悪女の目覚めと出会い-6
地面が揺れる衝撃に思わず目を閉じる。そして、次に目を開いた時、わたしは目の前の光景に驚愕した。
「うそ…」
先ほどまで恐ろしい表情でわたしたちを追いかけていた男たちは、みんな地面に倒れていた。さらに辺りの建物や地面の所々にはヒビまで入っている。
(これをわたしが…?)
両手で支えている杖がふわっと消えた。
これが本来の威力なのか、暴走したのかは分からない。しかし、目の前で伸びている追手たちを見て、わたしは言葉を失った。
彼らは血を流してぐったりと横たわっている。かろうじてまだ息はあるようだが、それも時間の問題に思える。
とんでもないことをしてしまったのではないかと、全身から血の気が引いていくのが分かった。
急いで何か治療をと思い、追手たちに近寄ろうとしたわたしをレインが制止する。
「気にしなくていい。時間が経てばこいつらの仲間が回収しにくる」
「でも……!」
「君はこいつらがどんな人間か知ってるの? 人を人と思わない、ゴミのような連中だ。そんな人間を助ける必要なんてない」
レインが冷たく言い放つ。
確かに彼らは善良な人間ではない。
しかしそれでも、それがわたしが彼らを見殺しにしていい理由にはならない。
しかし、そんなわたしの心情を察してか、レインが言葉を続けた。
「君がここでこいつらを助ければ、俺のような被害者はもっと増えるよ? それでも君はこいつらを助けるの?」
「それは…」
その言葉に鎖に繋がれていたレインの姿を思い出した。黒い部屋の中、床には血痕。部屋にあるのは物騒な道具ばかり。彼らがあの場でレインにしたことは、彼の身体にある酷い傷を見れば想像できる。
黙り込んだわたしを見て、レインが口を開いた。
「お嬢様には酷な質問だったね。……まあ、どっちみち今の質問は意味ないよ。こいつらは自身の身体をいじって丈夫にしてあるから簡単には死なない。だから本当に気にしなくていい」
確かに言われてみれば、思ったよりも男たちの身体には傷がついていない。先ほどまで虫の息だったが、それも少しだけマシになったように見えた。
「ほらね? だからあまりここに長居していると、こいつらにまた追われることになる。そうなったら今度こそ無事で済む保証はない」
「………そう、だね」
さっさとこの場を立ち去れと言わんばかりのレインの態度に、彼らのことは見捨てることにした。渋渋といったわたしの様子にレインが呆れたように言う。
「お人よしも大概にしないと命がもたないですよ、ご主人さま」
レインの言葉が重くのしかかる。
「……とりあえず、帰ろっか」
その言葉にレインがこくりと頷いた。
かすかにまだ震える手を固く握りしめながら、わたしは屋敷へと戻るため歩き出した。
レインと一緒に戻れば、屋敷の中は大変なことになってしまった。
こっそり抜け出したことはもちろん、わたしの隣に立つレインの存在に屋敷中の人間がざわめく。
(まあそうなるよね……抜け出したお嬢様が急に男の子を連れて帰ってきたんだもん…)
恐る恐る両親の反応を伺えば、お父様の表情は怒っているのだろう、とても険しい。しかし、お母様に至っては、まるで興味がないといったような表情を浮かべていた。
テオドールに関しては、分かりやすいぐらいに慌てていた。かわいいぞ、テオたん!
そして、レインの汚れた格好を見たお父様が、とりあえず身体を清めるよう、使用人に伝える。テキパキと使用人たちが動く中、わたしを逃さないとばかりに、お父様が声をかける。
「アナスタシアは部屋に来なさい」
「……はい」
使用人に連れられていくレインに心の中で手を振りながら、わたしは小さくため息をついた。
(確か、お父様って怒ると怖いのよね)
アナスタシアとして目を覚ましてから、まだ一度も怒られたことはない。しかし、作中でテオドールが「お父様だけは怒らせないようにしている」と言っていたのを覚えている。
「………最悪だ」
わたしは重い足取りでお父様への部屋へと向かったのだった。