守りたいもの-1
星夜祭から数週間が経ったある日。
馬車に揺られながらわたしは、ガチガチに緊張をしていた。
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……ありがとう」
そんなわたしに前に座るレインが心配そうに声をかけてくれる。
──今日、わたしはマルガレーテさんに星夜祭のことで呼び出されている。
あの日、わたしを襲った男はマルガレーテさんが拘束した。そして、また何か分かれば連絡すると言われていたのだ。
……けれど、色々あって(主にお母様のせいで)すっかり忘れていた。そんな中、先日ようやく届いたのがマルガレーテさんからの手紙だった。
内容は、犯人について情報があるから話したいというもの。そして──レインも連れてくるように、と。
なので、言われた通りに、こうして一緒にマルガレーテさんが待つ場所へと向かっているのだが……。
「ねえ、本当に大丈夫? ドブみたいな顔色だけど」
「ドッ……大丈夫よ」
レインの失礼な言葉を無視をして、窓からの景色をぼんやりと眺める。段々と近づいてくる王城に、わたしの気分は沈んでいく一方だ。
(犯人ついての情報が知れるのは嬉しい。でも、だからって……何も王城に呼び出さなくてもいいじゃないか!)
もう少し、他に場所はなかったのだろうか。前にユリウスから呼び出された時も思ったが、王城はどこか威圧感があり居心地が悪い。
なので、できればあまり来たくはなかったのだが、マルガレーテさんの誘いを断れるわけがない。しかもユリウスにまで「絶対にこいよ」と念押しされた。
(ユリウスが今日のことを知ってるってことは、マルガレーテさんは、彼にも話したのね。……ってことは、今日、ユリウスもいるってこと?)
ちらりと、目の前に座るレインを見る。もし今日の場にユリウスも同席するのであれば、ひとつだけ、彼に言っておかなきゃいけないことがある。
「ねえ、レイン。今日、もしユリウスと会っても失礼な態度を取ったりしちゃダメよ。相手は一応王太子なんだから」
以前から、レインはユリウスのことになると、機嫌が悪くなる。なので、念のためにそう伝えれば、レインはため息をついた。
「はいはい、分かってるよ」
「……本当に? 睨んだりもしちゃダメだからね」
「しないってば」
外面のいい彼のことだ。流石に公の場では変なことはせずに、上手くやるとは思う。……だけど、何か不安なんだよなあ。
そんなわたしの心情を察したのか、レインが分かりやすく顔を顰める。
「そんなに信用ないわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
「何を言われても何をされても、大丈夫だって。眉ひとつ動かずに耐えてみせるよ」
自信満々にそう言い切るレイン。
「じゃあ、もし……ユリウスがわたしに変なことしたら?」
「ぶっ殺す」
……ほら、やっぱりダメじゃないか。
たしかに彼は何を言われようと何をされようと、耐えられる。だけど、それは自分のことに限ってだ。
(前から過保護だとは思っていたけど、星夜祭以来、さらに増した気がする……わたしのことになると、途端に冷静さが吹き飛ぶんだから)
困ったものだ。自分のことはどうでもいいと雑に扱うくせに。わたしのことを大切に扱ってくれるのと同じぐらい、自分のことも大切にしてほしい。
「ぜっったいにダメだからね! わたしが何を言われてても、何をされてても、絶対に耐えて!」
「努力はするよ」
「努力じゃなくて、絶対! 分かった?!」
必死になってそう言うと、レインは肩をすくめて「はいはい」と頷いた。……本当に大丈夫だろうか。
「本当に分かった?」
「分かったってば。……というか、そんなに念を押すってことは、変なことされる予定でもあるわけ?」
まずい、矛先がこちらに向いてしまった。
「あ、あるわけないでしょ! ただ、その……万が一の話!」
「……ふぅん」
レインがじとっとした視線をこちらに向けてくる。赤い瞳に見られて、何も後ろめたいことなんてないはずなのに、妙に落ち着かない。
「本当に何もないから!」
「へぇ? 本当に? アナスタシアは、すぐ俺に隠しごとするから信用できないんだけど」
身を乗り出したレイン。一気に近くなった距離に鼓動が速くなって、思わず視線を逸らしてしまう。
「なっ……何もないってば……!」
そして、彼の手がゆっくりとこちらに伸びてきた瞬間、馬車がぴたりと止まった。
どうやら、城の前に着いたようだ。そのことにほっと胸を撫で下ろす。
「……ほ、ほら、行きましょう! マルガレーテさんが待ってる」
「はいはい」
まだ騒がしい心臓を押さえながら、わたしはゆっくりと馬車を降りた。




