義母と娘-3
◇
ある部屋の前で、わたしは立ち尽くしていた。
(……やっぱり、やめておこうかなぁ)
アナスタシアから告げられた衝撃の事実。
それを聞いてしまった以上、一度きちんとお母様と話さなければならない。そう思って、わたしは部屋の前までやってきたのだが……
(とっても、気が重い。そもそも、最近少しお母様に避けられている気がするし)
ぐるぐると同じ考えを巡らせながら、わたしはその場を行ったり来たりする。傍から見れば不審者そのものだが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
(……ええい、なるようになれ!)
ここまで来たのだ。あとは勢いに任せるしかない。
そう決意して扉に手を伸ばした、そのとき──
「母上なら、出かけているぞ」
背後から、声がした。
その声に勢いよく振り返れば、そこにはテオドールが立っていた。
「お兄様……!」
「用事があるって、さっき出て行ったよ」
「そう、なのね」
どうやら、タイミングが悪かったみたい。
張りつめていた気持ちが一気にほどけ、わたしは肩を落とした。
「何か大事な用でもあったのか?」
その言葉に、わたしの口から「え」と間抜けな声が漏れた。
「な、なんで、大事な用だって分かったの?」
「すごく深刻そうな顔してるし……それに、何十分も前からずっと部屋の前にいただろ」
そんなに前から見られていたとは……全然、気づかなかった。というか、それならもっと早く声をかけてくれてもよかったのに。
「……ちょっと、お母様と話したかったの。でも、出かけているなら仕方ないわ。またにする」
そう言って立ち去ろうとした、そのとき。
テオドールが、わたしの腕を掴んだ。
「お兄様?」
突然のことに首を傾げると、なぜかテオドールもわずかに目を見開いた。
まるで無意識のうちに、わたしの腕を掴んでしまったかのように。
「……どうかしたの?」
「あー、いや……そうだ! ちょっと散歩しないか? アナスタシアと、ゆっくり話したいこともあるしさ」
テオドールがそんなことを言うなんて、珍しい。
今までわたしから誘うことはあっても、その逆はほとんどなかったのに。
(……わたしと話したいことって、何?)
少しの戸惑いと驚きが入り混じる。
それでも、気づけばわたしは頷いていた。
(だって、推しとのお散歩イベントだもの!)
さっきまでの重苦しい気持ちが嘘のように、わたしは浮かれた足取りで、庭へと向かったのだった。
「ふふふん」
「随分と機嫌がいいな」
「だって、お兄様とこうして散歩するの久しぶりだもの」
お気に入りの花たちを眺めながら、並んで歩く。
いつもと同じ庭なのに、今日はなんだか空気が澄んでいる気がする。
やっぱり推しの効果って偉大だ。
「それで? わたしに話したいことって、なあに? もしかして、ソフィア様のこと?」
「なっ」
突然彼女の名前を出されたせいか、テオドールは驚いたように声を漏らした。
「最近、たまに一緒に勉強したり、昼食を食べたりしているんでしょ? 仲良しでなによりだわ」
「な、なんでそのことを?!」
「シュローダー先輩が教えてくれたの」
たまに図書室でユリウスと話すことがある。
そのとき、色々と教えてくれるのだが、先日「じれったくて少しうざい」と愚痴をこぼしていた。
だから、てっきり進展方法でも相談されるのかと思っていたのだが……テオドールは、顔を真っ赤にしながらも、必死に否定をした。
「じゃあ、なんの話?」
そう聞くと、テオドールは言葉を少し詰まらせる。
(そんなに言いにくい話なのだろうか……?)
「最近、母上がアナスタシアのことを避けている気がして……。さっきも、思い詰めた顔で部屋の前にいたし。もしかして、また嫌がらせでもされているんじゃないかって」
その言葉に、アナスタシアが言っていたことを思い出した。
彼女に冷たく当たるお母様の様子を見て、テオドールがいつからか不信感を抱くようになったのだ、と。
「違うの! お母様はわたしを避けたりしていないし、嫌がらせもされてない! さっきのも、ちょっと考えごとしていただけなの!」
必死になってそう告げると、テオドールは驚いたようにわたしを見つめた。
昨夜見た光景が、どうしても忘れられない。
たとえ自分が傷ついても、お父様とお兄様を守ろうと、お母様は必死だったのだ。
「お願いだから、お母様のことを嫌ったりしないで……」
わたしの言葉に、テオドールは一瞬目を丸くしたあと、ふっと笑った。……今のどこに笑う要素があったのだろう。
推しとはいえ、彼の行動を理解できずに戸惑っていると、優しく頭を撫でられた。
「そりゃあ、アナスタシアに酷いことをしてたら、嫌な気持ちにはなるけどな。でも、母上は大切な家族だから簡単に嫌いになったりしないさ。……だから、そんな泣きそうな顔、しないでくれ」
その言葉に、思わず肩の力が抜ける。
「……よかった。わたし、お母様とお兄様にはずっと仲良しでいてほしいの。二人は大切な家族だから」
──もちろん、お父様もね!と笑えば、テオドールも微笑んだ。
「アナスタシアは、本当に優しい子だな」
その言葉に、ずきりと胸が痛む。
(……アナスタシアは、優しい子なんかじゃない。だって、全部──アナスタシアのせいなんだから)
「……お兄様」
「どうした?」
「大好き」
そう言って、思い切り抱きつく。
すると、テオドールは驚いたような声を上げながらも、しっかりと受け止めてくれた。
彼の匂いがふわりとして、心がすっと安らいでいく。
「まったく、アナスタシアは甘えん坊だな」
揶揄うような声が頭上から降ってきても、わたしは手を離さず、しっかりと抱きしめ続けた。




