6月5日「まさかの親衛隊登場だね、湊くん?」
ここから、ちょっと重め(かな)のシーンに入りますが、多分すぐ終わります。
昼休み、俺は珍しく図書室にいた。
期末テストが近いからっていうのもあるけど――実は、今日は雨音にノートを貸す約束をしていたのだ。
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「あ、湊くん。いたいた。今日の昼休み一緒に勉強しない?あと、その時にノート貸してくれない?」
「あー、俺は昼休みちょっと…」
「あなたがいつも何もしていないのは検証済みよ。昼休みになったら絶対に図書室きてね。」
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と言う流れできてしまったのである。
「湊く〜ん!ごめん、遅くなった!」
軽い足音とともに彼女が現れる。図書室なのに声が少し大きい。周りから視線が集まり、俺は慌てて人差し指を口に当てた。そして、極力声量を抑えて、
「しーっ!雨音、ここは静かにしろよ」
という。
「あっ……ごめん。」
ぺろりと舌を出す仕草が、なんだか子どもっぽい。
机に座ると、彼女は早速ノートをのぞき込み、真剣な顔でページをめくり始めた。
「湊ってさ、字はちょっと雑だけど、まとめ方すごくわかりやすいね!」
「褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ……」
「ふふ、両方!」
笑いながらシャーペンを走らせる雨音。
いつもは明るくて落ち着きがないのに、ノートを写している今は妙に静かで、髪がさらりと机に垂れている。
……こういう姿、初めて見たかもしれない。
俺は自分の教科書を開きながらも、視線がどうしても雨音の横顔に向かってしまう。
細い指先が文字を追い、眉を寄せたり小さく頷いたりする様子に、不思議と胸の奥がざわついた。
「ん? どうしたの?」
急に顔を上げられて、俺は慌てて視線を逸らした。
「い、いや、別に……。」
「……ふーん?」
意味ありげににやりと笑われ、耳まで熱くなるのが自分でもわかった。
その瞬間、窓を打つ雨音が強くなる。図書室の静けさの中で、雨のリズムだけがやけに鮮明に響いていた。
「ねえ、湊くん?」
「ん?わからない問題でもあるのか?」
「いや、そうじゃなくて…。なんか、梅雨って嫌だよね。じめじめするし、洗濯物乾かないし。」
「……そうだな」
「でもね、こうやって一緒に勉強する時間が増えるなら、ちょっとだけ好きになれるかも。」
さらっと言って、彼女はまたノートに視線を落とす。
え、なになに?俺モテ期でもきちゃった系?いや、俺に限ってそんなことはないだろうな。色々あったし。
そのまま、俺は返す言葉を見つけられず、ただ心臓の鼓動と自分の思考の広がりを必死に抑えようとした。
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放課後、外に出るとやっぱり雨だった。
傘を広げ、いつものように二人で並んで歩く。
今日は、事前予約されてしまったので、昇降口前で人に迷惑をかけることなく下校する。
「ふぅー、疲れたぁ! でも助かったよ、ありがとう、湊くん。」
「……おう。」
俺が短く返したその瞬間――。
「おいおい、なんでお前が一緒にいるんだよ〜。」
前方から数人の男子が現れた。どこかで見たことがあると思ったら、例の噂の“雨音親衛隊(自称)”だ。おまけに幹部を自称している奴らだ。
そいつは俺を見下すような目で、露骨に嫌そうな声をかけてくる。
「まさかの親衛隊登場だね、湊くん?」
と少し嫌な感じをしているよな口調で言ってくる。
「雨音ちゃん、そいつと帰るとかマジかよ?」
「どう考えても不釣り合いだろ。アイツより俺たちのほうが――」
矢継ぎ早に吐き出される言葉に、胸の奥がざわつく。
俺自身、反論できない気持ちもあったから。
実際俺と比べちゃうとこの自称幹部の方が釣り合ってはいるのだから。
でも俺が言い返さなければ――。
「もう!やめてよ!」
雨音がピシャリと言った。
笑顔も作らず、ほんの少しだけ眉を吊り上げる。
「私が誰と帰るかは私の勝手でしょ。今日は湊くんと帰るの。だから放っておいて!あんまりひどいと、生徒指導の先生にチクっちゃうよ。」
一瞬、空気が凍る。生徒指導兼国語教師の聞くと普通そうな先生だが、サッカー部顧問でもあり、生徒会担当の先生でもあり、怒り始めると授業が2つ潰れてしまうかもしれないほどダルい上、結構きついことを言ってくる。
そんな先生にチクられると聞くと、親衛隊のやつらは気まずそうに顔を見合わせると、舌打ち混じりに背を向けていった。
「……ごめんな、嫌な思いさせて。」
「なんで湊くんが謝るの?悪いのはあっちじゃん。そもそも私がいるからあんな人たちが出てきちゃったんだし。」
雨音はふいに俺の腕を小突いて、笑顔を取り戻した。
でも、その笑顔の奥にあるわずかな疲れを俺は見逃さなかった。
傘の中、俺たちの肩はまた触れそうな距離になる。
雨脚が強まる中で、俺はさっきの親衛隊の言葉を何度も反芻していた。
――ほんとに、不釣り合いなのかもしれない。
けど、それでも。
今、雨音の隣にいるのは、俺なんだ。俺が、こいつを守らなければ。




