守りたいもの-7
◇
「ねえ、レイン。そろそろ離してくれない……?」
ソファの上、わたしはレインに後ろから抱きしめられる体勢で座っていた。逃さないとばかりに全身をホールドされ、身動きひとつ取れない。
「無理」
「なんでっ?!」
「こうして閉じ込めておかないと、アナスタシアはすぐ危険なことに首を突っ込むから」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「あるよ。さっき自分が話したことを、もう忘れたわけ?」
不満げな低い声が聞こえてきて、わたしはぐっと口をつぐんでしまった。
どうやら、レインは馬車の中で話したことを、気にしているらしい。
屋敷に着くまでの間、彼の恐ろしい尋問により、わたしは自分の影に「恐ろしい存在」がいること、そして、それがもし目覚めてしまうと、世界が破滅に向かうことを話した。
なので、そうならないよう、わたしは「恐ろしい存在」と戦わなくてはいけない。これは、絶対に負けられない戦いというやつなのだ、と。
ドヤ顔でそう言ったわたしを見て、レインはすごい怖い顔をしていた。もう、それはそれは、夢に出てきそうなぐらいに。
そして、首を傾げるわたしに向かって、低い声でこう言ったのだ。
「まさかと思うけど、命をかけるだなんて、言わないよね?」
その言葉に、つい視線を逸らしてしまったのがいけなかった。
そのことをレインが見逃すはずもなく、彼は「そんなの絶対に許さない」と、わたしの腕を勢いよく掴んだ。
その勢いと恐ろしさに、わたしはただ固まることしかできなかった。
それから屋敷に着くまでの間、レインは一度もわたしの手を離さなかったし、部屋に入るなり、今度は強く抱きしめてきて、なかなか離してくれない。
(とにかく、今は何を言っても無駄そうだから、レインの好きにさせとこ……)
そう思ったわたしは、無駄な抵抗をやめて、彼の腕の中で大人しくすることにした。
「メアリーが呼びに来るまでの間だけだからね」
「はいはい。じゃあ、それまで沢山、いちゃいちゃしよっか」
「いちゃっ……?!」
予想外の言葉に、思わず顔を後ろに向けると、レインは首を傾げていた。
「どうしたの? 俺たち、恋人同士でしょ? いちゃいちゃしたって何の問題もないと思うけど」
「そっ、それは……そう、だけど……」
いまでさえ、心臓がもたないのだ。これ以上は、耐えられる自信がない。なので、口をもごもごとしていると、わたしの肩に顎をのせたレインが口を尖らせた。
「なあに、アナスタシア。もしかして、君は俺といちゃいちゃしたくないの? 傷つくなあ」
「そ、そうじゃなくて!」
拗ねたような声色に、慌てて否定をすると、レインの瞳がゆっくりと細まった。
「へぇ、アナスタシアも俺といちゃいちゃしたいって思ってくれてるんだ」
しまった、と思った時には、もう遅かった。
「なら、問題ないよね」という彼の楽しそうな声が聞こえてきたかと思えば、そのまま、彼の顔が近づいてくる。
「す、ストップ!」
「ん?」
「一旦……一旦、離れて!」
そう叫ぶと、目の前の顔が分かりやすく歪む。
だけど、今のわたしには、これ以上に耐えられる自信がなかった。このままだと、鼻血を出して死ぬ。確実に。
「なに、嫌だった?」
「嫌、じゃない……ただ、ドキドキして、心臓が破裂しちゃいそうで……」
「ふはっ、なにそれ。かわいいね」
かわいいとかいう話ではない。本当に口から血を出して、その辺に倒れ込む自信がある。
そんな姿は絶対に見せたくないので、わたしは真面目なトーンで言葉を続けた。
「笑い事じゃないからね、わたしは本気なの」
「え……怒ってる?」
「怒ってない。けど、レインの顔が良すぎるのが悪いの」
「は?」
意味が分からない、とでも言いたげな顔でこちらを見るレイン。しかし、これは仕方のないことだ。
恋愛経験がほとんどないまま人生を終えたわたしにとって、このキラキラした顔面はあまりにも眩しすぎる。
なにせ、いまだに鏡に映る美少女──もとい、自分の姿にさえ、「かわいい!」と驚いてしまうこともあるのだから。
「まず、その整いすぎた顔に慣れる練習をしていい? じゃないと、出血多量で死んじゃうから」
「毎日、俺の顔見てるよね? 今更すぎない?」
「いいから! 顔を貸しなさい!」
「はいはい、アナスタシア様の仰せのままに」
まるでチンピラのような脅しだったが、レインは素直に身体を離した。そのことに気をよくしたわたしは、くるりと、向かい合うように体勢を変える。
そして、無防備に晒された彼の整いすぎた顔を、まじまじと見つめるのであった。
(……うわぁ、まつげながっ!! 待って、色んな意味で自信無くしてきたかも……)
複雑な乙女心で、思わず眉間に皺が寄ってしまう。すると、そのことに気づいた彼が、気まずそうに口を開いた。
「……何か、怖いんだけど」
「ごめんね、レインの顔がかっこよすぎてつい」
そう言って彼の頬にそっと触れた瞬間、あまりの触り心地のよさに、思わずわたしの口から声が漏れてしまった。
「わぁ、スベスベ! 毛穴も全くないし、加工どころかお化粧要らずだね」
「加工?」
聞きなれない単語に首を傾げるレインを無視して、わたしはスベスベモチモチの柔肌を心ゆくまで堪能する。
「ふへへ……やわらか……」
わたしが手を止めないままでいると、レインはじっとこちらを見つめてきた。その視線に、照れ隠しのつもりでにっこりと笑ってみせる。
「ねえ、アナスタシア」
「な、なに……?」
(さすがに、引かれた……?)
そう不安に思っていると、目の前の形のいい唇が、一瞬ためらうように閉じてから、ゆっくりと動いた。
「キスしていい?」
あまりにも唐突な一言に、わたしの口からは間抜けな声が漏れた。




