星夜祭-4
どこへ行くのかと思えば、ユリウスは露店が並ぶ市場へと向かった。そして、しばらく歩いた後、彼がある露店を指差す。
「あれは何を売ってるんだ?」
……確か、あそこは串焼きが売っているところだ。
「串焼きですね」
「………串、焼き」
「結構、美味しいですよ」
たまにこっそりと屋敷を抜け出して、市場に遊びに行くことがある。その時に何度か食べたことあるが、なかなか美味しい。
なので、「香ばしくて、ジューシーだ」と味の感想を素直に伝えれば、ユリウスが屋台に並ぶ。そして、串焼きを二つ買うと、一つをわたしにくれた。
「ほら」
「あ、ありがとうございます……」
王太子にご馳走になるなんて恐れ多いが、ちょうど小腹が空いていたので、ありがたく受け取る。
……もしかして、強請ってるように思われちゃったかな。だとしたら申し訳ない、と思いながらもそのまま串焼きにかぶりついた。
「………先輩は食べないんですか?」
「このまま食べるのか? 座る場所とか……」
「串焼きの醍醐味は、歩きながら食べることですよ」
そう伝えると、ユリウスは戸惑いながらも串焼きを一口食べる。すると「……うまい」と感動したような声を漏らしたので、思わず笑ってしまった。
(王太子に食べ歩きを教えるなんて、怒られちゃうかな……)
しかし、心配をよそに当の本人はどこか楽しそうだ。深く被ったフードのせいではっきりとは分からないが、わずかに見えた口元は緩んでいる。
「……喉が渇いたな」
「あっちに美味しい果物のジュースが売ってますよ」
そう言って、わたしは果実水が売ってるお店を指差す。
「へぇ。……その隣の店は?」
「あそこは甘味が売ってるお店ですね。その隣は、また別の串焼きを売ってて……」
ひとつひとつ、露店の説明をするが、ユリウスは何も答えない。下から覗き込むように彼を見つめれば、フードに隠れたサングラス越しの金色の瞳と目が合う。
「えっ、と……?」
……もしかして、食い意地がはってるやつだと思われた? それとも、やっぱり令嬢が露店事情に詳しいのってまずいのか……?!
しかし、次の瞬間、ぐいっと手を引かれる。突然のことに目を丸くしていれば、ユリウスが口を開いた。
「よし、全部食べるぞ!」
その声は、まるで子供のように無邪気だった。わたしの手を引いて、どんどんと進んでいく。
転ばぬように必死に彼の後をついていきながらも、わたしは大きな声で叫んだ。
「流石に全部食べるのは無茶ですって〜〜〜!」
◇◇◇◇
人気のない路地裏。
フードを脱いだユリウスの隣で、わたしは死にそうになっていた。
「……さすがに、食べすぎたな」
「だから! 全部食べるのは無茶だって言ったじゃないですか!」
怒りを露わにしながらそう言えば、何がおかしいのか、ユリウスは楽しそうに笑う。……いやいや、笑い事じゃない。
「串焼きを五本も買った時は正気を疑いましたよ!」
「食べ比べるのも、醍醐味なんだろ?」
ニヤリと笑うユリウス。
あーあ……余計なこと言うんじゃなかった。数十分前の自分を恨みながらも、わたしは手に持っていた水を口に含んだ。
「というか、先輩。何でまた市場で食べ歩きを? 星夜祭に関係ないですよね」
「やったことなかったから、一度やってみたかったんだ」
「……だからって、あんなに買わなくてもいいと思いますけど」
「なかなかこんな機会はないからな、堪能しようと思って」
ユリウスの立場を考えれば、その気持ちもわかるが、わたしを巻き込むのはやめてほしい。
胃から込み上げてくる何かを必死に堪えていれば、ふと、横から視線を感じた。何かと思えば、ユリウスが黙ってこちらを見ている。
「………わたしの顔に何かついてますか?」
「いや、面白いなと思って」
「面白い?!」
人が必死になってるというのに、この男は。
じっと睨むようにユリウスの顔を見つめていれば、彼は「なんだよ、その顔は」と言って顔を顰めた。
「シュローダー先輩って……わたしのどこが好きなんですか?」
わたしの言葉に、ユリウスは目を丸くした。
人の顔は面白いと言うし、揶揄うようなことばかりしてくる。おもしれー女枠だと思うけど、それ以外でどこを好かれているのか全く分からない。
「どこが好きって、」
「やっぱり、面白いところですか?」
「それもあるが……」
やっぱり、あるんだ。
「実は、街で何度かお前の姿を見たことがあった」
「えっ」
「道で困っている商人を助けたり、街の子供たちと遊んだりしていただろ。……あと、豪快な食べ歩きも」
まさか、そんな姿を見られていたとは思わなかった。驚きと恥ずかしさから、思わず顔を隠してしまう。
「令嬢らしからぬ行動ばかりだったが、自由なお前の姿に目を奪われた。きっかけは、そんなものだ。あとは、そうだなぁ……ころころと表情が変わるところも見ていて飽きなくて、好きだ。あと、意外と勝気なところと……」
スラスラと出てくる言葉に、慌てて「もう、大丈夫ですから!」とストップをかける。自分から聞いておいてアレだけど、これ以上は流石に恥ずかしい。




