星夜祭-5
「そっちが聞いてきたんだろ」
「それはそうですけど……今日の先輩、どうしちゃったんですか? いつもは悪口ばかりいってくるのに、さっきからやけに素直だし……」
照れるわたしを見て楽しんでいるのかとも考えたけど、今日のユリウスはそんな風には見えなかった。
「最後だからな」
「最後?」
「ああ。想いを伝えるのも、態度に出すのも全部……今日で最後だ」
その言葉に、わたしは何も言えなかった。
ユリウスはふっと微笑むと「いい思い出になったよ、ありがとう」と穏やかに告げた。
「……わたし、何もしてないですよ。今日だって、食べ歩きを教えたぐらいで……それに、」
気持ちにも応えられるわけでもない。お礼を言われる理由なんて、どこにもない。
だけど、ユリウスは静かに首を横に振った。
「王族に生まれた以上、恋愛ができるとは考えてなかった。そもそも、くだらねぇって思っていたしな。……でも、意外と楽しいものだと知ったよ」
以前、恋愛に関する本を読んでいたわたしに「くだらない」と言ったユリウスの言葉を覚えている。まさか、その彼がこんな風に言うなんて──。
「これからは、友人としてお前の力になりたい。困ったことがあれば言え」
「助けてくれるんですか?」
「ああ。お前は俺のソウル魔法を知っても、怖がらずいてくれる貴重な人間だからな」
そう言ったユリウスは、わたしを見ているようで、どこか遠くを見つめているようにも見えた。
……ユリウスのソウル魔法。
魂を武器として具現化するのではなく、彼の瞳に特性が宿る特殊なもの。
わたしが知っているのは、その特性が相手の身体の自由を奪うということだけだった。
「改めていうと、俺のソウル魔法の特性は洗脳だ。魔法をかけた相手を自由自在に操ることができる。特殊がゆえに、今でこそまだ扱えるようになったが……昔は誤って発動してしまうことも多くてな。……よく気味悪がられたものだ」
ユリウスが困ったように微笑む。その笑みが、どこか寂しそうに見えて、胸がぎゅっと締め付けられる。
わたしの表情に気がついたのか、彼は小さく息を吐いて言った。
「そんな顔するな、昔の話だ」
「……先輩は意地悪だけど、気味悪くなんかないですよ」
わたしの言葉に、ユリウスは一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐに「そうかよ」と小さく笑った。
「まあ、俺のことはもういいんだ。……それで? お前はどうなんだ」
「どう、とは?」
「好きな奴がいるのはいいが、婚約となれば家同士の問題もあるだろ? その辺りはちゃんと考えてるのか?」
「……そういうの、まったく考えたことなかったです」
「は?」
だって、アナスタシアは、どのルートでも死ぬラスボス悪女だから。
前世の記憶を取り戻してから、ラスボスにならないよう、必死に行動はしてきた。
けれど、その先──未来のことを想像するなんて、考えたことなかった。
黙り込んだわたしを見て、ユリウスはため息をついた。
「ちゃんと、考えろよ。お前も貴族の娘なんだから」
「そうですよね……」
貴族間の結婚なんて、政略結婚が当たり前。それは、わかっているけど……
「まあ、相手がどんなやつかは知らないが……お前が好きな奴と上手くいくことを願ってるよ」
そう言って、ユリウスはふわりと笑った。その表情はとても優しくて、あたたかな眼差しに思わず泣きそうになった。
………だめだ、泣くな。
わたしはスカートの裾を強く握りしめながら、何とか声を振り絞った。
「ありがとうございます、ユリウス殿下」
………わたしを好きになって。
そして、その想いを伝えてくれて。
「そろそろ、戻るか。さっきの場所まで送ろう」
「いや、大丈夫ですよ。……先輩は、早く公務に戻らないといけませんし」
「問題ない」
きっぱりとそう言い切ったユリウス。……いや、絶対に問題ある。
この頑固な男をどうしたものかと考えていれば、その場に、嗅ぎ慣れた花の香りがふわりと漂った
「問題大アリだけどね」
「マルガレーテさん?!」
いつもの如く、音もなく現れたマルガレーテさんに驚いていれば、ユリウスが「チッ」と軽く舌打ちをする。
「公務をほったらかして、どこで何をしてるかと思えば……まさか、アナスタシアちゃんと一緒だったとはねぇ」
そう言って、ニヤニヤと笑うマルガレーテさんに嫌な予感がした。慌てて「何もないですよ」と言うが、マルガレーテさんはまるで聞いちゃいない。
「やるねえ、殿下」と楽しそうだ。
……ああ、これ絶対に勘違いされてる。
こうなったら何を言っても無駄。諦めて、この場をやり過ごすしかない。
「それにしても、よくこの場所が分かりましたね」
こんな大通りから外れた人気のない路地裏なのに、どうやってわたしたちの姿を見つけたのだろう。
わたしの問いかけに「それはね」とマルガレーテさんが笑う。
「私のソウル魔法のおかげさ」
「マルガレーテさんのソウル魔法?」
「ああ。一度刻印を付与した対象の元には、自由に行くことができるんだ」
刻印を付与されるって、どういう状態なんだろう?
身体のどこかにマークでもあるのかな、と考えていると。
「ちなみに、アナスタシアちゃんにも刻印は付与済みだ」
どうやら、知らない間にわたしにも付与されていたらしい。……話を聞くかぎり害はなさそうだし、気にすることもないだろう。
「さあ。戻ろう、殿下。流石にこれ以上は私が怒られてしまう」
「分かった、分かった。けど、俺は自分で戻るから、コイツを送ってやってくれ」
「アナスタシアちゃんを?」
マルガレーテさんの視線がこちらに向けられて、慌てて首を横に振る。王太子を差し置いて自分を送らせるなんて……流石に無理だ。
「わたしのことはお気になさらず! 自分で帰れますので!」
必死の剣幕でそう伝えれば、ユリウスは渋々といった様子で納得してくれた。その様子に、ほっと胸を撫で下ろし、二人に手を振ってお別れした。
◇◇◇◇
わたしは賑わう街の中をトボトボと歩いていた。
あれから、どれくらいの時間が経ったのかは分からない。早く戻らなきゃ、と思うのに足取りは重い。
だって、絶対にレインに怒られるもの。
……ああ、考えただけで恐ろしい。
それでも、これ以上二人を待たせるのは申し訳ない。そう思って小走りになった瞬間、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。
あれは……レインだ。隣にはエミリアもいる。
二人は道の端で立ち止まり、何かを話しているようだった。
何だ、二人ともまだ戻ってなかったのか。──ちょうどよかった。そう思って声をかけようとした、その瞬間。
わたしの目に映ったのは、レインの手に重ねられたエミリアの手。そして、エミリアは顔を綻ばせながら、レインに話しかけていた。
レインの顔はこちらからは見えない。だけど、彼の手には、しっかりとあるものが握られていた。
……あれって、もしかして。
ちゃんと確認しなくても分かった。あれは、特別なお守りだ。そして、それをレインが受け取ったということは──。
(そっかぁ……やっぱり、そうだよね……)
胸の奥がズキリと痛んだ。
目の前の光景をこれ以上見ていたくなくて、わたしはそのまま逃げるように引き返した。




