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後編

 担任の後を着いて連れられて来たのは1階の面談室。

 室内に入ると「明け星亭」の亭主、近藤さんがいた。

 そして、何故かあの女もだ。

 亭主さんは申し訳なさそうな顔をしているのに対し、全ての元凶はイライラを隠せないでいる。

 言わずとも分かった。

 発覚したのだ、バイトの件が。


「あの――」


「春也、いいから座るんだ」


 近藤さんがやるせなさそうに呟く。

 その言葉に諭され席に着く。


「さて、此度の件ですが我々の不注意で――」

「うるせぇんだよ!まず謝罪から先だろうが!」


 女が怒鳴り散らす。相変わらず不快な声だ。

 担任は目の焦点が合ってない様子で怯えている。


「は、はい……此度は我々の不注意で不正労働の発覚が遅れ、黒金家の皆様にご迷惑をお掛けしたこと、大変深くお詫び申し上げます……」


 深々と頭を下げ謝罪を口にする担任。

 俺のせいだ。


「ほら、お前もだよ!早く謝れよ!」


 近藤さんにも容赦なく罵声を浴びせる。

 年齢は23歳も離れてるのに無礼などお構いなしだ。


「はい、お母様の息子の春也君を、私の利益の為に不正に利用してしまい大変申し訳ございませんでした」


 近藤さんも同じく頭を下げる。

 こうなったのは俺が頼み込んだからなのに。


「近藤さん、やめて下さい。こうなったのは僕が無理矢理頼み込んだからで――」

「お前は黙ってろ!ここからは大人の話なんだよ!!」


 何様だと思ってるんだ?

 元は誰がしっかりしないからこうなったんだ?

 頭が足りないにも程がある。


「この事が世間に広まったらどう責任取ってくれるんだよ?私がどうしようもない親だと思われたらどう責任取るんだよ!?」


 そして、自分の事だけだ。

 俺と美夏の事なんて微塵も考えてない。


「はい……我々学校としては今回の件を内密にする事、春也君が2度と同じ行為を繰り返さないよう監視することを誓います……」


「当たり前だろ、で?お前はどうするんだよ」


「はい、春也君と今後一切関わらないと共に、お母様と春也君の心を傷つけたお詫びとして慰謝料の支払いに応じます」


 近藤さんがこっちを見て「すまない」と、視線を送ってくる。

 謝る事なんてないんだ。担任も近藤さんも。

 担任はずっとこっちの事情を知りながら綺麗事を貫いて来て多少恨みはある。

 だが、仕方ない。所詮人間は自分の事が大切なんだから。

 近藤さんに関しては迷惑を掛けてばかりだった。

 お金が足りないにも関わらずこっちの事情を把握して無料で飯を提供してくれたこともあった。

 その上、手伝いと称して働かせてくれてたんだ。

 頭が上がらない。

 2人を助けたいのに俺は所詮子供だ。ただ無力で、理不尽に怒鳴られる2人を眺める事しかできない。

 ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……


 -----------

 

「由奈〜、じゃ、明日の午後ね〜」


「うん、部活の後ね、ばいばい〜」


 放課後の掃除が終わり、クラスメイトの話し声が聞こえてくる。

 ようやく学校が終わった。

 そして、これからの生活もだ。

 今後の事を考えよう。

 バイトの件での退学は避けられたが、近藤さんとの接触を禁止、今後同じ事があったら本当に退学処分を受ける。

 後日慰謝料が払われるそうだが、どうせ俺達の元にそのお金が届く事はない。

 あの女が自分の為に使うのだから。

 ただ憂鬱だ。最低限の生活すら出来なくなるだろう。

 どうすればいい?

 水道代すら払えなくなれば生活は成り立たない。

 養護施設に駆け込めば少しは変わるかもしれないが、奴がプライドを傷つけられまいと乗り込んでくるに違いない。

 終わりだ。

 今後まともな生活が出来ず苦しむくらいならいっその事美夏と――

 いや……余計な事を考えるな。

 あいつだってやり残してる事があるはずじゃないか?

 俺のエゴにあいつを巻き込むな。


「あれ?あそこの家、ドアが開けっ放しだ」


 黒色の屋根に白の外壁の1軒屋、何処にでもあるごく普通の家だ。

 何故開けっ放しなんだ?

 忘れ物でもあって慌てて帰って来たとかか?

 ここは住宅街、時間的には周りに誰かがいてもおかしくはない。

 だが、都合良く誰もいない。


 ――やるなら今じゃないか?


 ……何を考えているんだ俺は。

 馬鹿な事を考えるな。そうだ、このまま通り過ぎればいいだけじゃないか。

 見なかった事にすればいい。

 でも、金銭面はこれからどうする?

 金はいつか尽きる。あの女の気分が悪ければ帰ってくることすらしない。

 家賃すら払えなくなった時が全ての終わりだ。それだけは避けたい。


 ……少しだけだ。

 少しだけ、せめて金になる物があればそれでいい。


 家の中には誰もいない。

 脱ぎ捨てられた靴があるが1階にはいなさそうだ。恐らく、2階にいるのだろう。

 1階を探そう。

 

 ここは…リビングか、バレる前に早く出ないと。

 ん?あれはバックか?

 財布ぐらいなら入ってるだろう。

 ポケットティッシュやら名刺入れやら入っているが……やはりあった。


 ……本当にいいのか?

 中には渋沢栄一の描かれた札が6枚。これを取れば立派な犯罪者の仲間入りだ。

 今ならバレる前に外に出れば不法侵入された事すら気づかれない。


 ――心臓が破裂しそうだ。

 そう、これは俺達の為なんだ、俺達の。

 とりあえず外へ――


「誰だ!?」


 まずい!家の人にバレた!

 早く逃げないと。


「ぐぅ…逃がさないぞ!」


 力が強い、このままじゃ取り押さえられる!

 足を掛けて投げ飛ばすしかない!


 ドン!!


「がぁは!」


 派手な音と共に住人を叩きつけた。

 俺を掴む力が弱まり静かになった。今のうちに逃げるぞ!


 脇目も振らずに走る、走る、走る。

 今は逃げ切る事だけ考えればいい。


 はぁ、はぁ……

 どれ位逃げた?

 周囲を見ると住宅街、水路を渡る橋と、俺達が住むボロいアパートが見えた。


 ――やってしまった。

 ポケットには茶色の折り畳み式の財布。心なしか札の肖像画がこちらを睨んでる気がする。

 美夏にはなんて言えばいい?

 人から盗んだ金で生活してると知ったら何て言うだろうか。

 ……やはり駄目だ。すぐにでも出頭しよう。

 美夏は何とかして養護施設に入れて少しでも平和な暮らしをさせないと。

 あの女はどうすればいい?それが課題だ。

 どうせ自分のプライドの事しか考えてない。どうせ捕まるならいっその事あの女を――


 パァン……!!


「おかえりー!お兄ちゃん!!」


 美夏が出迎えてくれていた。片手にはクラッカー?

 どういう事だ?


「あ、ああ……ただいま……」


「そして…お兄ちゃん誕生日おめでとー!」


 誕生日、そうだった。

 今日6月6日は俺の誕生日なのだ。だから、あいつは朝から気にして……


「お兄ちゃん?元気無いよー?バイトの件は残念だったけど今を楽しまないと!

 私気にしてないんだからね?私はお兄ちゃんの側にいられればそれでいいんだから!」


 ……本当に俺には勿体無い妹だ。

 何て良い子なんだろうか、本当は辛くて辛くて仕方ないはずなのに元気に振る舞ってる。

 俺を心配させない為にだ。


「ああ…ああ…ありがとう美夏、お兄ちゃんとっても嬉しいよ……」


「お兄ちゃん?辞めてよ……泣かないでよ……私まで辛くなっちゃうじゃん……」


 俺は自然と泣いていたようだ。

 美夏もそれに釣られて泣いてしまった。

 ただ俺達は玄関で気が済むまで泣いていた。


 -----------


「何から何まで、本当にありがとな美夏」


「もう、だからそんなお礼言わなくたっていいってお兄ちゃん」


 あれから1時間。ようやく気持ちが落ち着き誕生日を祝う準備が整った。

 ケーキの上には蝋燭が5本。生クリームのホールケーキだ。


 ――最後の誕生日祝いにはピッタリのめでたい日だ。


「はい、それじゃ火付けるよ――」

 バタン!!


 玄関からだ。まさかあの女が。


「おい!帰ったぞ!!挨拶は無いんかよ、挨拶は!!!」


 最悪だ。しかも傍らには見知らぬ男がいる。


「お前ら駄目な奴らだなー、思春期か?でもなー母親にはおかえりくらい言わないと駄目だぞ〜」


 金髪の、煙草臭い男だ。しかも見るからにガラが悪い。


「……さいな」


「あ?」


「うるさいつってんだよ!!偶に帰ってきては母親面ばかりして!私達には何も興味ない癖に威張り散らすだけだろ!!そんなんで私達が幸せだと思ってるのか!?母親を名乗るなら少しは私達を大事にしろ!!」


 美夏が爆発した。無理も無い。

 俺だけが不満を抱えてるなんてそんなことは無かったのだ。


 パン!!

 

「……は、母親に向かって何だその口の利き方は!?誰がお前らをここまで育ててやったと思ってるんだ!」


 ビンタが美夏の柔らかい頬に命中した。倒れた衝撃でテーブル上のケーキや食器がぶち撒けられる。

 倒れた美夏にクソ女が馬乗りになって力任せに殴りつけてる。

 普段はここまでじゃない。しかも俺の件が糸を引いている。

 これは只事じゃない。美夏が殺される……!


「おっと、暴れんなよ?お兄ちゃん」


 男が手を掴んで来たかと思うとヘッドロックを決めてきた。

 振り解こうとしても力が強い……!

 なんとか…なんとか振り解なければ……!

 でも振り解いてどうする?真正面からじゃこの男には勝てない、美夏を連れて逃げようとしても大人2人では不利……どうすれば!


 ――あれは包丁?

 さっきの衝撃でテーブルから落ちたんだ。

 あれさえあれば…!

 もう覚悟を決めるしか無い。


 金髪男の股間に向かって思い切り蹴りを入れる。


「うぐ…!」


 今だ!

 包丁を拾い上げ男の心臓目掛けて思い切り突き刺した。


「うっ……」


 包丁を引き抜くと熱い液体が顔に掛かる。

 男が倒れた。後はクソ女だけだ。


「春…也?辞めて、お母さんでしょ、2人を辛い目に遭わせたかもしれないけどここまで育てたのよ?

 今まで……今まで酷い目に遭わせてごめんなさい!明日からは!ちゃんとお母さんになるから!!

 だから辞めて……殺さな――」


 うるさい。

 今までどれだけ迷惑を掛けてきたと思ってるんだ?

 どうせただの命乞いだ。耳を貸す必要はない。


「おに…い……ちゃん?」


 美夏が腫れ上がった顔でこちらを見つめてきた。


「大丈夫だよ、悪い2人は居なく――」

「ヒッ……」


 ……美夏?どうしたんだ?元凶の2人なら……

 ……ようやく冷静になった。

 眼を見開いたまま動かなくなった2人、それを引き起こした悪魔。


 ――それが俺なんだ。


「あ…ああ……」


 目の前の現実が受け入れられない。

 見たくない、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 身体が言う事を聞かない。

 いつの間にか玄関を飛び出していた。

 行き先もないのにただ走り続ける。

 今はあそこに居たくない。

 走って、走って、走って。


 気がついたら辺りは真っ暗になっていた。

 そしてここは自宅から30分程の「願い星公園」、家に居られない時に美夏を連れて良く来た。

 これからどうしよう……

 家に戻らないといけないのに身体が言う事を聞かない。

 意思に反して公園の上へ歩いて行く。


 上からの景色は町の明かりが見えてとても綺麗だった。

 まるで――

 ……そうか、俺は死のうとしているのか。

 どうせ俺は生きてても意味はない。

 犯罪者の妹として美夏に迷惑を掛けるだけだ。

 俺のようなクズは死刑なんか待たず今死ぬべきだ。

 死刑執行を待つまでの税金が無駄にしかならない。


 身体は柵を乗り越えた。後は足を前に出すだけだ。

 それで俺は死ぬ。

 なのに、どうして進まない?

 まだ、やり残したことがあるのか?


 ――ああそうだ。

 兄として美夏を送り出さないとだ。

 正直に罪を話して、これからどうすればいいか彼女に伝える。

 

 そうだ死ぬにはまだ早い。

 戻らなければ。

 警察に出頭する前に戻らないと。


 まずは財産を彼女に渡し、名前を変更させる。その後は養護施設に行くよう伝えれば良い。

 こんなお兄ちゃんでごめんな美夏。

 最後だけはお兄ちゃんらしくいさせてくれ。

 俺の……大事な大事な家族。


「……あれは子供?」


 公園の時計では8時を指していた。

 およそ小学3年生程だろうか。

 こんな時間に外を出歩くなんて危ない…しかも道路に突っ立ってる。車が来たらどうするんだ……

 取り敢えず注意だけでも……あれは車?

 光が少年に近づいてきている。

 この辺りは車の通りが少ない。だからこそ飛ばして来る車もいるのだが流石に飛ばし過ぎだ。

 しかも、何故か子供は退く気配がない。


 ――轢かれる。

 状況的にそう見えた。

 階段につまづき掛けながらも全速力で走る。

 お願いだ間に合ってくれ。


 少年の姿が目と鼻の先に見えた。あと少し。

 だが、抱いて避けるのでは間に合わない!

 せめて車から少しでも遠ざけないと!

 手が届く事を確認すると渾身の力で少年を突き飛ばした。


 ――瞬間、身体がボールのように飛ばされた。

 ああ、俺は轢かれたんだな。

 だが、不思議と痛みはない。むしろ強烈な眠さが襲いかかって来た。

 見たところ少年は泣き声を上げている。骨を折ったかもしれないが取り敢えず無事で何よりだ。

 後は救急車を呼ばないとだな……

 だが、眠い、眠過ぎる。

 瞼が鉄のように重い。焦点も合わなくなって来た。身体も動かない。

 嫌だ、死にたくない。

 美夏に伝えたい事が沢山あるんだ。

 あそこから逃げ出した事、犯した罪の事、これからの事、産まれて来てくれた感謝、全部を伝えたい。

 だから、だから……待ってくれ……


 ――眠気に負け瞼を閉じると意識が途絶えた。

 

 

 

 

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