悪女の目覚めと出会い-3
「………すごい人だわ」
あの後、メアリーから聞き出した情報を頼りに屋敷をこっそりと抜け出して、街へと出掛けていた。
(さすが剣と魔法の世界が舞台なだけあって、剣とか杖とか持ってる人が多いな…)
前世では見ることのなかった装備に、ついつい目を奪われながらも、何とかお目当ての店へと辿り着いた。
そして、食い入るようにショーケースを眺めていれば、店主がくすりと笑う。
「お嬢さん、サクルを見るのは初めてかい?」
その言葉にこくりと頷く。
サクルはこの世界で人気の洋菓子らしい。見た目はシュークリームに似ているが、上からカラフルなチョコレートでコーディングされており、形もどこかファンシーだ。
メアリーによれば、お母様はこのサクルが大好物らしい。しかし、なかなか食べる機会がないとのことなので、それをこっそりと買ってサプライズでプレゼントしようという作戦だ。
(お母様はどれが好きなのだろう…?やはり、定番のチョコレート味?それとも変わり種のチーズ味……?)
種類が多すぎてなかなか決められない。あれこれと悩んでいれば、どんどんと時間だけが過ぎていき、焦ってしまう。
ええい、こうなればもういっそ……! わたしは端から端を指差して言った。
「ぜーんぶ、ひとつずつください!」
◇◇◇
「流石に買い過ぎたかな…?」
手には袋いっぱいに詰められたサクル。何とかお金が足りてよかったが、あまりの量に思わず笑ってしまう。
「……まあ、少ないよりは多い方がいいか」
これだけあればきっと喜んでもらえる。そう思い、浮かれた足取りで店を後にした。
さて、お目当ての物も無事に買えたことだし、急いで屋敷に戻らなくては。一応、布団を丸めて身代わりにしてきたが、すぐにバレてしまうだろう。
駆け足で屋敷へと戻ろうとしていると、ふと路地裏から声が聞こえた気がした。しかし、薄暗い路地には、とても人が居るようには見えない。
(もしかして猫とか…?)
ゲームの中では動物らしきものは魔物の類しか出てこなかったけど、この世界にも猫は居るのだろうか?
それなら是非モフりたいところだ。
そう思い、声が聞こえた方へと向かう。狭くて暗い路地を歩いていれば、ジャラっと何かを引きずるような音が聞こえた。
(……いまの何の音?)
音がした方向を見れば、建物の中から光が漏れている場所があった。恐る恐るその建物の前まで近寄る。どうやら人が住んでいるわけではなさそうだ。
窓からこっそりと中を覗けば、少年が鎖に繋がれていた。
黒い髪、赤い瞳。少年の首と手には鎖が繋がれており、服から覗く肌は傷だらけで、とても痛々しい姿をしていた。
思わず目を背けたくなったが、少し人間離れしたその整った容姿に、目が離せない。初めて会うはずなのに、どこか見覚えのある顔だった。
あれはもしかして──。
「………レイン?」
わたしの言葉に少年がこちらを見る。目が合ったと思えば、真っ赤に燃える炎のように赤い瞳が少しだけ細められた。
そして「たすけて」と少年の唇が動いた瞬間、気づけばわたしは扉の方へと走り出していた。