6月4日「似合ってるよ、濡れネズミくん。」
放課後の昇降口へと今日も向かう。
傘立ての前で、俺は思わず立ち止まった。
――今日も俺の傘は、ない。
いや、正確には「ある」はずなんだ。
けれどそこに立てかけられていたのは、やっぱり見覚えのある“黒色の傘”。俺の傘と似ていて、毎回のように入れ替わってしまうやつ。
「……またかよ」
ため息をついた瞬間、背後から元気すぎるあいつの声が響く。
「ごめーん! やっぱり今日も間違えちゃった!」
ぱたぱたと駆け寄ってくる雨音がいる。
結んだ髪の毛の先に、小さな雨粒が光っているのが見えた。
「傘に名前くらい書いとけよ……」
「えー、似てるんだから仕方ないじゃん。それよりも、今日もまた一緒になったし、傘に一緒に入ろ!」
有無を言わせぬ調子で俺の腕を軽く引っ張る。
結局、今日も相合傘だ。しかもなぜか「別々に差すと話しにくいから」なんて理由で、一本の傘に無理やり二人で収まることになった。なんで本当に俺と相合傘したがるんだろ?
狭い歩道を並んで歩けば、当然、肩が触れる。
そのたびに妙に意識してしまう俺と、俺とは違いまったく気にする様子のない雨音。
「ちょっと、もうちょい内側入れよな。俺、濡れるから」
「私、入ってるつもりなんだけどなぁ……」
やっとのことで、狭い歩道を抜け出したと思ったら、半分以上俺が外にいたことにようやくきづいた。どうやら雨音のほうに傘を傾けすぎたらしい。
強まっていく雨脚に合わせるように、左半分の制服はじわじわと水を吸い込んでいた。
「え!ちょ、ちょっと待て! 俺だけめっちゃ濡れてるんだけど!」
「えっ、ほんと? あはは、ごめんごめん!」
雨音はお腹を抱えて笑い出す。悪びれた気配なんて一切ない。
だけど、ポケットから小さなハンカチを取り出し、俺の肩にぺたりと当ててきた。
「ほら、これ使って。私のせいだから」
「……いや、タオルっていうか、もう体の半分びしょ濡れなんだけど」
「いいじゃん。似合ってるよ、濡れネズミくん。」
にやにやと笑う顔。
俺はむっとしてみせながらも、なぜか本気で怒れなかった。
――その笑顔が、ずるい。
雨音は前を向きながら、楽しそうに話し続ける。今日の授業のこと、友達との会話、好きなアイスの味。
くだらないのに、不思議と心地よい。俺は雨音の言う「濡れネズミ」のまま、黙って彼女の声を聞いていた。
雨の音にまぎれて、自分の鼓動が速くなっているのがわかる。
――梅雨なんてやっぱり嫌いだ。
でも、今日みたいに、こいつと帰る梅雨は悪くないのかもな。




