義母と娘-2
「隷属の誓約魔法は、とっても便利。だけど、もし自分の命を捨ててでも、命令に背く意思があったら? 面倒でしょ? だから、私はアルカードの力を使って書き換えたの」
「書き換える……?」
「ええ。お願いを破っても傷つくのは自分じゃない。命を奪われるのは、あなたの大切なもの。そういう風に、ね」
淡々と告げられた残酷な真実に、言葉を失った。ただただ、鏡に映る光景を見つめることしかできない。
「それから、あの人は私の操り人形だった。私への態度も、そう。全部、私からのお願い」
お母様の冷たい視線も、突き放す言葉も──すべてが彼女の命令だったなんて。
(どうして、そんなことを……?)
そんなわたしの心情を見透かしたかのように、彼女は言葉を続けた。
「私に冷たく当たる様子を見て、心優しいお兄様は胸を痛めたわ。そしていつしか、彼女に不信感さえ持つようになった。……自分を守るためにあんなことをしているなんて、知らずにね」
くすくすと、その場に彼女の笑い声が響いた。
「な、んで……」
絞り出した声はかすかに震えていた。
「お母様が、あなたに何をしたっていうの?」
「何もしてないわ」
あっさりと告げられて、目を見開く。
「じゃあ、どうして……!」
「他人が壊れる様を見るのが大好きなの。だって、とっても愉快で楽しいでしょ?」
……壊れる様を見るのが、楽しい?
何ひとつ理解できない、したくない。
「だから、あの人のことは、じわじわと壊していく予定だった。なのに、貴女ってば邪魔ばかりするんだもの。本当、嫌になっちゃうわ」
「邪魔? わたしは、何も──」
「上書きしたでしょ? 仲良くしたいだなんて、馬鹿みたいなお願いで」
その言葉で、あの時のことを思い出す。
仲良くしたいと伝えた日。
お母様はそれがわたしの望みなのかと言った。
あの時は訳がわからなかったけど、今ならよくわかる。
(アナスタシアの望みを叶えないと、お父様とお兄様が傷つく……だから、お母様はわたしを受け入れてくれたんだ)
知らなかったとはいえ、お母様を縛っていたことに、胸の奥が痛んだ。
「そのまま退屈な結末になるかと思ったけど、ふふっ、まさか殺されそうになるなんてね」
──そう、あの日。わたしは殺されかけた。
「主人が死ねば、隷属の誓約魔法から解放される。最後の望みを賭けて、あんな大胆なことをしたというのに呆気なく失敗」
そう話す彼女の声は、とても楽しそうだ。
(自分も殺されかけたというのに、どうしてこんなに笑っていられるの?)
まるで、あの恐ろしい悪魔と対峙したときのように、足元が冷えていく。
「本当に、愚かで可哀想な人」
その一言に、勢いよく彼女の手を掴んだ。
「やだ、怒ったの?」
「あなたがしたことは最低で、決して許されることじゃない。どうして、そんなことを平気でできるの……?」
怒りで彼女をキツく睨みつける。
しかし、わたしの言葉に彼女は驚いたかのように目を丸くしていた。
「なにを今さら。貴女、ずっと言ってたじゃない」
そう言うと、わたしの手に自分の手を重ねる。そして、ゆっくりと繋がれた。
「私は、残忍で、最低な──悪女だって」
確かにそうだ。我儘で残忍なラスボス悪女──わたしは何回も彼女のことを、そう言ってきた。
だから、彼女の言うとおりなはずなのに。
「わたしは、本当は……」
ゲームの中で、アナスタシアはラスボスだった。
いとも容易く他人を傷つけ、陥れ、そして──世界を破滅へと導く恐ろしい悪女。
だけど、本当は血の繋がった家族はいない。冷遇されていて、どこにも居場所がない。
そして、最後は心を許した従者に裏切られ、破滅する寂しい女の子。
そんな風に、思っていた。いや、思いたかった。
だけど、そんなのは全て、わたしが都合よく作り出した幻想だった。
彼女は、アナスタシア・リヴィエールは、どこまでいっても、残忍で最低な悪女なんだ。
……許されるべき存在じゃない。
そのことが悲しくて、悔しくて、たまらなかった。
「ふふっ、そんなに泣かないでちょうだい。まるで、私が虐めているみたいでしょ?」
彼女のその言葉で、頬を伝う涙に気づく。
「仕方ない子ね」
彼女の指先が、そっとわたしの涙を拭った。
その仕草がやけに優しくて、余計に苦しい。
「自分を守りたいなら、そう行動すればいいだけのこと。だけど、あの人は夫と息子を捨てられなかった。守りたいもの、大切なもの──そんなものをつくるから弱くなるのに……本当、ばっかみたい」
「っ……あなたにだって、あるはずでしょ!」
勢いよくそう叫んだ瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。熱のない、冷たい視線がわたしを貫き、思わず息を呑む。
「ないわよ、そんなもの」
「えっ……?」
地を這うような低い声。
威圧感に、ぞわりと背筋に鳥肌が立った。
「全部、壊したもの」
その言葉と同時に、闇が広がる。
次第に彼女の姿が、ゆっくりと透けていった。
「残念、もう時間切れね」
「──待って!」
まだ彼女には言いたいことも、聞きたいこともある。だけど、伸ばした手は空を切った。
「しばらくは大人しくしててあげる。……だけど、早く私を受け入れてちょうだい」
闇が、彼女を包みこむ。
「──じゃないと、傷つくのは貴女なんだから」
そう言った彼女の表情は、わからなかった。
けれど、その声はかすかに震えていた。
(傷つくのは、わたし……?)
ふと、以前に見た夢のことを思い出す──幼い彼女が、泣いている姿だった。
その涙の理由もわからないのに、どうしても思い出さずにはいられなかった。
暗闇の中で、彼女の声と、泣いていたあの子の姿が重なった。




