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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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義母と娘-1



 真っ暗な世界で、わたしの名前を呼ぶ誰かの声が聞こえてくる。


 けれど、とてつもなく身体が重く、目を開けることすら億劫だった。

 このまま眠っていよう。そう思ったのに──名前を呼ぶ声は止まらない。それどころか、だんだんとうるさくなってきた。


(ったく、いったい誰なのよ……無視、無視)


 そう考えていた次の瞬間──むぎゅっと、容赦なく頬を掴まれる。

 鋭い痛みと同時に視界が開け、反射的に目を見開いた。


「あら、ようやく目を開けたのね」


 さらりと揺れる銀色の髪。その奥で、紫色の瞳がわたしを見下ろしている。


 自分の上に跨り、痛いぐらいに頬をつかんでいるこの少女を、わたしは知っている。──いや、知っているどころじゃない。


「──アナスタシアっ?!」


 大声で彼女の名前を呼ぶと、「うるさい」と怒られてしまった。だけど、わたしはそれどころではない。


「ど、ど、どうして……アナスタシアが……!」


 いま目の前にいるのは、まちがいなく本物のアナスタシアだ。わたしの中にいることは知っていたけれど、いざ姿を目の前にすると、動揺を隠せない。


「間抜けな顔ね」


 ──いや、同じ顔でしょ。

 という言葉は、すんでのところで飲み込んだ。


 言ったら最後、面倒なことになるのは目に見えている。案の定、わたしの考えを読んだかのように、彼女の指に力がこもった。


「私はそんな顔しないもの。一緒にしないでちょうだい」

「な、なんで?!」

「お馬鹿さんね。貴女の考えることなんて、手に取るように分かるわ」


 楽しそうに笑う彼女の顔は、見慣れた自分の顔と同じはずなのに、まるで別人のように思えた。


(顔も声も同じなのに、表情ひとつでこんなに違って見えるだなんて……)


 どこか異様な光景に目を奪われ、一瞬見惚れてしまう。けれど、今の自分の状況を思い出して、慌てて口を開いた。


「というか、ここはどこ?! なんでアナスタシアがわたしの前にいるの?!」

「うるさいわね。少しは落ち着きなさいな」

「落ち着けるわけないでしょ!」


 背中に、嫌な汗がじわりと滲む。

 もし、彼女が目覚めたのだとしたら──!


「ここは私と貴女だけの「心の世界」よ」


 思考を遮るように、アナスタシアが言った。


「……心の世界?」

「ええ。だから、ここなら誰にも邪魔されず、ゆっくりお話しできるわ」


 どういうことだろう。

 意味が分からず首を傾げていると、彼女はわたしの上から退き、向かいに腰を下ろした。

 

「私に聞きたいことがあるのでしょう?」

「えっ」


 向かいに座る彼女にそう尋ねられ、わたしは思わず息を呑んだ。


 彼女に聞きたいことは、山ほどある。悪魔のこととか、本当の両親のこと……教えてくれるなら、全部知りたい。

 

「色々とあるけど……全部、教えてくれるの?」

「面倒だから、ひとつにしてちょうだい」


 ならば、いまわたしが一番知りたいのは、やっぱりあのことだった。


「お母様……リヴィエール夫人と、何があったのか知りたい」


 その言葉に、彼女はわずかに目を細めた。

 そして、指を軽く鳴らすと、目の前に大きな鏡が現れたのだった。


「貴女には大切なものってある?」

「え?」


 その問いに、まっさきに思い浮かんだのはレインのことだった。すると、鏡の中に彼の姿が映し出される。


 その様子に、彼女が不満げな声を漏らした。


「貴女、男の趣味が悪いのね」

「へっ?!」

「女の子みたいで、全然好みじゃない」

「なっ」

「それに私、赤色って嫌いなのよね」


 いったい、何の話だ。

 お母様のことを尋ねたというのに、どうして悪口を言われなくちゃいけないのだろう。


「今はレインの話じゃないでしょ! あと、アナスタシアの好みじゃなくても、わたしは大好きだからいいの!」

「人の身体を奪っておいて、随分と勝手な言い分ね」

「ゔっ……」


 ──ごもっともすぎる。

 何も反論できずに黙っていると、彼女はふっと微笑んで言った。


「まあいいわ。……人でも物でも、何でも構わない。誰だって大切なもののひとつやふたつ、あるものでしょう? 彼女の場合、それは夫と息子だった」


 鏡の景色が、ぐにゃりと歪む。

 そこに映ったのは、お母様の姿だった。


「この家にやってきた時、あの人は私のことを歓迎してくれたわ。前から娘が欲しかった、なんて言って」


 幼いアナスタシアの手を引き、笑うお母様。

 今はもう二度と見られない光景に、胸の奥がちくりと痛んだ。


「だけど、あの日。運悪く、アルカードといるところを彼女に見られてしまった。アルカードはさっさと殺せばいいなんて言ったけど、そんなことをしたら疑われるのは私でしょう?」


 悪魔って本当に野蛮で困るのよね、なんて言うけれど、全く困っているようには見えない。むしろ、楽しそうだ。


「だから、私はあの人にお願いをしたの」

「……お願い?」

「ええ。いま見たこと、聞いたこと、全てを忘れてほしいって」


 鏡の中のお母様は、首を横に振っていた。


「だけど、あの人は頷かなかった。だから、私はあの人に魔法をかけたの」

「……魔法?」

「ええ。貴女もよーく知っている素敵な魔法よ」


 その言葉に、嫌な予感がする。

 そんな心情を見透かすように、アナスタシアがわたしの耳にそっと口を寄せた。


「貴女があの子と結んでいる契約、あれって便利よね。他人を意のままに操ることができるのだから」

「──っ! アナスタシア!」

「ふふっ、そんなに怒らないでちょうだい」


 それに、楽しいのはここからなんだから──と、彼女の声が聞こえたかと思えば、次の瞬間、鏡の表面が大きく波打った。


 そして、その場に耳を裂くような悲鳴が響く。

 鏡の中には、泣き叫んでいるお母様の姿が映っていた。



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