守りたいもの-6
少し焦った声と、反射的に腕で支えられる感触に、慌てて謝った。
「ご、ごめんね……!」
顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。
あまりの近さに慌てて身体を離そうとした、その瞬間──何故か、さらに強く抱き寄せられてしまう。
(どうして、抱きしめるの?!)
「大丈夫?」
訳もわからず狼狽えるわたしをよそに、レインはなんてことない様子で、そう尋ねてくる。
だけど、今のわたしは、色んな意味で大丈夫じゃなかった。
(近い近い近い──!! しかも、何かすっごくいい匂いがするんだけど?!)
俯いて、なんとか必死に耐える。
とりあえず、一旦冷静にならなくては。このままだと、変なことを口走ってしまいそうだ。
「アナスタシア? どっか怪我でもした?」
「だ、大丈夫! だから離して!」
「それは無理」
「なんでっ?!」
馬車の揺れはもうおさまっている。支えてもらう必要なんてないはずなのに、どれだけ彼の胸を押しても、離してくれる気配はまったくなかった。
それでも必死になって抵抗を続けていると、わたしの背中に回る手に力が入るのが分かった。
「ねえ、アナスタシア」
ふいに名前を呼ばれて、ぴたりと抵抗を止める。先ほどまでの茶化すような雰囲気とは違う、真剣な様子に、思わず緊張で身体が強張った。
「好きだよ」
けれど、わたしの耳に届いたのは、とても甘くて優しい声だった。
「従者だからでも、家族としてでもない。一人の女性として、君のことが特別で、大切なんだ」
その言葉に顔を上げると、彼と目が合った。真っ赤な瞳が、まっすぐと、わたしだけを見つめている。
「だから、嫌われるかもしれないなんて、不安に思わなくていい。何があっても、俺が君のことを嫌いになることなんて、絶対にない」
はっきりとそう断言されて、思わず泣きそうになる。不安も悩みも、全てが彼の言葉で少しずつ溶かされていった。
「アナスタシアが家族として、従者として、俺のことを大切に思ってくれてるのは知ってる。だから、気持ちに応えて欲しいとは思わない」
わずかに身体を離したレインが、わたしの頬にそっと手を寄せた。
「だから、このままそばにいさせて。それ以上は望まないからさ」
そう言って、レインは笑った。でもその笑みには、どこか諦めにも似た色があった。
自分が選ばれるはずがない、と心のどこかで思っているのだろう。
(いつもそう、自分のことを「強欲だ」なんて言うくせに、こういう時はすぐ諦めるんだから……)
そのまま離れようとするレインを引き留めるように、わたしはその手を、ぎゅっと掴んだ。
「……やだ」
その言葉に、レインが息を呑むのが分かった。
わずかに見開かれた瞳には、はっきりとした動揺が浮かんでいる。
「わたしは、このままなんて嫌。……だって、わたしも一人の男の人として、レインのことが好きだから」
家族として、従者として大切なんだと、ずっと誤魔化してきた。ラスボス悪女のわたしより、ヒロインと幸せになってほしいと、自分に言い聞かせて逃げてきた。
だけど、本当はずっと前から、彼のことが好きだった。その気持ちに、もう嘘はつきたくない。
「わたしより、相応しい相手がいるのも知っている。でも、わたしはあなたを幸せにしたいし、あなたと幸せになりたい」
レインが伝えてくれた気持ちや言葉を、わたしも同じように彼に返したい。
「大好きだよ、レイン。世界で一番、あなたが好き」
レインみたいに上手くは言えなかったけど、繰り返し何度もそう伝えた。少しでも、彼の不安を取り除きたい、その一心で。
「猫被ってにこにこ笑ってる時も好きだけど、わたしの前でだけ愛想悪くなるところも好き。なのに、わたしに触れる手が優しいところとか、あと──」
「わかった、わかったから……ちょっと待って……」
そう言って、レインは自分の手で顔を覆うと、そのまま黙ってしまった。
(どうしよう、さすがにうざかったかな)
そう不安になっていたら、髪の毛の間からのぞく彼の耳が、ほんのり赤くなっているのを見て、わたしは思わず目を丸くした。
「レインが……照れてる……?!」
「いや、そりゃ照れるでしょ。好きな子にあんな熱烈な告白されたら」
「す、好きな……子……」
その言葉に、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。
「もう一回、抱きしめてもいい?」
レインが小声でそう尋ねてきた。その言葉に、わたしの心臓が跳ねる。さっきまでは遠慮なく抱きしめてきたのに、そんなのずるい。
「……う、うん」
そっと抱き寄せられて、わたしもゆっくりと彼の背中に手を回した。暖かな体温と彼の匂いに包み込まれて、思わず笑みが溢れる。
「俺、ちゃんと頑張るから」
「頑張る?」
「堂々と君の隣にいられるように。ちゃんと周りに認めてもらえるよう、努力する」
今のわたしたちでは、周りに恋人同士だと言えない。だけどこうして、レインがわたしとの将来のことを、ちゃんと考えてくれているのだと分かって、嬉しかった。
「……ありがとう、わたしも頑張るね。ずっとレインの隣にいたいから」
それからしばらくの間、わたしたちはお互いの気持ちをたくさん伝え合い、いろんな話をした。胸がいっぱいになるくらい幸せな時間だったのだが……
「そういえば、魔術師の女が言ってたけど、危険なことに首を突っ込んでるって本当?」
「え、えーっと……それは、その、危険なことというか……ただちょっと失敗すると、死ぬかもしれないってだけで……」
マルガレーテさんの話題が出たところから、雲行きが怪しくなってしまった。
「は? なにそれ、どういうこと。ちゃんと説明して」
先ほどまでの甘い空気はどこへいってしまったのだろう。屋敷に着くまでの間、彼の長い尋問を受けることとなってしまったのだった。




