行為を沢山してきたけれど、これが汚れるような、汚されるような事はないように気をつけていたのに。それが、このような結果になってしまい、本当に心苦しい。これは完全に私の手落ちだ。

ともすれば、後悔の念が表情に出そうになる。が、耐えねばならない。何のために、ここまでやってきたのかを今一度思いだし、最後の気合を入れる。


「あら、ついにばれちゃったのね。ごめんねルイーズ」


昔はよく無愛想といわれたこの顔に、いまは醜く歪んだ笑顔を意識して浮かべる。


「私、貴女に悪いと思ってたのよ、ずっと。でも、我慢できなかったの。どうしても、貴女をいじめたくなったっちゃの、止められなかったわ」


それはもう、今時下町の芝居小屋でもお見かけしないような、典型的な意地悪で性格の悪い女がそこにはいた。

表情は笑顔だが、底意地の悪さが浮かんでいるような笑みであり、醜悪に見せている。声も同様に、猫を被っているのが、政治的駆け引きで目と耳の肥えた目の前の男性二人にはわかるだろう。


「それで?オーウェン殿下はどうなさるおつもりかしら。婚約解消でもなさる?あら、でも、仮に私と婚約解消したところで」


チラッとルイーズをみる。


「その子と結婚できるのかしら。お父様がお認めになるのかしらねぇ?」


そこまで言い切って、鼻で笑うしぐさを入れる。

我ながら性悪女然としている。こんな女とは友達には絶対なりたくない。私が男性なら、恋人にも、婚約者にも、まして未来の王妃などには絶対にしたくない。


「お姉さまっ!どうして…どうしてこのようなこと…。今までのことも、全てお姉さまが…?私は、信じられません。あんなに優しかったお姉様が、どうしてっ」

涙を浮かべるルイーズ。ごめんね、ルイーズ。本当に、本当に、貴女を泣かせたくはなかったんだけど。



「レイラ。今までお前は、お前の父上であるキルウェスト公爵の愛情を盾に、ルイーズに様々な嫌がらせをしてきたな。何度も、何度も、時にはその権力を盾にお前の取り巻き連中を使い」

いやいや、あの娘たちは勝手に動いてたんですよ。しかも私より数段ひどい嫌がらせをしようとしていたものだから(モノを盗んだり、ルイーズの通り道に動物の死骸を置いたり)、未然に防いだり、事後処理やフォローが大変だったわ。

それに、お父様の愛情、ねぇ。まあ、私とお父様以外の人には、そんな風に見えているのもわかっていたけれど。


「しかし、残念だったな。お前の行動について、既に何名もの侍女や女中の証言が上がっている」

はいはい。彼女たち、うまいこと目撃してくれたみたいね。わざわざ彼女たちの行動パターンを洗って、私の嫌がらせ現場を見せ付けるのには苦労したものよ。


「昨夜、私とオーウェンで公爵に侍女たちの証言を突きつけてきた。これまでのお前の行為とその証拠を。最初は信じられない様子だったが、このところのルイーズの塞ぎようと、お前の本音を、どこかで感じられていたんだろうな。今朝方、ついに認められた。お前を殿下の婚約者から外し、ルイーズを正式な婚約者とすることを」

!お父様、ようやく決断されたのね。よかった。


内心はどうあれ、私の表情は、有り得ない事態に驚愕し、目が見開かれているように見えているはず。あのお父様が、国内でも長女レイラへの溺愛振りが有名なキルウェスト公爵が、その長女を未来の王妃の座から引き摺り下ろした事が、信じられないと言った表情に。

うん、昔を思えば私の表情もほんと豊かになったわ。

…でも、これだけでは足りない。まだ、これだけでは、私の野望はかなったことにはならない。


「そして」


きた。


「新たな王妃候補、ルイーズ・ディ・キルウェスト様へのこれまでの嫌がらせ…具体的には器物破損、盗難、および精神的暴力、だな。そのあたりの事全ての行いに対しての責任として、レイラ・ディ・キルウェストをキルウェスト公爵家の籍から外し、傍系のコール子爵家へ養女に出すこと。

また、向こう3年間は王城への登城を認めないこと。…これは父親としてではなく、コール子爵家の上役、キルウェスト公爵家の長としてのご命令だそうだ。あしからず」

宰相殿は相変わらず冷たい視線をこちらに向けて、言い放った。


王妃候補の取り止め、キルウェスト家からの勘当と下っ端貴族への養女出し、登城3年間の禁止、かぁ。欲を言えば貴族社会からの完全な締め出しが良かったのだけど、まぁいいわ。さすがに公爵家の娘をいきなり庶民に落とすなんて、そこまで思い切ったことをあのお家大事のお父様にできるとは思っていなかったから。いざというときはまた私を公爵家に戻すつもりかしら?おおいやだ。それまでに逃げ切らないと…。

まあでも、不服がないと言えば嘘になるけど、レイラの王妃候補繰り上げが即決まっただけよしとする。


目の前の三人の様子はといえば。

殿下と宰相殿の言葉に、ルイーズは言葉も出ないようだ。呆然と、私と、殿下と、宰相殿を順番に見ている。うーん、念願かなって殿下の婚約者になれたのだから、ちょっとくらい嬉しそうな表情を見たいものだけど。この子に面と向かってあうのもこれで最後になるだろうし…。う、ダメ、泣けてくる。まだダメよ、耐えるのよレイラ!大体、ここで喜べるような強かな妹だったなら、私もここまで苦労しなかったでしょ!

ルイーズから気をそらせるために殿下をみると、鬼の首を取ったような顔をしてこちらを見ている。『どうだ、まいったか!』と言わんばかりだ。うーん、これでも9年間婚約者としてやってきたんだけど、どうも悲しいとか薄情者!とかって感情は浮かんでこない。ま、9年間のうち半分、彼が別の女の子を思っていたのを知っているし、私だって彼に恋愛感情をこれっぽっちも持っていないのだから仕方ない。

宰相殿は、うん。やはり冷たい怒気が漂っている。昔から怒ると怖かったけど、今日は今までの比じゃないわ。いやよね、男のねちっこい怒り方って。まあこれも仕方ないかしら。何と言っても仲良しだと思っていた幼馴染の姉妹が、実は姉が妹をこれでもかといじめていたんだものねぇ。しかも妹は絶世の美女。そりゃ怒るわよね。私が貴方でも怒るわ。とういうか、ルイーズを私以外が例え嘘でもいじめてたとしたら、怒るどころの話じゃないわよ。地獄を見せるわよ、ほんと。に、しても、宰相殿の視線が怖い。ほんとにまっすぐこちらを見据えてくる。そんなにルイーズを可愛がってたとは知らなかったけど(気持ちはわかるけど)、もういいじゃない。もうすぐ、全て終わるのだから。


さて、レイラ。あなた、ようやくここまで来たのよ。最後の最後まで、ビシッと、かっこよく、決めるのよ!


「う…嘘よ!!お父様が私を見捨てるなんてっ!嘘よ、嘘にきまっているわ!!そ、それにコール子爵家?養女?笑わせないでよ!私は、レイラ・ディ・キルウェスト!キルウェスト公爵家の娘なのよぉぉぉぉぉぉ!!!」


…まあ、かっこよく、っていうのはともかく。とてつもなく情けない台詞、って言うのはともかく。

この瞬間、私、レイラ・ディ・キルウェストの19年間の公爵令嬢生活はようやく幕を閉じ、新たな人生への第一歩を踏み出したのである。


長かった!





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