第94階層〈黄昏の攻城戦〉
「まさかの!?」
「まさかの!?」
「「攻城戦だー!」」
「うるせぇわお前らっ!」
「「ぐはぁー!!」」
氷塊による派手なツッコミをしながら、カイネスヴェクスが目の前に立ち塞がる大城壁を見る。
高さにして50mはあろうかという城壁が見えるに3層。その前には対地白兵戦に特化していると思われる、嫌に統制のとれた人型MOBの群れ。大きな鶴翼の陣の周りに魚鱗群が無数に蠢く。包囲を行いながらも、小規模の機動隊による襲撃で相手の指揮を乱すような実にいやらしい配置である。
その多対多に特化している軍団に対するはたった六人の冒険者である。一人一人が戦略級の能力を持ち天魔の神々すら脅かす者達だ。
「作戦は?」
「殲滅!」
「阿呆。とりあえず、デカイのでまるっと吹っ飛ばす。後はどうする?」
「正攻法で攻め落としましょう!敵が軍ならこっちだって軍ですよっ!」
「久しぶりに暴れてもらう?」
何故か丁寧語なリュートの主張にニヤリとしてシャナがのる。
「その前にあれを潰したほうが良さそうだがな。」
クロウの指差す先には召喚陣を形作る結晶構造体がある。つまり倒した先から人員の補充がされるということだ。
「んー。あのランクの召喚結晶ならライフルで一発かな?」
「灼いてしまおうか!」
「やめい。いらん所まで焼払ったらどうするつもりだ。」
「さあ?」
「カイト、諦めなよ。救いようがないから。」
ありありと諦観を含む溜息を吐き、シャナがヤレヤレと言った風に肩を竦める。フェンリルが色の無い炎を纏わせた剣をブンブンと振り回す。さあ指示を!と言う顔で見てくるのをすっぱりさっぱり無視してリュートがしゃべりだす。
「とゆうか、下に降りるトコは不壊ついてるしいんじゃね?とか思うのです。はい。」
「お前の一人FPSのせいで疲れてんだよこっちは。」
「サプは邪道!あの音の素晴らしさが分からんかね!」
「お前、サプも好きだって言ってなかったか?」
「暗殺ゴチです!」
「そろそろやらない?相手さん苛立ってると思うんだけどな。」
「いえーいすまむっ!」
リュートが無駄に見事な敬礼を決め、長大なライフルを取り出した。見た目はみんな大好き(?)バレットさんだが、どう考えてもスケールがオカシイ。
「XM0x6d.Ⅱネックダウンオーバーロード!反動マジキチ有難うございます!さあさあいってみよーっ!」
XM109ペイロードを基本に口径を25mmから17.15mmまでネックダウンし、強化した薬室限界の装薬を持って、超高速で重量弾頭を打ち出すキチガイウェポンである。20mm口径の対戦車ライフルに迫る破壊力と、長く延長された銃身による高い弾道性を持つ。
ステータスに裏打ちされた筋力で軽々とXM0x6d.Ⅱを構え素早く照準を合わせてぶっ放された。
チラリと見たリュートのHPバーがガクッと減ったのを呆れ顔で見ながら、シャナが空中へ陣を描き出す。
秒速1,220mという旧式の戦車砲に迫る速度で撃ち出された弾丸が半拍置いて召喚結晶を打ち砕....
「リュート....?」
「あ、あはははははは.......」
「貸せタコっ!」
かれなかった召喚結晶がライフルを引っ手繰ったカイトが無造作に撃った弾丸に今度こそ砕かれる。
「相変わらず、狙撃はセンスねぇな。」
「面目ないです(´・ω・`)」
「さぁお前たち!やっておしまいっ!」
「「いきなりどうした....」」
唐突にテンションMAXまで駆け上がったシャナの号令の元、十数体に及ぶ召喚獣達が咆哮を上げる。
大きさも種類も様々な召喚獣の群れが走り出し、バラバラに軍勢へぶつかって前衛を混乱に陥れる。
「あはははっ♪うふふっにゃはははははっ♪」
号令を掛けた本人はもっふもふの巨大イタチとお花畑へ旅立っていた。
「とりあえず.......突撃?」
「作戦とか立てるほど、敵強くねぇもんなぁ....。」
「「いいじゃないか!いいじゃないか!よいよいよいよいっ!」」
「うるせぇ!さっさと行って来い!」
カイトが叫びながら地面をツルツルに凍らせてフェンリルとリュートを送り出す。
珍しくフィーネが積極的に二人を送り出していた。戦斧で。
刃を向けていないとは言えフィーネの超攻撃力で殴られた二人は、目に見えてHPを減少させながら敵陣へ滑っていっく。それを追い掛けるようにして他のメンバーも走りだした。
真っ先に敵陣へ文字通り打ち込まれたリュートとフェンリルが、起き上がりざまに、武器を長大剣に持ち替えて薙ぎ払う。リュートの長大剣が人型MOBをその質量と膂力でもって弾き飛ばすのと対照的に、フェンリルの長大剣は長さに反して儚げな細身の刀身で以って剣閃に触れた尽くを切り裂いた。
「相変わらずどういう技術力なんだろうね!?それ!?」
「なんうるないさ~」
「噛んでるっよっ!」
2ndまでしかキャラのいないフェンリルはリュートにステータスでは明らかに劣っているが、それぞれの固有技能である「葬焔」と「閃」を封じると戦いの軍配はフェンリルに上がる。まぁステータスだよりの戦闘技術ではそんなもんだ。規格外の努力する天才に勝てるわきゃない。
突撃してくる魚鱗を一薙で喰い散らかしながら、二人が前進する上を、重厚だが丈の小さい(そのせいで酷く滑稽に見える)全身鎧が飛んで行く。
ソレは数体の騎馬兵を鎧ごと磨り潰しながら着地し、立ち上がりざまに振るった戦斧で周囲の諸々を叩き斬った。補正値込みで総合ステータスならトップ3に食い込むリュートを軽くぶっ飛ばして超攻撃力を持つフィーネである。単純に云うとリュートと攻撃力が"一桁"違う。頭オカシイ。
その周りを大小様々な召喚獣達が縦横無尽に駆け回る。なんか体長が30m位ある羽のあるトカゲさんとか羽広げると明らかにそれ以上ある真っ赤な鳥さんとか凛々しい顔つきのこれまた20m位あるわんこさんとか、全体的にモッフモフである。とゆうか羽の付いてるトカゲさんすらモッフモフである。あと毛玉みたいなうさこちゃんとか尻尾が9本もあるきつねさんとかつややかでめっちゃ触り心地よさ気な猫さんとか。
なお、軒並み10m以上の皆様である。普段は小さくなってもらいますが今日は全員フルサイズでの登場です。圧巻。
そして開幕早々、微妙に置いて行かれている雰囲気の男三名である。
「あんな突出したら大規模魔法出来ねぇじゃねえかボケクズどもが。」
「お前...大概口悪いよな。」
「黒の。気にしたら負けだと思うぞ?」
「まあいいか。知ったこっちゃねぇわ。」
「「ちょっ!?」」
男二人が止める間もなく、カイトがご丁寧に高速詠唱まで駆使して大規模魔法をぶっ放す。
「一発目。インディグネイションOS。」
単純に大量の魔力をぶっ込むことで規模を戦略級魔法としたインディグネイションが展開する。上空へ出現した魔法陣へ収束するように地上から紫電が立ち上り、魔法陣の前で収束したソレが再び降り注ぐ。
リュートとフェンリルは微妙に範囲から外れたが、突出していたフィーネはなんと地属性魔法で立ち上る紫電をキャンセルし、降り注ぐ雷を白い雷光で迎撃していた。ライトニンググリントという中級魔法で出力だけで拮抗している辺り色々とオカシイものがある。
「二発目。ジャッジメントOS」
二発目の魔法が発動する。波紋の様に広がった光の環が敵に触れると淡い光の環が対象を囲う。三度の発光が終わると、空に巨大な魔法陣が出現した。そこから白い閃光が迸る。キッチリと敵を囲う淡い光の環の数だけ放たれた圧縮された光が大地に突き刺さっていく。
圧縮率の高さに、内部の光が認識出来ないほどの閃光はパッと見の白い外見とは裏腹に内側の光子を全て押し流し、真っ黒な内部はまるでネガ写真のようだ。
光が収まると、最初の城壁から此方側、元の地形が判らないほどになった一帯に敵の姿はなかった。
「あれ?出力トチったか?」
「カイトくんカイトくん....今の当たったらさすがに無事じゃあ済まないよ....?」
「なんだ、生きてたか。」
「「えぇー....」」
閃光から逃れて戻ってきたリュートとフェンリル冷たい目を向けて失笑するカイトに、思わずクロウとゼトが呆れた声を出す。
なお、激しい光の中でもキッチリと全てを回避したフィーネは持て余し気味に、戦斧をくるくると回していた。
「はぁ~。ほいじゃっ次いってみよーっ!!!」
肩を竦める姿勢からの雑な投擲が城壁の巨大な扉に突き刺さる。
轟音とともに扉を吹き飛ばした長大剣が扉が境界としていた場所の真ん中に落ちて突き立った。
「おっけー。ダウンバースト。」
「「「「OK!ダウンバースト!!!」」」」
極寒の空気の塊を5つ。重ねて落とすだけの単純で暴力的な災害。
魔法火力トップ、カイトを筆頭にフィーネ・リュート・ゼト・フェンリルによる多重詠唱式魔法である。自然界で起こりうる災害であるところのダウンバーストを人為的により強力に暴力的に絶望的に。冷却され比重の重くなった空気が下降気流に乗って落ちてくるだけのソレはしかし、確かな圧質量を伴って地表を押し潰す。
本来、横薙ぎの風圧によって災害となる筈のソレは空気そのものの圧力をもってひしめく敵達を喰い潰した。
「....なんか、俺の出番何処行った的な....なぁ?」
「いやぁ、息が合わないって悲しいね!」
微妙な表情で言うクロウに満面の笑みでリュートが言う。
「リュートくん、私とはクロウくんも合うんだから、あんまり言っちゃ駄目だよ。」
「まぁ、フェンリルとしか合わせられないとも言うな。」
「ごふっ.....。」
一応のフォローに入ったフェンリルを指差しカイトが言った言葉にクロウががっくりと膝を着く。
「セント(¢)くーんっ!!!?」
「その呼び方やめろぉぉぉぉっ!!!」
「復活したね!」
膝を着くクロウに駆け寄りながら叫んだ名前にクロウが叫びを上げながら立ち上がった。クロウの手前でザザッと停止したフェンリルが笑顔で親指を立てた。
「酷いな....。」
思わず呟いたゼトにお花畑から帰還したシャナが肩を竦めるのであった。
「っでだ。なんかちらっと見えた召喚結晶も巻き込まれて壊れたようだし、次行くか。」
「結局流れ作業なう。」
「なうなう~♪」
「にゃうにゃう~ん♪」
シャナがまたお花畑に突入して話を聞いていないがまぁ問題あるまい。
「いい加減灼くか。」
「おぉぉお!?イッちゃう!?ヤッちゃう!?」
「うるせぇ死ね黙れ!」
微妙に届かない位置にいるフェンリルの頭を氷の板で引っ叩いて、城壁を見直す。
「リュート、降りるトコに不壊ついてるのは確定か?」
「確定じゃないけど、基本は固定値フィールドは階層間エリアを不壊にしようねって事にはなってるよ?じゃないと全部のダンジョンが入る度に地形が違うことになるし。特に最上級過ぎてくるとエリアブレイク系増えてくるじゃない。地形とか簡単に変わるんだよ?一応、空間的には同じ座標だから階層間エリア無視して下に打ち抜くことも出来るけれどももん?」
「...そりゃそうだな。」
上級辺りで既に範囲魔法の直径が100mを軽く超えてくる。最上級になるとエリアブレイク系と呼称される直径500m級の範囲魔法が解禁になる上、究極辺りになると俗に広域魔法と呼ばれる半径1キロを超える範囲魔法が出てくる。無論、範囲が広い分威力は据え置きだが。無論カイトがあらん限りの魔力をブチ込めば話は別だ。とは言え、術式そのものに限界が有るため効率を見ればそれほど大量にぶち込んだ所で別の魔法を使ったほうがいいのだが。
「そいじゃ、灼いてみよーっ!」
切先で火花をたてるように地面を振り払って、フェンリルの剣に無色の火が入る。なお、地面の方はすっぱりと綺麗に切り裂かれていた。無論火花も出なければ音も殆ど無かった。
「方向、一時二十三分。包囲角142度、距離210から5530。」
「オッケー!お任せあれ!」
淡々と飛んだシャナの索敵報告にフェンリルが剣を振り上げる。
「じゃ、任せた。」
「そぉいっ!」
面倒臭そうに攻撃指示を出したカイトに合わせて、フェンリルの剣が振るわれた。
無色、としか表現できない色の炎が放たれる。物理法則など知らんと言わんばかりの速度で広がるソレはシャナが指定した範囲を瞬きの間に飲み込んだ。途端、城壁が極彩色に燃え上がる。無数の彩りの火の粉となって中空に溶けていく。一呼吸の間にボロボロと崩れ落ちる壁の向こう側でも、極彩の火の粉が舞っているのが僅かに見えた。
そして、たった数秒で指定除外された大地を除く全てが焼き払われた。
「う~ん、やっぱりこれだけ広げると火力落ちるねぇ。」
「リュートくんならこの辺りまでなら無効化出来るんじゃない?」
「たぶんね~。」
「さて、行くぞ。」
「「は~い。」」
カイトの号令に歩き出す。
終わらない黄昏の向こうに、次へと進む階段がある巨石が見えた。
またしばらく、間が空きまする。