守りたいもの-3
「………え?」
マルガレーテさんの言葉がうまく理解できなくて、間抜けな声が口から漏れた。
「尋問の途中で、自ら命を絶った。……失敗した時点で終わりだと、分かってたんだろう」
淡々と告げられた言葉に、わたしは何も言えなかった。自分を殺そうとした相手だとはいえ、人が死んだと聞いたら、動揺しないほうが無理だ。
気づけば、膝の上でスカートを強く握りしめていた。
「だから、君を殺すようあの男に依頼した人物については、残念ながら分からない。……私に任せてと言ったのに、本当に申し訳ない」
「そんな……! マルガレーテさんが謝ることじゃないですよ!」
頭を下げる彼女に、慌てて口を開く。
「わたしは大丈夫ですから……」
そう言いながらも、心の奥では焦りが拡がっていた。犯人がわからない──その事実が、じわじわと不安を押し寄せてくる。
(今のわたしは、誰かから恨みを買うようなことはしていないはず。それなのにわたしを殺害するように依頼した人物がいるということは、もしかして、わたしではなく、リヴィエール家を狙ったもの……?)
最悪の可能性を考えてしまい、背中に嫌な汗が伝う。しかし、リヴィエール家に恨みを持つ人物なら、養子であるわたしを狙わない。おそらく、狙われるのはテオドールの方だ。
……だとすれば、やっぱり、わたしに、アナスタシアに恨みを持つ人物がいるということ。そこで、わたしの脳裏には、ある人物の顔が思い浮かんだ。
そんなことは考えたくなかった。だけど、今までの出来事を思い返してみると、可能性は充分にある。
(そうだ……だって、あの人の願いは──)
「アナスタシアちゃん」
その呼び声に、わたしはハッと顔を上げる。心配そうにこちらを見つめるマルガレーテさんと目が合った。
「王城の庭園には、とても珍しい花が咲くんだ。せっかく来たのだから、見に行かないか?」
正直に言うと、今は花を見る余裕などなかった。だけど、少しでもわたしの気分を紛らわせるために、提案してくれたのだと分かるから。
その優しさに、わたしはこくりと頷いた。
「じゃあ、殿下。私たちは庭園へ行くから、後はよろしく頼むよ」
「えっ」
てっきりみんなで行くのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。マルガレーテさんは、二人に向かってひらひらと手を振る。
「従者くん、殿下と仲良くやるんだよ」
そう言うと、マルガレーテさんはわたしの手を引いて歩き出した。
この場にレインとユリウスを残して、大丈夫だろうか。少しだけ不安になって、レインの方を振り返ると、彼も何かを訴えるようにこちらを見つめていた。
(あれは……きっと「ここは上手くやるから、俺に構わず行け」という合図ね!)
なんて、自分に都合のいい解釈をしながら、わたしはマルガレーテさんに連れられて、その場を後にした。
「わぁっ……すごい!」
案内された庭園の中、わたしは歓喜の声を漏らした。見たこともない品種や、今の季節では咲くことのない花まで咲いている。
……さすがは王城の庭園。
思わず食い入るように見つめていれば、マルガレーテさんが奥にある花壇を指差した。
「実は、あそこに咲いている花は殿下が育てているんだ」
「えっ?!」
ユリウスが花を育てる……?
意外すぎる事実に目を丸くする。すると、見透かしたようにマルガレーテさんが、くすりと笑った。
「似合わないよね」
花壇に近づいた彼女は、そっと花に触れる。そして、懐かしむかのように花弁を優しく撫でた。
「この花は、私の故郷に咲く花でね。一番好きな花なんだ」
薔薇に似ているが、棘はない。初めて目にする花なのに、何度も嗅いだことのある懐かしい匂いがした。
(この香り……いつもマルガレーテさんからする匂いと同じだ。なるほど……一番好きな花だから、その香りをまとっていたのか)
「私の故郷は、王都から離れた場所にある小さな街だ。家は貧しく、王太子付きの宮廷魔術師になった時は、平民のくせになどと文句を言われることも多かったよ」
「そうだったんですね……」
「まあ。全員、実力で黙らせてきたから、今ではそんなことをいう奴は一人もいないが」
ははは、なんて笑うマルガレーテさんだったが、その笑顔の裏には、きっと私には想像もできないほどの努力があったのだろう。
「この花は、そんな私へのご褒美らしい。だから、本来ではこの国では栽培が難しいのだが……殿下が無理を言って育てているのさ」
「ふふっ、優しいですね」
「いや、ただ私の機嫌を取ってこき使いたいだけだろう」
そう言いながらも、彼女は柔らかな表情で花を見つめている。きっと、二人の間には、お互いを支え合う絆があるのだろう。
そのことに胸が温かくなるのを感じていれば、マルガレーテさんが、花弁に触れる手をそっと引きながら口を開いた。
「実はね。花を見せたかったのもあるが、君に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
わたしの問いに、マルガレーテさんは微笑みを浮かべながらも、わずかに視線を逸らした。
「君を襲った男が、死ぬ前に言っていたことがある。私はそれを確かめたくて、君をここへ連れ出したのさ」
何だろうと、マルガレーテさんをじっと見つめる。すると、彼女は眉をわずかに顰めて、口元をかすかに震わせた。いつも堂々としているマルガレーテさんらしくない、何かを躊躇っている様子だった。
「マルガレーテさん……?」
不思議に思いながら彼女の名前を呼ぶと、やがて意を決したかのように、ゆっくりと口を開いた。
「アナスタシアちゃん。……君の影にいるソレは──悪魔なんだね」
その言葉に、ドクンと心臓が嫌な音を立てる。




