悪女の目覚めと出会い-4
薄暗くて埃っぽい部屋の中央、魔法陣が描かれた檻の中、少年は鎖で繋がれていた。
彼の助けに応じて中へと入ったはいいものの、この状況に思わず頭を抱える。
(最悪だ……)
もう一度、確かめるように目の前の少年をまじまじと見つめる。黒い髪、赤い瞳、そしてこの整った容姿……ゲームよりは幼いが、やはりこの少年はレインで間違いない。
(まさかここでレインと出会うとは……)
レインとは「オトイノ」に登場するキャラクターの一人で、幼い頃にアナスタシアに命を救われてから、アナスタシアの従者となる男だ。
また、攻略対象者の中で唯一、アナスタシアの裏の顔を知る存在であり、アナスタシアもレインに心を許していた。
しかし、ヒロインであるエミリアと出会うと、レインはアナスタシアに嫌気が差し、最終的にはアナスタシアを裏切る。
その結果、アナスタシアは両親のこともあり、エミリアをより一層憎むこととなり、破滅への道を進んでしまうのだ。
(「オトイノ」はヒロインであるエミリアの扱いは丁重なのだけど、ラスボスであるアナスタシアについては、雑な扱いですぐ可哀想な目に合わせようとしたがるというか…)
プレイしてた頃はラスボスだから仕方ないか! と思っていたが、自分がその立場になっている今の状況では全く笑えない。
「ねえ」
ぐるぐるとそんなことを考えていれば、レインが声をかけてくる。部屋に入ってきたまま、何もせずに立ち尽くしていたわたしに痺れを切らしたようだ。
「君は俺を助けてくれるの?」
その言葉にすぐには頷けなかった。
ここでレインを助けなければ、いつ裏切られるのかと彼の存在に怯えなくてもいいし、わたしの生存率は上がるだろう。
「わたしは君を……」
しかし、助けなければレインが酷い目に遭うと分かっていて、このまま黙って見過ごすなんてできるわけがない。
「助けるよ、絶対に」
レインの目を見つめて、伝えた。たとえ、いつか裏切られる日が来たとしても、この時の選択をきっと後悔はしない。
わたしの言葉に、レインが少しだけ微笑んだ気がした。
と、格好つけて言ったはいいものの、わたしはレインを檻から出す方法が分からずにいた。
辺りを見渡すが、もちろん鍵などはない。あるのはナイフなどの物騒なものだけ。
「ねえ、この魔法陣ってなに? どうしたらこの檻から出れるようになるの?」
わたしの質問にレインは少しだけ目を丸くしたあと、近くに落ちていたナイフを指差した。
「君の血をたらして」
「血?!」
恐ろしい発言に思わず後ずさる。そんなわたしをレインが「早くしろ」と言わんばかりの目で見てくる。
「はやくしないと、見張りが戻ってくる。嫌なら君だけ逃げればいい」
「そんなの……」
ここまできて置いていけるわけないじゃないか。
わたしは意を決して、自身の指先にナイフを当てる。すると、チクリとした痛みと共に血が伝って、魔法陣を汚した。
そして次の瞬間、眩しいぐらいの光に包まれたかと思えば、レインを閉じ込めていた檻と彼を繋いでいた鎖が消えていた。
「……え? どういうこと?」
突然の現象に理解が追いつかない。しかし、そんなわたしをよそにレインは冷静に立ち上がる。そして、そのままわたしの手を握った。
「逃げるよ、ご主人様」
「ご主人様? え、ちょっと…待って!」
手を繋いだまま歩き出したレインの後をついていけば、後ろから足音と怒鳴るような声が聞こえてきた。
「おい!お前ら、何してる!」
──まずい。見張りが戻ってきた。わたしが繋いでいた手にギュッと力を入れれば、レインが叫んだ。
「走って!」
その声にわたしは無我夢中で走った。