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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第三章

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星降る夜に願いを-2

 


「えっ! あの女ってエミリアのことだったんですか?!」


 思ったよりも大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。そんなわたしの様子に、ユリウスの顔がどんどん険しくなっていくのがわかった。


「それ以外に誰がいるんだよ。あの日、あの女が俺を脅していたのを見てなかったのか?」


 ため息まじりにそう言われ、思わずムッとしてしまう。

 なによ、その態度。そもそもあの時は、ユリウスに自由を奪われてそれどころじゃなかったのに……!


「残念ながら、シュローダー先輩に脅された記憶しかないですね」

「……それは、」


 わたしの言葉にユリウスは気まずそうに視線を逸らした。そして、今にも消えそうな声で「悪かったよ」と呟いた。


 そんな彼の様子に思わず顔がにやけそうになる。ダメダメ、わたしの推しはテオドールなんだから!

 そう自分に言い聞かせて、慌てて表情を引き締める。


「ゔ、ゔんんっ……えっと、脅されたって、どういうことですか?」

「あの女……エミリア・セラフィーナは、俺の秘密を握ってて……」

「先輩の秘密?」


 それが何か気になって尋ねるが、ユリウスは何も答えない。どうやら、その秘密とやらをわたしに明かすつもりはないようだ。


 まあ、人間誰でも秘密の一つや二つや三つあるもんね。無理に聞くつもりはないので、わたしもそれ以上は触れなかった。


「よく分からないですけど、たまたま?とかなんじゃないですか?」

「あれは王族と一部の人間しか知り得ないことだ。偶然知るなんて、ない。それに、俺の正体にも気づいていたしな……」


 確かにエミリアはユリウスの正体を知っていた。本来であれば、ユリウスルートに入らないと知ることはできないはずなのに。


 わたしの知らない間に、ユリウスルートに入っているとか? いやでも、エミリアの様子を見るに、ユリウスに対する好感度はゼロに等しい気がする。


 それにエミリアはユリウスじゃなくて……レインのことが好きだから、あり得ない話だ。


 エミリアがいったいどこでユリウスの正体を知ったのか、頭を悩ませていれば、ユリウス「あっ」と声を漏らした。


「そういえば、お前も俺の正体を知っていたな。たしか、図書室で「嫌われ王子のくせに」って言ってたよな?」

「えっ」

「俺が王太子だということは、テオドールにも話してない。お前はいったいどこで気付いたんだ……?」


 まずい。まさかこちらに矛先が向くと思っていなかった。疑うような彼の視線に、思わず嫌な汗が伝う。


「それは、」

「それは?」

「せ……先輩の隠しきれない高貴なオーラに気づいて……」


 苦しい、苦しすぎる。だけど、これ以上は無理だ。「さすが王族ですよね」と苦笑いをしながら誤魔化せば、ユリウスの手がわたしの頭にそっと触れた。


 なにごと?と頭の中で疑問符を浮かべていれば、彼はふっと笑った。それはもう穏やかに。

 その表情に「イケた」と確信した瞬間、痛いぐらいに力を込められる。


「嘘をつくなら、もうちょっとまともな嘘をつくんだな」

「いたたたっ! 痛いです! 頭割れる!」

「言うつもりがないのはわかったし、無理には聞かないが……」

「じゃ、じゃあ……手を緩めてくださいよ!」

「断る」


 そう言いながら、どんどん力が込められる。

 レインといい、どうしてこの世界の男たちはすぐ暴力に走るのか。か弱い女の子に対して、ひどすぎやしないか?!


 とにかくこのままだと頭が割れてしまう。

 そう思い、必死になって無駄な抵抗をしていれば、遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。


「おっと、もう時間か。……とにかく、今度こそちゃんと言ったからな? 気をつけろよ」

「えぇ……気をつけろと言われましても……」


 学園内では常にエミリアと行動を共にしているので、無理がある。それに今の話では、どう気をつければいいのかも分からない。


 そう訴えかけるようにユリウスを見つめるが、彼は「じゃあな」と言って、スタスタと去っていってしまった。


 無駄に不安だけを煽っていくじゃねーか。やめてほしい。しかも、頭ボサボサにされたし。


 いまだに痛む頭を抑えながら、わたしも教室へと駆けて行った。




 ◇◇◇◇


「もしかして、何か悩み事であるのでしょうか?」

「えっ?!」


 突然の言葉に思わず声が裏返った。


「べ、別にそんなことはないけど……どうして?」

「さっきから商品を手に取っては戻す、また手にとっては戻す……を繰り返されているので」


 エミリアの言葉に、はっとする。


 二人で街へ出かけて、お守りに使う材料を選んでいたはずなのに、いつの間にか、わたしの手は同じ品を行ったり来たりしていた。


 思わず「あ」と声を漏らせば、エミリアが心配そうにこちらを見つめている。

 そんな様子に、わたしは笑って誤魔化した。


「本当に何でもないの。ただ、いっぱいあって悩んじゃって!」

「ならいいのですが……」

「ほらほら、時間がなくなっちゃうから、はやく買うものを決めましょ!」


 いまひとつ納得していない様子のエミリアに、申し訳なさを覚えながらも、わたしはそれ以上何も言わなかった。


 ……というか、言えるはずがない。エミリアを怪しんでいるだなんて。


 ユリウスの余計な忠告のせいで、わたしの頭の中はずっとモヤモヤしている。

 そもそも「気をつけろ」っていうだけで、具体的なことは何も教えてくれないのはどうなの?!


 苛立ちを隠せず、思わず品を握る手にぐっと力が入る。

 ……いやいや、物に当たるのはよくない。


 自分にそう言い聞かせながら、ふと隣に目をやると、エミリアは真剣な表情で品を選んでいた。


 何を選んでいるのか尋ねようと近寄ると、彼女の手に握られた桃色の糸が目に入る。


 彼女の瞳と同じ色──つまり、それは特別なお守りを作るということ。

 そのことに、胸の奥がひどくざわついた。


「アナスタシア様?」


 わたしに気づいたエミリアが首を傾げる。


「エミリアは……その、レ……前に言ってた好きな人に、特別なお守りを渡すの?」

「そうですねぇ。渡せたらいいなとは思ってはいますが、きっと受け取ってはもらえないでしょうね」


 エミリアはそう言って目を伏せた。


 受け取ってもらえない? 

 エミリアの言葉に疑問符を浮かべていれば、彼女はそっと顔を上げた。


「でも、アナスタシア様が協力してくだされば、もしかしたら……私の思いも届くかもしれませんね」


 そう言って、はにかむように笑うエミリア。

 その笑顔に胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


「………そう、ね……」


 自分でも声が震えてるのが分かった。エミリアに気づかれないよう、そっと手を握りしめる。


「エミリアのお守りが、ちゃんと受け取ってもらえるよう、わたしも頑張るわ……」


 そう言って笑ってみせたものの、自分でもその笑顔が引きつっているのがわかった。


 そんなわたしを、エミリアはじっと見つめる。

 そして、何かを察したように瞬きをしてから、そっと扉の方を指差した。


「……少し、外の空気でも吸いませんか?」



 少し陽が落ちた街を、わたしたちは並んで歩いていた。


「そういえば、この近くにサクルの美味しいお店があるんですって。確か、アナスタシア様はサクルがお好きでしたよね? 今度一緒に行きましょうね」


 そう言って、エミリアが笑う。


 きっと、エミリアはわたしの気持ちに気づいている。だけど、気づかないふりをして、こうしてわたしのことを気遣ってくれる。


 そんな彼女の優しさが苦しくて、わたしはただ「そうね」と相槌を打つことしかできなかった。


 ……二人のこと、応援するって言ったのに。

 なのに、自分もレインに惹かれているなんて、本当に最低だ。


 しかも、主人と従者という立場を利用して彼の近くにいる。


 でも、隠したままだともっと卑怯だ。だから、ちゃんと、素直に打ち明けなくちゃ……。


 わたしは足を止め、その場に立ち止まった。隣を歩いていたエミリアも、同じように立ち止まる。


「アナスタシア様?」


 エミリアがわずかに首を傾げて、こちらを見つめる。


「あのね、エミリア……実は、」


 言いかけたそのときだった。


「ア・ナ・ス・タ・シ・アちゃんっ!」


 どこからか名前を呼ぶ声がしたかと思えば、次の瞬間、わたしの身体はふわりと花の香りに包まれた。


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