間話-静寂に響く鋼
推敲に時間がかかり投稿が遅れますた(´・ω・`)
とゆうか、4月がもう残り少ないとか…後一話投稿できるのだろうか…。
クレフ君のお話になります。本編側ではまだまだよくわからない子でしょうが…。
お楽しみ下さい。
-静寂に響く鋼-
朝靄も晴れぬ夜明けから、彼は目的の物を手に入れる為に街を出た。霊峰の麓、工業によって発展した産業都市。そこから伸びる数本の山道の内、最も深くに続く道を淡々と歩く。山の中腹の坑道に続くこの道は、巨大な木々に囲まれて危険な生き物たちを阻んでいた。しかしそれは本来の役割ではない。なぜなら坑道から湧く無数の魔物がこの山道にいるからだ。つまり外を防ぐのではなく内を封じることが、尋常を超える再生能力と金属に勝る硬度を持つ、石霊樹の役割である。逃げ場の無いその山道をたった一人彼は歩く。その顔には酷く怯える様子があるが、それは死への恐怖とは些か異なったもののようだ。 事実、彼の足取りには緊張感や恐怖感は無くしっかりとしたものだ。
山道も僅かになった所で、前方から数匹の魔物が現れる。
一見様々な石像のような姿のそれは、しかしちらほらと生き物のそれを見せる。それらは、坑道の濃密な石の障気に当てられた哀れな犠牲者だった。
身体を覆う強靭な石は大型のランスによる騎馬突撃すら防ぎきる。と、同時にそれの重量によって極度に行動速度が低下している。
彼はそれに一層怯えるような顔をしながらも、それらの手の届かないギリギリを早足で通り過ぎる。
一般の鍛冶師や冒険者なら迷わず倒してその身から取れる良質な鉱石を売り払うものだが、彼はそんな石くれに興味など無かった。それは、彼の技術からすれば当然であると同時に消費しきれない在庫の山を闇雲に増やすことは好ましく無いからでもあり…そして石の亡者と言えど他者を傷つけることへの忌避にあった。
普通であれば数時間かかる道行を二時間ほどで歩き、坑道の入り口に辿り着く。
大型のトロッコが2台行き来出来るほどの大きな坑道の入り口には、朽ちた幾つかの建物と使われなくなって久しい六両編成の二台の大型トロッコが鎮座している。
坑道の入り口を潜ればそこから先は光の差さない石の怪物達の世界だ。坑道内は濃い石の魔素で満たされている。濃く偏った魔素はソレに触れるもの全てを自らの形に作り変える。だからこそソレは瘴気と呼ばれ恐れられていた。
彼は坑道の前で立ち止まり何処からか一つネックレスを取り出す。
それは〈欠月の輪唱〉と呼ばれる物。平たい真円の上に幾つもの小さな魔晶石が置かれ、その中で石を示す薄灰茶の魔晶石が欠けていた。欠けた部分を補うために周囲の石の魔素を吸収・中和し続けるそれは極めて制作難易度の高いハンドメイドのアクセサリ。このアクセサリは土の魔素に使うと水の魔素を作って石の魔素を取り込む程の非常に高い力を持っている。それ故に平時から装備していると自身の魔素のバランスを崩すため、普通は石の魔晶石が付けられた状態で保管される。
そんなものを平然と取り出す辺り彼の実力は推して知るべきだろう。
浅く短時間入るならばそのようなアクセサリなど無くても大きな問題は無いがそれを取り出したということは深く深くへと至る為と簡単に思いつく。
それもそうだ。何故なら彼が目指すのはこの坑道の一番奥、石の瘴気の発生源であり生きた岩石とすら言われる一つの岩塊であり、それから希少鉱石を剥ぎ取る事が目的であるからだ。
[石棺]と呼ばれたそれは、古い古い石霊樹の亡骸であり、今尚、再生し続ける生きる屍だった。それは一定の大きさまで成長すると膨大な石の魔素を吐き出して周囲を汚染する。それ故に、数年毎に外殻を砕き、癒着を防ぐために強い魔力の籠もったそれを回収する必要があった。
狭くはないがそれでも行動の制限される道を彼は淡々と歩く。奥に進めば進むほど生命の気配は希薄になり、徐々に死して尚動き続ける霊体達にとって代わる。
すれ違う石に犯されたモノ達をすり抜けるようにして避け淡々と奥へ進む。霊体すらも石の瘴気で中半実態を得て襲い掛かってくるが、やはりその動きは鈍重としか言えない。それらを僅かに身動ぐようにしてかわし続けること数十分。
辿り着いた大きく開けた場所にぼんやりと存在を主張するように淡く薄灰茶の光を放つ、直径にして3m高さは天井を抜いて判らなくなっている、石彫の樹のような、実際には石彫のような樹がそびえ立っていた。
根本は大地に根を張るが如く隆起してそのわずか上に球根のような膨らみがある。それの中に[石棺]の核がある。
過去、一度だけほぼ完全破壊された[石棺]は、しかし核だけが破壊できず残り空間に固定されたかのように動かすことも出来なかった。それは僅かばかりの時間に周囲の石の瘴気を吸いきって元の半分程の大きさまで戻ってしまった。急速な再生活動によって活性化した[石棺]が大量の瘴気を吐き出し始めたのはそれから直ぐだった。
それから、一定の大きさより小さくならない程度の破壊がひたすらに繰り返されることとなった。
彼は[石棺]の前に立ち、僅かに振り返った過去を振り払ってまた何処かから取り出した大きな戦鎚を構えた。
「今度は残さず頂きます。」
そう呟いて彼の、全身全霊の一撃が核の在るであろう位置に振り落とされた。
--半刻
彼は振るい続ける。坑道がビリビリと震え崩落するのではと疑ってしまうほどの一撃が数十回に渡り放たれる。
夕立の翌の湿度の高い朝露のように浮かんでは流れ動いては弾け飛ぶ汗を拭うこともせず、確かな意志と技量を持って振り落とす。過去、傷つくことの無かった核に僅かに罅が見える。それは彼の振るう核を破壊する為だけに作られた戦鎚にも、だ。
それでも核が罅を修復するより早く、次々戦鎚が振るわれる。彼と[石棺]以外何も存在しない静寂の中で彼の打ち付ける鋼の音だけが朗々と響き渡る。それは彼の確かな意志の如く。
彼の振るう戦鎚が半ば以上拉げた様になった頃、[石棺]の核は僅かな音共に砕け散った。
幾つかに砕けた核は再生する様子は見せず、しかし光を失わずに静かに転がっている。
戦鎚を何処かへ仕舞い、その代わりに大きな袋を取り出した彼は丁寧に散らばった核を拾い集め、周りに落ちる外殻の中から良質な物を選りすぐって詰め込む。
彼の身の丈よりも大きく膨らんだそれを四つ。器用に持ち上げて彼はその場を後にした。
長きに渡り石の瘴気を吐き出し続けた坑道は、ひっそりと一人の鍛冶師に看取られて息を引き取った。
霊峰の麓の産業都市で、尋常ならざる轟音が響いていた。
その発生源は中規模の工房であり、[石棺]を完全に破壊した彼の工房だった。
そこで核の欠片がタガネとヤスリによって豪快かつ繊細に削られていた。
その横には神話に僅かばかり出てくる創世より生きる[時刻の古代樹の枝木]が凄まじい存在感で鎮座していた。
形を整えるためにタガネを当て全力でしかし寸分違わず槌が振るわれる。その度、まるで爆撃のような轟音が響く。僅かずつ整えられていく核と次々と使い物にならなくなるタガネとヤスリと槌の山。
全金属製の巨大な戦斧が3,4本作れてしまうほどの使い物にならなくなった道具の山を一瞥もせず、黙々とタガネを当て続ける。
荒方削り上がった核をそれでも不満そうに見つつ、轟々と灼ける溶鉱炉に目を向ける。規定値ギリギリの超高温で熱しても、やはり僅かほどしか溶けていない。[石棺」の外殻は物理特性、魔法特性共に異常なまでに高く、それから時間をかけて抽出される魔法金属も伝説的な素材に匹敵、あるいは総合的に見て上回る程の能力を持っている。
彼は小さく溜息をつくと、工房の橋でとても楽しそうに満面の笑顔を浮かべる人物に目線を向ける。その人物は笑顔を更に深めて、スッと目を閉じて何事か呟く。
その直後、溶鉱炉が白熱した。否、溶鉱炉の内側が真っ白に灼けつくほどの炎で熱され外殻がドロドロと溶け出す。
彼が指定した温度を完璧に保ったその炎によってドロドロの外殻とそれでも尚溶けずに残る外殻に別れた。彼はそこに向かって手を向けて、笑顔の人物とは異なる何事かを呟く。するとドロドロに溶けた外殻が溶鉱炉の手前に流れ落ちる。
それを見て終始笑顔の人物はフッと手を振った。途端に炎が無かったかのように消える。
それを見て彼は花崗岩のような石の鋳型を持て来てそこに棒状に削り上げられた[時刻の古代樹の枝木]を据えた。その上に溶け残った外殻を置きまたやはり終始笑顔の人物に目線を向けた。
次に起きたのは冷却。それも溶け残った外殻のみをひたすらに冷却する。物理的な限界である−273.15 ℃を迎え下がらないはずの温度が強制的に下げられる。
その瞬間溶け残った外殻の一部がサラリと溶け出した。ポタポタと雫になって落ちるそれが[時刻の古代樹の枝木]に染みこんでいく。溢れた雫で石の鋳型が半分埋まると据えられた[時刻の古代樹の枝木]を1/3程回転させてまた染み込ませていく。それをもう一度行い[時刻の古代樹の枝木]が完全に覆われたことを確認してその作業は終えられた。
彼が核を削る作業に戻ると、結局最後まで至極楽しそうに満面の笑顔を浮かべていた人物は声を掛けるでもなく静かに工房を出て行った。
夕暮れに日が沈むその寸前まで、彼の槌の音は産業都市にビリビリと響き渡っていた。
このお話は実は深淵世界編後になっていたりするためクレフ君の戦闘能力が妙に高いです。
次話もよろしくお願いします。