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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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義母と娘-4

 


 ◇◇◇


 部屋の中、向かい合うように座るわたしたちの間には気まずい沈黙が流れていた。

 温かな湯気を立てた紅茶を口にするが、味なんて全く分からない。


「それで、私に話したいことって何?」

「えっと、そのぉ……」


 あれから日を改めて、お母様の元へとやってきたのはいいものの、わたしはなかなか話を切り出せずにいた。


 緊張と不安から、手のひらにじわりと汗が滲む。

 気を紛らわせようと窓の外を眺めると、大きな木が目に入った。


(懐かしい……)


 あの木は、昔、わたしが落ちた木だ。


「お母様、覚えていますか? 昔、わたしがあの木から落ちたことを」


 突然の質問に、お母様は目を丸くした。


 あの日、木から落ちた衝撃でわたしは全てを思い出した。自分が乙女ゲームのラスボス悪女になっていることも、前世の記憶も。


「もちろん、覚えてるわ。あのときのテオドールったら、とっても焦っていてね……貴女が目を覚まさなかったらどうしようって、半泣きだったのよ」


 くすくすと笑うお母様。

 いつもと同じ、優しい笑顔。それなのにどこか違和感を覚えた。


(……怯えている?)


 今までだって、気づくタイミングは何度もあった。それなのに、心のどこかで見ないフリをしていたのだろう。


 優しく微笑むお母様の顔には、確かな怯えが浮かんでいる。それは、わたしの──アナスタシアの言動ひとつで、全てが簡単に壊れてしまうことを知っているからだ。


「あのとき、わたしは頭を打って大切なことを忘れてしまいました。だから、わたしはお母様に仲良くしたいなんてお願いをしてしまった」

「……どういうことかしら?」


 お母様の声が、一気に低くなる。


「わたしは、自分がお母様に魔法をかけたことも、冷遇しろとお願いしたことも、忘れてしまっていました。そして、自分の中に恐ろしい悪魔がいることすらも」


 その言葉に、お母様の顔から笑顔が消えた。強張った表情を浮かべる彼女を少しでも安心させようと、出来るだけ穏やかな声で話を続ける。


「だけど、全てを思い出したいま、わたしがお母様に何かをお願いすることはありません。悪魔を使って脅したりもしない。だから、あの時のお願いも、もうきかなくていい。わたしと仲良くするもしないも、全部、お母様自身が決めていい」


 ──「冷遇しろ」というお願いでアナスタシアが縛り、「仲良くしたい」というお願いで、わたしが縛った。


 だからこそ、もう二度とお母様を縛ることはしたくない。そう思っている。


「これから先、お母様には自由に生きて欲しいと思っているんです」


 そう告げた瞬間、その場に食器が割れる音が響く。乱暴に床に落とされたティーカップが、音を立てて砕け散った。


「今さら何を……!」


 目の前で、お母様はわなわなと身体を震わせている。その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。


「貴女が私にあんな魔法をかけたから……! だから、私は二人を守るために何でもしてきたわ! それが、どれだけのことか、貴女に分かるの?!」


 立ち上がったお母様が、今にも泣きそうな表情で叫ぶ。


「自由に生きてほしいとか言うのなら、私にかけた魔法を解いてちょうだいよ! あの忌々しい呪いみたいな魔法を!」


 お母様の言うとおりだ。隷属の誓約魔法がある限り、彼女はずっとわたしに縛られてしまう。


(今すぐに解呪してあげたい。だけど……)


「どうせそんなことできやしないくせに……」


 お母様がじっとわたしを見つめる。その声には、怒りと共に、どこか諦めが混じっていた。


 どうすればいいのか、なんて迷っている場合じゃなかった。一刻もはやく、彼女を解放してあげなくてはいけない。


(たとえ、その結果……わたしが全てを失うことになったとしても、彼を救えなくなってしまったとしても)


 わたしはその場で、ゆっくりと手を握り、心を決めた。


(ごめんね、レイン)


 そして、()()()()()()()呪文を唱えると、瞬く間にお母様の身体がまばゆい光に包まれた。


「なにを……したの?」

「お母様にかけた隷属の誓約魔法を解呪しました。これでもう、お母様がわたしに縛られることはありません」


 お母様が目を見開き、息を呑む。


「こんなことで、今までお母様にしたことが許されるなんて思っていません。わたしの秘密も、話してもらって大丈夫です。その結果、自分がどうなるかは覚悟の上ですから」


 お母様は何も言わず、ただ黙ってうつむいた。


 できれば、黙ったままでいてほしいけど、アナスタシアがお母様にしたことを考えれば、それは難しいだろう。


(わたしのこの選択を、レインは怒るかもしれない。だけど、それでも、わたしにはこのまま見過ごすなんて無理だった)


「信じてもらえなくてもいい。これは、全部わたしの自己満足でやったことだから……でも、これから先、何があってもわたしがお母様を、お母様の大切なものを、傷つけることはありません。それだけは嘘じゃない」


 ぺこりと頭を下げる。

 今日、わたしが話したかったことは、これだけ。


 用が済んだ以上、長居して欲しくないだろうと思い、そそくさと扉の方へと向かった。


 隷属の誓約魔法をちゃんと解呪できるか不安だったが、うまくいってよかった。


 そんなことを考えながら、ドアノブに手をかけたそのとき、後ろから声が聞こえてきた。


「私、嬉しかったの」


 その言葉に振り向いたが、視線は合わない。それでも、今のはわたしに向けたものだと思う。

 だから、ドアノブに手をかけたまま、お母様の話を聞いた。


「貴女がこの家にやってきたとき、とても嬉しかった。テオドールに懐いてる様子を見て、ほっとした。たまに侍女に混ざって、貴女の髪の毛を結うのが好きだった」


 どこか懐かしむような、それでいて優しい声で語られるそれは、もう二度と取り戻せない過去のこと。アナスタシアが壊した、幸せで平和だった時間。


「この数年間をみてきて、今の貴女が、あのときと違うのは分かる。だからといって、簡単に許すことなんてできない。心の底ではずっと消えてくれたらいいのに、ってそう思っているわ。……ひどい母親かしら?」


 ふるふると首を横に振る。

 それでいい。一度壊れたものは戻らない。心の中で言い聞かせるように呟いた。


「……でも、貴女がいなくなれば旦那様とテオドールは悲しむでしょうね。だから、貴女の秘密は内緒にしておいてあげる」


 そこで、ようやくお母様と目が合った。


「その代わり、約束してちょうだい。もう二度と、私のような人間は生み出さないこと。そして、あの恐ろしい力も使わないって」


 予想外の言葉に、目を瞬かせていると「返事は?」と、お母様が目を細める。

 その様子に、わたしは慌てて頭を下げた。


「は、はい! ありがとうございます……!」

「言っておくけど、別に許したわけじゃないわ。貴女がまた私達を危険にさらすような真似をしたら、すぐに秘密をバラすから。覚えておきなさい」


 きつく言い聞かせるようなお母様の口調。


 それでも嬉しさから、わたしは何度も何度も頭を下げる。そして、つい気が緩んでしまい、うっかり口を滑らせた。


「お母様に殺されそうになった時は、どうしようかと思いましたが……」


 いまはこうして話ができてよかったと、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、お母様は訳がわからないといった表情を浮かべている。


「貴女を殺そうとした……? 何を言っているの?」

「え? あの、星夜祭でわたしが襲われたのって、お母様の指示では……?」

「そりゃ、できれば死んで欲しいとは常々思っていたけど、私は何もしてないわよ」


 ──そこは思ってるんだ。

 分かっていたこととはいえ、軽くショックを受けていると、お母様が言葉を続ける。


「私が下手なことをすると、旦那様やテオドールにも迷惑がかかるでしょ? だから、そんなことはしないわよ」


 お母様が嘘を言っているようには、思えない。つまり、本当に彼女は何もしていないのだ。


「じ、じゃあ、あの日、レインに罰を与えたのは?」

「あれは、主人を守るのが従者の役目なのに、貴女の顔に怪我をさせて帰ってくるから」


(ま、まさか本当にレインの言ったままだったとは……!)


「でも、鞭はやりすぎたわ」と反省しているお母様をよそに、わたしの頭の中は疑問符でいっぱいだった。


(お母様が依頼したわけじゃないとしたら、一体誰が……? だって、アナスタシアが悪魔と契約していることを知っているのなんて、お母様ぐらいのはずでは?)


 マルガレーテさんにも話したが、それは犯人が捕まった後の話だから関係ない。


「……どうしましょう、お母様。わたし、お母様以外にも殺されかけるほど恨まれているみたいです」


 わたしの言葉に、お母様は「まあ」と声を漏らした。そして、納得したように頷く。


「貴女ってひどく最低な女だったものね。仕方ないんじゃない?」


 お母様にそう言われると、何も言えない。

 その後、「割れた食器を片付けたい」というお母様の言葉で、わたしは半ば追い出される形で部屋を後にした。



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