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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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守りたいもの-7




「ねえ、レイン。そろそろ離してくれない……?」


 ソファの上、わたしはレインに後ろから抱きしめられる体勢で座っていた。逃さないとばかりに全身をホールドされ、身動きひとつ取れない。


「無理」

「なんでっ?!」

「こうして閉じ込めておかないと、アナスタシアはすぐ危険なことに首を突っ込むから」

「そ、そんなことないと思うけど……」

「あるよ。さっき自分が話したことを、もう忘れたわけ?」


 不満げな低い声が聞こえてきて、わたしはぐっと口をつぐんでしまった。

 どうやら、レインは馬車の中で話したことを、気にしているらしい。


 屋敷に着くまでの間、彼の恐ろしい尋問により、わたしは自分の影に「恐ろしい存在」がいること、そして、それがもし目覚めてしまうと、世界が破滅に向かうことを話した。


 なので、そうならないよう、わたしは「恐ろしい存在」と戦わなくてはいけない。これは、絶対に負けられない戦いというやつなのだ、と。


 ドヤ顔でそう言ったわたしを見て、レインはすごい怖い顔をしていた。もう、それはそれは、夢に出てきそうなぐらいに。


 そして、首を傾げるわたしに向かって、低い声でこう言ったのだ。


「まさかと思うけど、命をかけるだなんて、言わないよね?」


 その言葉に、つい視線を逸らしてしまったのがいけなかった。

 そのことをレインが見逃すはずもなく、彼は「そんなの絶対に許さない」と、わたしの腕を勢いよく掴んだ。


 その勢いと恐ろしさに、わたしはただ固まることしかできなかった。

 それから屋敷に着くまでの間、レインは一度もわたしの手を離さなかったし、部屋に入るなり、今度は強く抱きしめてきて、なかなか離してくれない。


(とにかく、今は何を言っても無駄そうだから、レインの好きにさせとこ……)


 そう思ったわたしは、無駄な抵抗をやめて、彼の腕の中で大人しくすることにした。


「メアリーが呼びに来るまでの間だけだからね」

「はいはい。じゃあ、それまで沢山、いちゃいちゃしよっか」

「いちゃっ……?!」


 予想外の言葉に、思わず顔を後ろに向けると、レインは首を傾げていた。


「どうしたの? 俺たち、恋人同士でしょ? いちゃいちゃしたって何の問題もないと思うけど」

「そっ、それは……そう、だけど……」


 いまでさえ、心臓がもたないのだ。これ以上は、耐えられる自信がない。なので、口をもごもごとしていると、わたしの肩に顎をのせたレインが口を尖らせた。


「なあに、アナスタシア。もしかして、君は俺といちゃいちゃしたくないの? 傷つくなあ」

「そ、そうじゃなくて!」


 拗ねたような声色に、慌てて否定をすると、レインの瞳がゆっくりと細まった。


「へぇ、アナスタシアも俺といちゃいちゃしたいって思ってくれてるんだ」


 しまった、と思った時には、もう遅かった。

「なら、問題ないよね」という彼の楽しそうな声が聞こえてきたかと思えば、そのまま、彼の顔が近づいてくる。


「す、ストップ!」

「ん?」

「一旦……一旦、離れて!」


 そう叫ぶと、目の前の顔が分かりやすく歪む。

 だけど、今のわたしには、これ以上に耐えられる自信がなかった。このままだと、鼻血を出して死ぬ。確実に。


「なに、嫌だった?」

「嫌、じゃない……ただ、ドキドキして、心臓が破裂しちゃいそうで……」

「ふはっ、なにそれ。かわいいね」


 かわいいとかいう話ではない。本当に口から血を出して、その辺に倒れ込む自信がある。

 そんな姿は絶対に見せたくないので、わたしは真面目なトーンで言葉を続けた。


「笑い事じゃないからね、わたしは本気なの」

「え……怒ってる?」

「怒ってない。けど、レインの顔が良すぎるのが悪いの」

「は?」


 意味が分からない、とでも言いたげな顔でこちらを見るレイン。しかし、これは仕方のないことだ。

 恋愛経験がほとんどないまま人生を終えたわたしにとって、このキラキラした顔面はあまりにも眩しすぎる。


 なにせ、いまだに鏡に映る美少女──もとい、自分の姿にさえ、「かわいい!」と驚いてしまうこともあるのだから。


「まず、その整いすぎた顔に慣れる練習をしていい? じゃないと、出血多量で死んじゃうから」

「毎日、俺の顔見てるよね? 今更すぎない?」

「いいから! 顔を貸しなさい!」

「はいはい、アナスタシア様の仰せのままに」


 まるでチンピラのような脅しだったが、レインは素直に身体を離した。そのことに気をよくしたわたしは、くるりと、向かい合うように体勢を変える。


 そして、無防備に晒された彼の整いすぎた顔を、まじまじと見つめるのであった。


(……うわぁ、まつげながっ!! 待って、色んな意味で自信無くしてきたかも……)


 複雑な乙女心で、思わず眉間に皺が寄ってしまう。すると、そのことに気づいた彼が、気まずそうに口を開いた。


「……何か、怖いんだけど」

「ごめんね、レインの顔がかっこよすぎてつい」


 そう言って彼の頬にそっと触れた瞬間、あまりの触り心地のよさに、思わずわたしの口から声が漏れてしまった。

 

「わぁ、スベスベ! 毛穴も全くないし、加工どころかお化粧要らずだね」

「加工?」


 聞きなれない単語に首を傾げるレインを無視して、わたしはスベスベモチモチの柔肌を心ゆくまで堪能する。


「ふへへ……やわらか……」


 わたしが手を止めないままでいると、レインはじっとこちらを見つめてきた。その視線に、照れ隠しのつもりでにっこりと笑ってみせる。


「ねえ、アナスタシア」

「な、なに……?」


(さすがに、引かれた……?)


 そう不安に思っていると、目の前の形のいい唇が、一瞬ためらうように閉じてから、ゆっくりと動いた。


「キスしていい?」


 あまりにも唐突な一言に、わたしの口からは間抜けな声が漏れた。



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