純情男
世間では地獄とか、どん底とかのイメージが強い軍だけど、軍と言えども人が住んでいる場所だ。
人が住んでいるからこそ、当然色んな事が起こる。
中には恋に関する騒ぎとかもあったりした。
韓国の男は普通に青春の時期に軍に釣られて来られるから、社会で普通に恋愛をしてたりする人が多い。
これは珍しいことでもなく、ゴム靴を反対に履くという軍に行った人が失恋するという慣用句が別途存在するくらいだ。
そして、そういう人に限って軍内で事故を起こしたりする事が多かったりする。
ある夜の事、俺は不寝番で苦しめられていた。
不寝番と言うものは本当に何もやることが無くて、退屈で辛い時間だった。
他の生活館の人と喋ったりすれば良いのではと思うかも知れない。
だけど、それは規則として禁止されていた。
そもそも真夜中に強制的に引き起こされたから、そういう意欲も沸かないというのが正しいかも知れない。
ということで、俺は無言でいつものようにぼうっと生活館の前に突っ立っていた。
それは目の前の男も同じで、無言で天井と睨めっこをしている。
俺たちはそうやって無言で10分という時間を過ごした。
俺が全く時間が流れないなと思いながら、伸びをしようとしたその時だった。
「兄貴…トイレのお供お願いします。」
それは調理師だった。
当時の韓国軍では夜トイレを行く時は必ず不寝番の人がお供するようになっていた。
何でもトイレで自殺する人が多いから自殺防止とか。
だけど、これはかなり珍しいことだった。
基本的に不寝番があるからなのか、皆寝る前にはちゃんとトイレを済ませて、途中で目を覚めることを避けていたからである。
俺は強制的に調理師と連れションをすることになった。
トイレから戻った時のこと、俺は驚愕した。
目の前の生活館の男が消えていたのである。
別に俺としては特に不利益を被ることはないから良いけど、何か変なことに巻き込まれたという気分がした。
俺は一旦調理師を部屋の中に入れた。
調理師は寝ぼけているからなのか、そのまま部屋の中へと戻った。
その後、俺は目の前の生活館の男の行方を探した。
だけど、彼の姿は目に見える範囲にはなかった。
俺がいた生活館は建物の隅っこのところですぐ横にバルコニーがいた。
そして、そこには今では珍しい電話ボックスがあった。
基本的には電話をすることも制限された訓練兵には立ち入りが禁止された場所だったけど。
何かの直感で俺はそこを確認することにした。
「もしもし?」
案の定、彼はそこにいた。
そこに居るだけにとどまらず、誰かに電話をしていたのである。
これは完全に懲罰ものの逸脱だった。
「…」
俺は彼にバレないようにすぐに身を隠した。
これを見てしまったからには俺にも報告の義務が生じたのである。
これを隠してやることで俺も共犯になるわけだが…
「どうしたものか…」
俺と違って、あの男は現役だからかなり外部との意思疎通には制限があるはず、。
こういう逸脱くらいは許してもいいのではないかと思った。
だけど、これがバレたら俺はまたもや懲罰を受けることになるかも知れない。
今度こそ、軍監獄に入れられて兵役の期間延長を喰らうかも?
それだけは避けたかった。
けど、彼の処遇に関する不憫さもまた俺の心を苛んでくる。
しばらく、考えた末に俺は彼を見逃すことにした。
幸いなことに俺以外にあの男がバレることはなかったみたいだ。
「ありがとう!本当に助かったよ!お陰で久しぶりに彼女と話し合えたよ。」
「どういたしまして…って、静かに!」
次の日の朝のこと。
俺は急にあの男に呼ばれて感謝された。
どうやら、あいつも通話中はずっと扉のところを見ていたから、自分が見られていたことを知っていたらしい。
だから、何も言わなかった俺に感謝したかったとのことだった。
お互い訓練兵の身分だから返せるものが無いからか、俺は良いと言ったけど、彼は何度も繰り返して感謝の言葉を伝えて来た。
お陰様で俺はその日をちょっとほのぼのとした感覚で始めることが出来た。




