星夜祭-6
足は自然と速まり、来た道を必死に戻る。
気づけば、わたしは人気のない路地を歩いていた。
「……はぁ、どうしよう……」
先ほどの光景が、頭から離れない。
賑わう街の中、微笑み合う二人。
そして、エミリアからの特別なお守りを受け取るレインの姿。
(……レインも、エミリアのことが好きだったんだ)
その可能性を考えなかったわけではないし、そもそもレインは攻略対象者だ。だから、ヒロインであるエミリアに惹かれるのも、彼女と結ばれるのも、当然のことで。
このまま、くよくよしていても仕方ない。そもそも、自分の気持ちをちゃんと話さなかったのは、他でもないわたし自身だ。
そう頭ではわかっているのに、心が追いつかない。
俯きながら、ふらふらとした足取りで歩いていると、肩に衝撃が走った。顔を上げると、青年と目が合う。
「あっ、ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
愛想のいい笑みを浮かべる青年に会釈して、そのまま歩き出す。でも、足は自然に止まり、体は思うように前に進まなかった。
その場で立ち尽くしていると、花火が終わる音が聞こえた。そろそろ、フィナーレということだろう。
「……戻らなきゃ」
星夜祭のフィナーレ、光籠を空へと飛ばす瞬間を一緒にみようと、エミリアと約束した。楽しそうに話していた彼女の顔を思い出す。
「……よし」
気持ちを切り替えるように、軽く頬を叩いて、わたしは顔を上げた。
……大丈夫、二人のことを笑って祝福できる。
そう自分に言い聞かせながら、二人の元へ戻ろうと歩いていれば、ふと、左耳に違和感を覚えた。
「………うそ、」
耳飾りが、なくなっている。もしかして、さっきので……?
先ほど青年とぶつかった場所までは、少し距離がある。このまま戻ると、フィナーレに間に合わないかもしれない。
……でも、あれはレインがくれた大切なもの。
迷っている時間が、もったいない。
わたしは急いで、今きた道を引き返したのだった。
「……どうしよう、ない」
先ほど青年とぶつかった場所まで戻ってきたものの、耳飾りは見つからなかった。
「誰か持って行っちゃったのかな……」
薄暗い路地を何度も確認する。しかし、どこにも耳飾りはなかった。耳飾りがないという事実に、思わず胸が締め付けられる。
そのとき、後ろから声が聞こえた。
「あの、すみません」
振り返ると、そこには先ほどの青年が立っていた。
「貴女が探している耳飾りって、これじゃないですか?」
そう言って彼が差し出したのは、まさにわたしが探していた耳飾りだった。
「そう、そうです! よかったぁ……もう見つからないかと思ってて!」
彼から耳飾りを受け取ろうと、一歩踏み出したその瞬間、あることが気になった。
……どうしてわたしが探しているのが耳飾りって知っていたのだろう。もし、さっきぶつかった時に、落としたのを見ていたら、その場で声をかけてくるはずだ。
それに、この人……足音がしなかった。
目の前にいる男は、普通の青年に見える。だけど、だからこそ不気味だった。
そのわずかな違和感に、思わず足が止まる。
「……貴方、何者なの」
わたしの問いに、男がニヤリと不気味な笑みを浮かべた瞬間──ぐらりと、視界が歪む。
平衡感覚を失い、思わずその場に膝をついた。
「………な、に……?」
意識を手放しそうになるのを、歯を食いしばって必死に耐えていれば、目の前から「おお」と感心するような声が聞こえてきた。
「本来だったら意識を失ってもおかしくないのに……やっぱり、術が効きにくいのか?」
一歩、また一歩と、ゆっくりこちらに近づいてくる男。はやく逃げなきゃ、と頭では分かっていても、身体に力が入らない。
「僕が何者かって? 別に知らなくていいよ。名乗ったところで意味なんてないし」
男が目の前にしゃがみ込み、こちらに手を伸ばす。
「だって、君は今から死ぬのだから」
その言葉に、わたしは反射的に男の手を振り払った。
「……はは、驚いた。まだそんな余裕があるのか」
男の顔は笑っているように口角だけがわずかに吊り上がっていた。けれど、目には一片の笑みもない。
その不気味な表情に、ぞっとして息が止まりそうになる。
──次の瞬間、頬に激しい痛みが走った。
衝撃で、そのまま地面に倒れ込む。すると、馬乗りになった男が容赦なくわたしの頬を掴んだ。
「離して……っ!」
「女の子を殺すのは胸が痛むなあ。でも、これも仕事だから仕方ないか」
そう言うと、男が呪文を唱えはじめた。目の前に黒い光の魔法陣が浮かび上がる。その光景に、わたしは目を見開いた。
──まずい、これは禁術だ。
止めようと必死になって男の腕を掴むが、びくともしない。
「大丈夫、すぐに楽になれるさ」
その言葉と同時に、視界がぼやける。男の腕を掴んでいた手が、だらしなく地面に落ちた。
(このままじゃあ……)
ぼんやりとする頭の中で、誰かの囁く声がした。
──助かりたいのなら呼べばいい、アレの名を。
(……それは、ダメ。だって、アレは恐ろしくて、危険で……だから、他の方法で……)
──でも、彼は来ないわ。期待したって無駄よ。
(……そんなこと、わかってる。所詮、わたしはラスボス悪女だもの。ヒロインと結ばれたヒーローが、ラスボスを助けにくるわけない)
だから、いま、この場でわたしが助かる道はひとつ、あの恐ろしい悪魔の名前を呼ぶことだけ。
「……たす、けて……」
意識が薄れていく中で、わたしは無意識に名前を口にしていた。
「……レ、イン……」
掠れた声が零れた瞬間、わたしの上にいた男の身体が弾き飛ばされるように視界から消える。
同時に、わたしの名前を呼ぶ愛しい声が聞こえた。
「───アナスタシア!」




