義母と娘-5
「話し合いは終わりましたか?」
「レイン!」
部屋を出たと同時に、そう声をかけられる。
お母様の部屋を片付けにきた使用人たちを横目に、私は彼の元へと駆け寄った。
「お母様と、ちゃんと話せたよ」
「それは、よかったですね」
「うん! あ、そうだ。レインに話したいことがあるから、このまま部屋に来てくれる?」
「ええ、もちろん。ちょうどよかったです」
その返答に、首を傾げる。
「ちょうどよかった?」
「俺も、アナスタシア様に話したいことがあったので」
「話したいこと?」
そう尋ねるが、返事はない。
そのことを不思議に思いながらも、わたしはそのまま彼と共に自室へと向かった。
「あのさ、先に俺から話してもいい?」
「え? ああ、もちろん大丈夫よ」
部屋につくなりそう言われて、わたしは驚きながらも了承した。
(ソファにも座らないで……そんなすぐに話したいことがあったの?)
少しだけ緊張を覚えながらも、わたしは彼の言葉を待つ。すると、降ってきたのは予想外の言葉だった。
「あの部屋で、一体何をしてたの?」
「えっ、な、なにって……お母様と話を……」
「それは知ってる。俺が聞いてるのは、そのあと何をしたのかなんだけど」
低く、地を這うような声。
理由なんて、聞かなくてもわかった。レインはいま確実に怒っている。
「えっと、その……」
「答えられない?」
わずかに目を細めたレインが、静かに続ける。
「アナスタシアから感じる、その嫌な魔力。誰のものか教えてほしいだけなんだけど」
まさか、魔力の感知までできるとは思わなかった。つくづく彼は底がしれない。そう思いながらも、わたしは、さっきまでのことを説明する。
「実はこの前、隷属の誓約魔法を解呪する呪文を教えてもらったの。それで、お母様に誓約魔法がかけられているって知ったから、さっき解呪してきたの……だから、そのせいだと思う」
わたしが密かに、隷属の誓約魔法を解呪するための呪文を教えてもらっていたことは、いずれレインにも話すつもりだった。
だけど、こんな形で知られるとは思っていなくて、背中に嫌な汗が伝う。
「それが使えるのは、一度きりだって。そう言われてたのに、勝手に使っちゃってごめんね」
本当は、レインにかけた誓約魔法を解呪したくて、教えてもらったものだった。だけど、お母様のことを見て見ぬ振りすることができず──使ってしまった。
だから、申し訳なくて俯いていると、小さく息を吐く音がした。
「俺が、隷属の誓約魔法を解呪できなかったら怒ってるって、思ってる?」
「え?」
「別にそんなことはどうでもいいよ。この魔法が一生解けなくたって、構わない。それよりも、その呪文を誰に教えてもらったのか教えてくれる?」
誰に、なんて答えられるわけがない。だって、わたしがあの呪文を教えてもらったのは──。
「あの宮廷魔術師? それとも、王族の男かな。他に詳しそうなやつは知らないけど、意外とあのいけ好かない女とか?」
きっと、レインだって、わたしが誰に教わったのか分かっているのだろう。
だからこそ、こうやって回りくどい言い方をしている。わたしが、自分の口から言うのを待っているんだ。
「……マルガレーテさんでも、ユリウスでもないよ。それに、エミリアも違う」
「じゃあ、誰?」
その問いに答えられず、わたしは黙り込む。
しばらくの沈黙のあと、レインが大きくため息をついた。
「言いたくないことは、言わなくていい。確かにそう言ったよ。でも、どうしてすぐそうやって自分のことを犠牲にするわけ」
「犠牲になんて……!」
「してない、って言える? アナスタシア、言ってたよね。それと関わるには命の危険もともなうって、だから俺、そんなことは許さないって。そう言ったはずだけど」
呆れたような声色に、ぐっと、言葉を詰まらせる。
レインだけじゃない。マルガレーテさんにも止められていた。だけど、わたしは黙ってあの恐ろしい悪魔を呼び出した。
「……黙っていたのは、ごめんなさい。でも、今回はちゃんと命の危険はないと思ったから行動したの」
あの悪魔は、アナスタシアに執着をしている。それにマルガレーテさんも契約した悪魔が、主人を傷つけることはないはずだと言っていた。
だからこそ、今回は呼び出したとしても、以前のように殺されかけることも、何か危険な目にあうこともない。
そう確信したから、わたしは悪魔を呼び出した。
「命の危険はないって、どうして言い切れるの? 例え、無事に解呪する方法を知ったとしても、そのあとは?」
「そのあとって……」
「解呪したとして、その方法をどうやって知ったか聞かれたら? アナスタシアの中にいる存在がバラされたらどうなるか、考えなかったわけ?」
「考えなかったわけじゃないけど……!」
小さく肩を震わせながら、わたしは俯いたまま絞り出すように声を紡ぐ。
「わ、わたしは、ただ、レインのことを守りたくて……いつまでもレインを誓約魔法で縛るのも嫌だったし、それにもし万が一のことがあったらと思うと、早く解呪したかったから」
エミリアのソウル魔法について、いまだ本人の口からは聞けていない。
だからこそ、いつ解呪できるかわからないままなのが、不安だった。
「わたしだって、レインが怒るって分かってた。でも……」
顔を上げたわたしは、その先の言葉を言えなかった。だって、目の前のレインがあまりにも苦しそうだったから。
(──違う、怒るとかじゃない。わたし、レインのことを傷つけたんだ……)
いまさら気づくなんて、遅すぎる。
「俺のこと守りたいって、優しいよね。でも、時々その優しさがすごく残酷に感じる」
レインは乾いた笑みを浮かべながら、静かにそう言った。怒りでも悲しみでもない、その表情に、わたしの胸はぎゅっと締め付けられる。
「君は俺と幸せになりたいって、頑張るって言ってくれるけど……本当は、心のどこかで諦めてる。自分にそんな未来なんてこない、いつ死んでも仕方ないって、そう思っているよね」
「そんなこと、」
「ないって、言える?」
……言えなかった。
わたしだって、別に死を望んでいるわけじゃない。レインとの幸せな未来だって、叶えたい。
だけど、わたしがどれだけ未来を変えようと頑張っても、過去は変わらない。
だから、アナスタシアがした行いでわたしが断罪される日がきても、仕方ない。
そうやって、心のどこかで諦めてたのは事実だ。




