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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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義母と娘-2



「隷属の誓約魔法は、とっても便利。だけど、もし自分の命を捨ててでも、命令に背く意思があったら? 面倒でしょ? だから、私はアルカードの力を使って書き換えたの」

「書き換える……?」

「ええ。お願いを破っても傷つくのは自分じゃない。命を奪われるのは、あなたの大切なもの。そういう風に、ね」


 淡々と告げられた残酷な真実に、言葉を失った。ただただ、鏡に映る光景を見つめることしかできない。


「それから、あの人は私の操り人形だった。私への態度も、そう。全部、私からのお願い」


 お母様の冷たい視線も、突き放す言葉も──すべてが彼女の命令だったなんて。


(どうして、そんなことを……?)


 そんなわたしの心情を見透かしたかのように、彼女は言葉を続けた。


「私に冷たく当たる様子を見て、心優しいお兄様は胸を痛めたわ。そしていつしか、彼女に不信感さえ持つようになった。……自分を守るためにあんなことをしているなんて、知らずにね」


 くすくすと、その場に彼女の笑い声が響いた。


「な、んで……」


 絞り出した声はかすかに震えていた。


「お母様が、あなたに何をしたっていうの?」

「何もしてないわ」


 あっさりと告げられて、目を見開く。


「じゃあ、どうして……!」

「他人が壊れる様を見るのが大好きなの。だって、とっても愉快で楽しいでしょ?」


 ……壊れる様を見るのが、楽しい?

 何ひとつ理解できない、したくない。


「だから、あの人のことは、じわじわと壊していく予定だった。なのに、貴女ってば邪魔ばかりするんだもの。本当、嫌になっちゃうわ」

「邪魔? わたしは、何も──」

「上書きしたでしょ? 仲良くしたいだなんて、馬鹿みたいなお願いで」


 その言葉で、あの時のことを思い出す。

 仲良くしたいと伝えた日。

 お母様はそれがわたしの望みなのかと言った。


 あの時は訳がわからなかったけど、今ならよくわかる。


(アナスタシアの望みを叶えないと、お父様とお兄様が傷つく……だから、お母様はわたしを受け入れてくれたんだ)


 知らなかったとはいえ、お母様を縛っていたことに、胸の奥が痛んだ。


「そのまま退屈な結末になるかと思ったけど、ふふっ、まさか殺されそうになるなんてね」


 ──そう、あの日。わたしは殺されかけた。


「主人が死ねば、隷属の誓約魔法から解放される。最後の望みを賭けて、あんな大胆なことをしたというのに呆気なく失敗」


 そう話す彼女の声は、とても楽しそうだ。


(自分も殺されかけたというのに、どうしてこんなに笑っていられるの?)


 まるで、あの恐ろしい悪魔と対峙したときのように、足元が冷えていく。


「本当に、愚かで可哀想な人」


 その一言に、勢いよく彼女の手を掴んだ。


「やだ、怒ったの?」

「あなたがしたことは最低で、決して許されることじゃない。どうして、そんなことを平気でできるの……?」


 怒りで彼女をキツく睨みつける。

 しかし、わたしの言葉に彼女は驚いたかのように目を丸くしていた。


「なにを今さら。貴女、ずっと言ってたじゃない」


 そう言うと、わたしの手に自分の手を重ねる。そして、ゆっくりと繋がれた。


「私は、残忍で、最低な──悪女だって」


 確かにそうだ。我儘で残忍なラスボス悪女──わたしは何回も彼女のことを、そう言ってきた。

 だから、彼女の言うとおりなはずなのに。


「わたしは、本当は……」


 ゲームの中で、アナスタシアはラスボスだった。

 いとも容易く他人を傷つけ、陥れ、そして──世界を破滅へと導く恐ろしい悪女。


 だけど、本当は血の繋がった家族はいない。冷遇されていて、どこにも居場所がない。

 そして、最後は心を許した従者に裏切られ、破滅する寂しい女の子。


 そんな風に、思っていた。いや、思いたかった。

 だけど、そんなのは全て、わたしが都合よく作り出した幻想だった。


 彼女は、アナスタシア・リヴィエールは、どこまでいっても、残忍で最低な悪女なんだ。

 ……許されるべき存在じゃない。


 そのことが悲しくて、悔しくて、たまらなかった。


「ふふっ、そんなに泣かないでちょうだい。まるで、私が虐めているみたいでしょ?」


 彼女のその言葉で、頬を伝う涙に気づく。


「仕方ない子ね」


 彼女の指先が、そっとわたしの涙を拭った。

 その仕草がやけに優しくて、余計に苦しい。


「自分を守りたいなら、そう行動すればいいだけのこと。だけど、あの人は夫と息子を捨てられなかった。守りたいもの、大切なもの──そんなものをつくるから弱くなるのに……本当、ばっかみたい」

「っ……あなたにだって、あるはずでしょ!」


 勢いよくそう叫んだ瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。熱のない、冷たい視線がわたしを貫き、思わず息を呑む。


「ないわよ、そんなもの」

「えっ……?」


 地を這うような低い声。

 威圧感に、ぞわりと背筋に鳥肌が立った。


「全部、壊したもの」


 その言葉と同時に、闇が広がる。

 次第に彼女の姿が、ゆっくりと透けていった。


「残念、もう時間切れね」

「──待って!」


 まだ彼女には言いたいことも、聞きたいこともある。だけど、伸ばした手は空を切った。


「しばらくは大人しくしててあげる。……だけど、早く私を受け入れてちょうだい」


 闇が、彼女を包みこむ。


「──じゃないと、傷つくのは貴女なんだから」


 そう言った彼女の表情は、わからなかった。

 けれど、その声はかすかに震えていた。


(傷つくのは、わたし……?)


 ふと、以前に見た夢のことを思い出す──幼い彼女が、泣いている姿だった。

 その涙の理由もわからないのに、どうしても思い出さずにはいられなかった。


 暗闇の中で、彼女の声と、泣いていたあの子の姿が重なった。

 


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