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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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守りたいもの-6



 少し焦った声と、反射的に腕で支えられる感触に、慌てて謝った。


「ご、ごめんね……!」


 顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。

 あまりの近さに慌てて身体を離そうとした、その瞬間──何故か、さらに強く抱き寄せられてしまう。


(どうして、抱きしめるの?!)


「大丈夫?」


 訳もわからず狼狽えるわたしをよそに、レインはなんてことない様子で、そう尋ねてくる。


 だけど、今のわたしは、色んな意味で大丈夫じゃなかった。


(近い近い近い──!! しかも、何かすっごくいい匂いがするんだけど?!)


 俯いて、なんとか必死に耐える。

 とりあえず、一旦冷静にならなくては。このままだと、変なことを口走ってしまいそうだ。


「アナスタシア? どっか怪我でもした?」

「だ、大丈夫! だから離して!」

「それは無理」

「なんでっ?!」


 馬車の揺れはもうおさまっている。支えてもらう必要なんてないはずなのに、どれだけ彼の胸を押しても、離してくれる気配はまったくなかった。


 それでも必死になって抵抗を続けていると、わたしの背中に回る手に力が入るのが分かった。


「ねえ、アナスタシア」


 ふいに名前を呼ばれて、ぴたりと抵抗を止める。先ほどまでの茶化すような雰囲気とは違う、真剣な様子に、思わず緊張で身体が強張った。


「好きだよ」


 けれど、わたしの耳に届いたのは、とても甘くて優しい声だった。


「従者だからでも、家族としてでもない。一人の女性として、君のことが特別で、大切なんだ」


 その言葉に顔を上げると、彼と目が合った。真っ赤な瞳が、まっすぐと、わたしだけを見つめている。


「だから、嫌われるかもしれないなんて、不安に思わなくていい。何があっても、俺が君のことを嫌いになることなんて、絶対にない」


 はっきりとそう断言されて、思わず泣きそうになる。不安も悩みも、全てが彼の言葉で少しずつ溶かされていった。


「アナスタシアが家族として、従者として、俺のことを大切に思ってくれてるのは知ってる。だから、気持ちに応えて欲しいとは思わない」


 わずかに身体を離したレインが、わたしの頬にそっと手を寄せた。


「だから、このままそばにいさせて。それ以上は望まないからさ」


 そう言って、レインは笑った。でもその笑みには、どこか諦めにも似た色があった。

 自分が選ばれるはずがない、と心のどこかで思っているのだろう。


(いつもそう、自分のことを「強欲だ」なんて言うくせに、こういう時はすぐ諦めるんだから……)


 そのまま離れようとするレインを引き留めるように、わたしはその手を、ぎゅっと掴んだ。


「……やだ」


 その言葉に、レインが息を呑むのが分かった。

 わずかに見開かれた瞳には、はっきりとした動揺が浮かんでいる。


「わたしは、このままなんて嫌。……だって、わたしも一人の男の人として、レインのことが好きだから」


 家族として、従者として大切なんだと、ずっと誤魔化してきた。ラスボス悪女のわたしより、ヒロインと幸せになってほしいと、自分に言い聞かせて逃げてきた。


 だけど、本当はずっと前から、彼のことが好きだった。その気持ちに、もう嘘はつきたくない。


「わたしより、相応しい相手がいるのも知っている。でも、わたしはあなたを幸せにしたいし、あなたと幸せになりたい」


 レインが伝えてくれた気持ちや言葉を、わたしも同じように彼に返したい。


「大好きだよ、レイン。世界で一番、あなたが好き」


 レインみたいに上手くは言えなかったけど、繰り返し何度もそう伝えた。少しでも、彼の不安を取り除きたい、その一心で。


「猫被ってにこにこ笑ってる時も好きだけど、わたしの前でだけ愛想悪くなるところも好き。なのに、わたしに触れる手が優しいところとか、あと──」

「わかった、わかったから……ちょっと待って……」


 そう言って、レインは自分の手で顔を覆うと、そのまま黙ってしまった。


(どうしよう、さすがにうざかったかな)


 そう不安になっていたら、髪の毛の間からのぞく彼の耳が、ほんのり赤くなっているのを見て、わたしは思わず目を丸くした。


「レインが……照れてる……?!」

「いや、そりゃ照れるでしょ。好きな子にあんな熱烈な告白されたら」

「す、好きな……子……」


 その言葉に、今度はわたしの顔が赤くなる番だ。


「もう一回、抱きしめてもいい?」


 レインが小声でそう尋ねてきた。その言葉に、わたしの心臓が跳ねる。さっきまでは遠慮なく抱きしめてきたのに、そんなのずるい。


「……う、うん」


 そっと抱き寄せられて、わたしもゆっくりと彼の背中に手を回した。暖かな体温と彼の匂いに包み込まれて、思わず笑みが溢れる。


「俺、ちゃんと頑張るから」

「頑張る?」

「堂々と君の隣にいられるように。ちゃんと周りに認めてもらえるよう、努力する」


 今のわたしたちでは、周りに恋人同士だと言えない。だけどこうして、レインがわたしとの将来のことを、ちゃんと考えてくれているのだと分かって、嬉しかった。


「……ありがとう、わたしも頑張るね。ずっとレインの隣にいたいから」


 それからしばらくの間、わたしたちはお互いの気持ちをたくさん伝え合い、いろんな話をした。胸がいっぱいになるくらい幸せな時間だったのだが……


「そういえば、魔術師の女が言ってたけど、危険なことに首を突っ込んでるって本当?」

「え、えーっと……それは、その、危険なことというか……ただちょっと失敗すると、死ぬかもしれないってだけで……」


 マルガレーテさんの話題が出たところから、雲行きが怪しくなってしまった。


「は? なにそれ、どういうこと。ちゃんと説明して」


 先ほどまでの甘い空気はどこへいってしまったのだろう。屋敷に着くまでの間、彼の長い尋問を受けることとなってしまったのだった。



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