星夜祭-2
「……うゔっ、きもちわるい」
大通りから少し離れた場所にあるベンチに座って、わたしは項垂れていた。鏡を見なくてもわかる。今のわたしの顔は、ひどいものだ。
「アナスタシア様、大丈夫でしょうか?」
「……ありがとう、エミリア」
ハンカチで額の汗を拭ってくれるエミリアにお礼を言いながらも、わたしは情けない声で唸っていた。
まさかここまで人が多いと思わなかった。
どこにいっても人、人、人──足を踏まれ、身体を押され、もうめちゃくちゃだった。
しかし、せっかくのお祭りなのだ。いつまでもこうして介抱してもらっていては、二人に申し訳ない。
そう思って、「もう大丈夫」と立ちあがろうとした瞬間──遠くの方にテオドールの姿を見つけた。
そして、その傍には見知らぬ綺麗な女性の姿が。明らかに近い距離と、照れたようにそれでいてどこか幸せそうに笑いながら話している。
仲睦まじい二人の様子に、一気に血の気が引いていくのがわかった。
「アナスタシア様っ?!」
そのままふらふらとベンチに倒れ込んだわたしをみて、二人が焦ったように声を上げた。心の底から心配してくれる二人の様子に胸が痛む。
だけど、無理だった。あの光景は耐えられない。推しの熱愛現場なんて、心身にくるものがある。
──まさか、あんなにラブラブだとは。
エミリアがテオドールのルートに入っていないことも、好意を寄せていないことも分かっていた。だから油断していたのだ。
ヒロインと結ばれないなら、暫くは誰のものにもならないだろうと。……そんなわけないのにね。
(………悲しいけど、本当に悲しくて辛いけど、推しの幸せは祝福しなくちゃ……)
幸せになってね、テオドール・リヴィエール。
優しくて、かっこよくて、大好きなわたしの義兄であり推し。
人気投票で君が上位になれるよう投票券付きのシュチュエーションボイスCDを大量に買ったのは、いい思い出だよ。
なんて、感傷にふけっていれば、そんなわたしを現実へと戻すかのように軽く肩を叩かれた。
「アナスタシア様。私、何か飲み物を買ってきますね」
「えっ、でも…この混雑の中、大変よ。わたしも一緒に……」
「大丈夫ですよ。アナスタシア様は、ここでゆっくり休んでいてください」
そういうと、エミリアは立ち上がる。
去り際、彼女はちらりとレインの方に視線を向けた。ほんの一瞬だったが、その様子にあることを察したわたしは、慌てて口を開く。
「……エミリアだけだと危ないから、レインもついていってあげて」
「いや。俺はアナスタシア様のそばにいないと」
「いいから。エミリアがこの人混みで迷子になったら大変でしょ? わたしはここで待ってるから!」
ここなら人も少ないし、見晴らしもいい。だから迷子になる心配もないから大丈夫だと、安心させるかのように笑う。
しかし、それでもレインはなかなか首を縦に振らない。
「ねえ、レイン。お願いだから」
そう言えば、渋々といった様子で彼はエミリアの後をついて行った。小さくなっていく二人の背中を見つめながら、わたしはぽつりと呟く。
「これで、エミリアがレインにお守りを渡すタイミングを作れたかな……」
きっと、さっきのあの視線の意味はそういうことだろう。ただ、きっかけを作ったところで、レインが受け取るかは分からない。基本的に他人に興味のない彼のことだ、断る気がする。
なんて、自分に都合のいい答えを望んでるだけなんじゃないか──そんな気がして、嫌になる。
深いため息をつきながら、二人の帰りを待っていれば、その場に誰かの足音が響いた。もう帰ってきたのか?と不思議に思っていれば。
「来ていたのか」
「シュローダー先輩!」
振り向いた先には、ユリウスが立っていた。しかも、その姿はいつもの学園で見る「ユーリ・シュローダー」としての姿ではなく、王太子としての格好だ。
「テオドールと来てるのか?」
「……いえ、お兄様は知らない綺麗な女性と先約があったので」
隣に腰掛けてきたユリウスにぶっきらぼうに答えれば、彼は目を丸くした。
「綺麗な女性?」
「ええ。腰まである亜麻色の髪に、琥珀色の瞳を持つ女性でした」
「ああ、ソフィアのことか」
なるほど、先ほどの女性はソフィアというのか。覚えておこう。
「それで? 兄に振られたから、一人で不貞腐れていたのか?」
「不貞腐れてなんかいません! 今は居ないだけで、わたしの従者と……あと、エミリアと来ているんです」
エミリアの名前を口にすれば、ユリウスの顔が分かりやすく歪んだ。おそらく人の忠告も聞かないで……とか思っているのだろう。
でも、仕方ないじゃないか。あんな曖昧な忠告でどうやって気をつけろというのだ。
「……後で後悔しても知らないからな」
「怖いこと言わないでくださいよ。……それより、先輩はどうしてここに? その姿ってことは公務の最中ですよね?」
「ああ。だが、面倒になって途中で抜けてきた」
いいのか、それは。マルガレーテさんもこの間、仕事を抜け出していたし、この国のお偉いさん方は自由すぎやしないか。
「流石に頃合いを見て戻るけどな。……適当に暇でも潰すかと思っていれば、お前の姿が見えたからな」
「……なるほど?」
つまり、それってわたしに会いにきたってこと?
何食わぬ顔で話すユリウスをよそに、わたしの頭の中はある考えで埋め尽くされていた。
てっきりずっと「この俺に逆らうとはおもしれー女」扱いで、気に入られていると思っていた。
だけど、これは……もしかすると、もしかするのだろうか。
「あのー、前からちょっと思ってたんですが……」
「なんだ?」
「もしかして……シュローダー先輩って、わたしのこと好きなんですか?」
そう口にした瞬間、目の前のユリウスが低く「は?」と声を漏らした。更には、何言ってんだコイツ、と言わんばかりの表情まで向けられてしまう。
──どうやら、わたしは選択肢を間違えたらしい。




