夫も長男も当てになりませんので、伯爵家はわたくしが守ります。
「ちょっとジュディアの所に行ってくる」
そう言ってふらりと夫は出て行ってしまった。
3日は戻って来ないだろう。
仕方が無い。実質、このリッセル伯爵家の仕事を背負っているのは、シェリアだ。
シェリア・リッセル伯爵夫人。
シェリアは、リッセル伯爵家の一人娘で、婿をバセル公爵家の次男、クライドを迎えた。
20年前のことである。
クライドはバセル公爵家の令息だけあって、プライドだけは高くて。
シェリアを当初から見下していた。
「俺は兄がいなければ公爵になっていた男だ。それをわざわざリッセル伯爵家に婿に来てやったのだ。だから感謝しろ」
顔だけはとても美しいクライド。金髪碧眼で当時から色々な令嬢に美しいと騒がれていたから、彼も容姿には自信を持っているようで。
シェリアは、本当はクライドなんかと結婚したくなかった。
顔なんてどうでもいい。
公爵令息より、男爵令息でもいい。
このリッセル伯爵家でしっかり働いてよ。
領地経営をしっかりしてよ。
父母もシェリアに全て任せて、離れで隠居生活を送っていて、余生を楽しんでいる。
そして、仕事もろくにしないで贅沢ばかりしている夫。
全てがシェリアの肩にかかっていて。
泣き言なんて言ってはいられない。
この伯爵家を守るのはわたくしの仕事よ。
そう決意しながら、生きて来た。
長男エレント、次男マリウスと二人の息子を産んだのだけれども。
バセル公爵の娘クラウディア。夫の姪に当たる女性なのだが、
彼女がラード王太子殿下の婚約者に決められてしまった。
跡継ぎがいなくなったバセル公爵家に早いうちから、我がリッセル伯爵家から養子をという話が出ていたのだ。
長男エレントがいずれ養子に行くことに決まった。
エレントは増長した。
「私はいずれバセル公爵になる男だ。だから凄いんだ」
夫クライドもエレントを甘やかす。
「私がバセル公爵家の血筋でよかっただろう。エレント。誇りを持て。胸を張って生きろ」
「はい。父上。私は偉いんだ。選ばれた血筋なんだ」
幼い頃からエレントは甘やかされて。
離れの両親も来て、エレントを甘やかす。
シェリアが注意しても両親は聞かなかった。
二人は口々に、
「バセル公爵にいずれなるだなんて凄いな。エレント」
「我が伯爵家の誇りだわ」
シェリアはそのたびに、両親に向かって、
「甘やかしては駄目。エレントが勉強しなくなったじゃないの」
両親は、
「しかしだな。エレントが素晴らしい血筋なのは事実なのだから」
「そうよ。シェリア」
慌ててシェリアはエレントに、
「エレント。バセル公爵になるからには勉学に励まなくてはいけませんよ」
「母上。公爵たるもの、命令をしていればよいのです。私は今日は疲れたーー。寝ます」
「エレントっ!」
駄目だった。サボる事ばかり考えるエレント。
なまじ夫に似て美しかったから、オシャレをして遊び回る事しか考えていないエレント。
ああ、弟のマリウスは素直で頑張り屋でいい子なのに。
なんでそんな酷い息子になってしまったの???
両親が悪い。夫が悪い。
夫になんて愛情はない。
子は作ったけれども、あああ、この両肩にのしかかる重みは辛くて苦しいわ。
忙しい中、オリビア王妃が主催するお茶会には必ず出席することにしている。
他家の上位貴族の夫人達の情報は貴重だからだ。
生き残る為に。
貴族の社交界の情報をしっかりと把握しておかなくては。
現在、オリビア王妃と前バセル公爵夫人エレンシアが流行らせたリボン編みが流行している。
お茶会には皆、手編みのリボンを髪に飾ってくるのが、常識になりつつあった。
だから、忙しい中、時間を取ってリボンを手編みする。
でないと社交界で馬鹿にされるのだ。
「まぁアレン伯爵夫人。貴方のリボンはとても素晴らしいわ」
「有難うございます。貴方のリボンこそ。編み方を教えて頂きたいわ」
という会話が普通にされるお茶会。
素晴らしいリボン編みのリボンを髪にしているだけで、オリビア王妃の目に留まって、お褒めの言葉を貰えるのだ。
「なんて素晴らしいリボン。どんな編み方をしているのかしら」
オリビア王妃に自分の編んだリボンに興味を持ってもらえることはとても光栄で。
疲れていても何を持ってしても、リボン編みをしなくてはならない。
本当は少しでも寝たい。
領地経営を夫は手伝ってくれないから、全て自分がやらねばならない。
執事のセバスチャンが、
「奥様。顔色が真っ青です。何か、私で手伝えることがあれば」
セバスチャンは王立学園で同級生だった男爵令息だ。
現在、我がリッセル伯爵家で働いてくれている。
シェリアは微笑んで、
「有難う。セバスチャン。わたくしは大丈夫よ。もっともっと頑張らないと。リッセル伯爵家の為にも」
夫クライドが戻って来た。
「ただいま帰ったぞ。金をくれ。ジュディアが新しい首飾りが欲しいとうるさくてな」
「解りましたわ」
バセル公爵家から婿に来ている夫。
離縁するわけにはいかない。
息子エレントがいずれ、バセル公爵家に養子に入るのだ。
だから、夫が欲しいというお金は、渡していた。
使い道がなんであろうと。
貴方も働いてよ。
わたくしだけ働かせないで。
そう言いたかった。
子を作る為に、結婚当初は日を決めてベッドを共にして夫婦生活をしていた。
でも、二人の息子が出来てから、すっかり夫婦生活はなくなった。
そんな中、エレントが問題を起こした。
エレントはレリーナ・バセル公爵令嬢と婚約を結ぶ事が決められていた。
レリーナはバセル公爵家の後妻の娘だ。
連れ子だから公爵家の血を引いていない。
養子に来る予定だったエレントを婿にということになったのだ。
エレントにしてみれば、レリーナなんて元平民と結婚したくないと、隣国へ留学している時に知り合ったベリティア・ブライド公爵令嬢と結婚したいと言い出した。
息子が選んだ女性ならばと、ベリティアとの婚約を許したシェリア。
バセル公爵も夫のクライドも、平民だったレリーナよりも、エレントの選択を尊重してベリティアに婚約者が変更されたのだ。
でも、そのベリティアが色々と問題を起こして、オリビア王妃を怒らせたのだ。
リボンが流行っているこの王国で、リボンの事を理解しなかった。
リボンを馬鹿にしてオリビア王妃や他の高位貴族の夫人達を怒らせた。
挙句の果て、お茶会でレリーナ・バセル公爵令嬢を襲ったというのだ。
レリーナはとてもいい子だった。
初めて彼女を見た時、ベリティアにリボンを池に投げ捨てられていて泣いていた。
だから、一緒に池に入ってリボンを探してあげた。
バセル公爵家の養女のレリーナ。
機嫌を取らねば。エレントはリボンを拾っているレリーナを見て馬鹿にして笑っていたのだ。
エレントは駄目。だったらマリウスを。
マリウスと一緒になって、必死にレリーナの機嫌を取った。
生きる為に。リッセル伯爵家の為に。
現在、ベリティアは隣国へ送り返されて、弟のマリウスが、レリーナのご機嫌取りをし、バセル公爵家に婿に行くことに決まった。
無事にこの件は解決したのだ。
今でもレリーナは娘のように可愛くて。時々、リボン編みを教えてあげている仲である。
息子マリウスの妻になってくれるのもとても嬉しくて。
ベリティアみたいな女を婚約者に選んだエレント。
エレントはバセル公爵になれなかったことを不満に思っているようだ。どうしようもない愚かな息子。でも家を追い出すなんて事は出来なかった。
リッセル伯爵家を継いでもらうことにした。
「貴方はわたくしが見繕った女性と結婚させます。しっかりとリッセル伯爵家を盛り立てて行って頂戴」
バセル公爵家の事はマリウスに任せておけばいいだろう。
マリウスはとても優秀で気が利くから。
エレントは不機嫌に、
「母上の見繕った令嬢ですか?私にふさわしいですか?」
「ふさわしいも何もないの。貴方がリッセル伯爵になって生きて行くためにはわたくしの言う事を聞きなさい」
夫クライドが、
「そんな厳しく言う事はないではないか。エレント。お前の好きな女性と結婚してもいいんだぞ。お前は美男だからな」
「父上。私は下賤な女は嫌です。公爵家を紹介して下さい。そこに婿に行きます。こんな家、継ぎたくないです」
離れから両親もやって来て、
「エレントは優秀なのに。でも、公爵家に婿入りは困る。シェリア。高位貴族の令嬢を嫁に貰えるように手配するがいい」
「そうよ。可愛いエレントの為に、良い縁談をね」
シェリアはブチ切れた。
皆してエレントを甘やかすからこんな息子に育ったのだ。
だから、まずは両親に向かって、
「お父様とお母様は離れにどうぞお戻り下さい。エレントはわたくしの息子です。どうぞお構いなく」
まずは両親を追い返した。
次に夫クライドに向かって、
「貴方とは離縁するわ。ええ、もう我慢の限界です」
「私を離縁するだと?バセル公爵家の血を引く私を?」
「ええ、どうぞ。愛人の元へ行って下さいませ。お金はもうお渡し致しませんわ。セバスチャン。旦那様の荷物を纏めて、外に出して頂戴」
「裁判だ。裁判を求めるっ」
「ええ、よろしいですわ。貴方は我が伯爵家の為に一度も働いてはいないのですから。ああ、子種だけは頂きましたわ。それは有難いと思っております」
夫をたたき出した。
次に息子エレントに対して、
「貴方は外に叩き出したら生きてはいけないわよね。わたくしの言う事を聞きなさい。そうしたら家に置いてあげるわ」
と脅した。
エレントは、首を振って、
「私はこんなに美しいのだから、誰かが私を泊めてくれるはずだ。ですから私は出ていきます」
そう言って出て行ってしまった。
誰かって??そう簡単に泊めてはくれないでしょう。
そうこうしているうちに、エレントが行方不明になってしまった。
変…辺境騎士団員がさらっていったと、警備隊の人が教えてくれた。
あんな息子でも見捨てられない。
わたくしは甘いわね。
シェリアは高い金を払って、魔族を雇い、変…辺境騎士団詰所へ転移して貰う。
山奥にある変…辺境騎士団の門前で叫んだ。
「わたくしの息子、エレント・リッセルを返して頂戴。貴方達のやっている事は犯罪よ。エレントは我がリッセル伯爵家の跡継ぎです。さぁ、早く返して。返して下さいな」
門番が扉を開けてくれた。
そこで立っていたのは、ヴォルフレッド騎士団長バルトスだった。
バルトスは両腕を組んで、
「犯罪とは、まぁ確かに犯罪かもしれぬ。だが女一人で迎えに来るなんて。肝が据わっているな。そなた」
シェリアははっきりと、
「わたくしはリッセル伯爵家の為なら命をかけます。出来の悪い息子でもわたくしにとっては可愛い息子。リッセル伯爵家の跡継ぎですわ。ですからお返し下さいな。お願い致します」
騎士団長を睨みつける。
エレントを取り返さない限りは帰れない。
あんな息子でもわたくしの息子、息子なのよ。
金髪美男の男が、エレントを連れて来た。
エレントは青い顔をしながら、シェリアの顔を見たら、泣きだして。
「母上っーーー。迎えに来てくれたのですね。ここは怖い所です。ですから」
「帰りましょう。エレントは連れて帰ります。いいですね?」
エレントをシェリアは魔族に再び転移して貰い連れて帰った。
エレントに、知り合いの男爵令嬢を紹介した。
男爵令嬢ミリア・レインは、しっかりとした令嬢で。
「よろしくお願い致しますわ。エレント様。私、無能な男は嫌いですの。あ、お義母様。お義母様はリボン編みが得意だとか。私にも教えて下さいませ」
かなりしっかりした令嬢だったので、この令嬢なら、エレントを尻に敷いてくれるだろうと安堵した。
エレントは青い顔をしながら、
「よろしくお願いします」
と以前の高飛車の態度はどこへやら。おとなしい息子になっていた。
変…辺境騎士団が恐ろしかったのであろう。
シェリアはまだまだ気が抜けない。
それでも、前へ前へと走り続けないと、このリッセル伯爵家の為に。
今日も働くシェリアであった。
あれから、三年過ぎた。
エレントに嫁いできてくれたミリアはしっかりしていて、エレントの尻をたたいて仕事をさせている。
エレントはぶつぶついいながらも、ミリアの言う事を素直に聞いていて、やっとシェリアもエレントについては安堵することが出来た。
離れの両親は、もし、エレントに子が出来ても、甘やかさないという事を約束させて今まで通り、離れで生活をさせている。
元夫クライドとの離婚は成立した。クライドは文句を言って来たけれども、セバスチャンに追い返して貰った。
セバスチャンは相変わらず頼りになる執事だ。
リッセル女伯爵になったシェリア。特例でオリビア王妃に認めて貰ったのだ。
シェリアはリボン編みを通じて、オリビア王妃とお近づきになれた。
クラウディア王太子妃とマリウスの妻レリーナと、忙しい中、時間を合わせてリボン編みをする。
レリーナのお腹には赤ちゃんがいて。
「もうすぐ孫が出来るなんて。嬉しいわ」
エレントとミリアがもっとしっかりして来たら、自分の人生を考えてみてもいいわね。
リボン編みは一時期、編むのが辛い時期があった。
編んでいる時間があったら少しでも寝たい。
でも、生き残る為に必死に編んだ。
リボン編みのお陰で現在マリウスの妻であるレリーナが好きになった。
レリーナの義姉のクラウディア王太子妃とも、そしてオリビア王妃様や、他の高位貴族の夫人達ともリボン編みを通じて親しくなった。
辛くて仕方なかったリボン編み。
でも、極めていくうちに、人生になくてはならなくなったリボン編み。
本当に苦労したけれども。わたくしは幸せよ。
傍にリボン編みがあったから。
シェリアは今日も大好きなリボンを編むのだった。




