星降る夜に願いを-2
「えっ! あの女ってエミリアのことだったんですか?!」
思ったよりも大きな声が出てしまい、慌てて口を押さえる。そんなわたしの様子に、ユリウスの顔がどんどん険しくなっていくのがわかった。
「それ以外に誰がいるんだよ。あの日、あの女が俺を脅していたのを見てなかったのか?」
ため息まじりにそう言われ、思わずムッとしてしまう。
なによ、その態度。そもそもあの時は、ユリウスに自由を奪われてそれどころじゃなかったのに……!
「残念ながら、シュローダー先輩に脅された記憶しかないですね」
「……それは、」
わたしの言葉にユリウスは気まずそうに視線を逸らした。そして、今にも消えそうな声で「悪かったよ」と呟いた。
そんな彼の様子に思わず顔がにやけそうになる。ダメダメ、わたしの推しはテオドールなんだから!
そう自分に言い聞かせて、慌てて表情を引き締める。
「ゔ、ゔんんっ……えっと、脅されたって、どういうことですか?」
「あの女……エミリア・セラフィーナは、俺の秘密を握ってて……」
「先輩の秘密?」
それが何か気になって尋ねるが、ユリウスは何も答えない。どうやら、その秘密とやらをわたしに明かすつもりはないようだ。
まあ、人間誰でも秘密の一つや二つや三つあるもんね。無理に聞くつもりはないので、わたしもそれ以上は触れなかった。
「よく分からないですけど、たまたま?とかなんじゃないですか?」
「あれは王族と一部の人間しか知り得ないことだ。偶然知るなんて、ない。それに、俺の正体にも気づいていたしな……」
確かにエミリアはユリウスの正体を知っていた。本来であれば、ユリウスルートに入らないと知ることはできないはずなのに。
わたしの知らない間に、ユリウスルートに入っているとか? いやでも、エミリアの様子を見るに、ユリウスに対する好感度はゼロに等しい気がする。
それにエミリアはユリウスじゃなくて……レインのことが好きだから、あり得ない話だ。
エミリアがいったいどこでユリウスの正体を知ったのか、頭を悩ませていれば、ユリウス「あっ」と声を漏らした。
「そういえば、お前も俺の正体を知っていたな。たしか、図書室で「嫌われ王子のくせに」って言ってたよな?」
「えっ」
「俺が王太子だということは、テオドールにも話してない。お前はいったいどこで気付いたんだ……?」
まずい。まさかこちらに矛先が向くと思っていなかった。疑うような彼の視線に、思わず嫌な汗が伝う。
「それは、」
「それは?」
「せ……先輩の隠しきれない高貴なオーラに気づいて……」
苦しい、苦しすぎる。だけど、これ以上は無理だ。「さすが王族ですよね」と苦笑いをしながら誤魔化せば、ユリウスの手がわたしの頭にそっと触れた。
なにごと?と頭の中で疑問符を浮かべていれば、彼はふっと笑った。それはもう穏やかに。
その表情に「イケた」と確信した瞬間、痛いぐらいに力を込められる。
「嘘をつくなら、もうちょっとまともな嘘をつくんだな」
「いたたたっ! 痛いです! 頭割れる!」
「言うつもりがないのはわかったし、無理には聞かないが……」
「じゃ、じゃあ……手を緩めてくださいよ!」
「断る」
そう言いながら、どんどん力が込められる。
レインといい、どうしてこの世界の男たちはすぐ暴力に走るのか。か弱い女の子に対して、ひどすぎやしないか?!
とにかくこのままだと頭が割れてしまう。
そう思い、必死になって無駄な抵抗をしていれば、遠くの方から鐘の音が聞こえてきた。
「おっと、もう時間か。……とにかく、今度こそちゃんと言ったからな? 気をつけろよ」
「えぇ……気をつけろと言われましても……」
学園内では常にエミリアと行動を共にしているので、無理がある。それに今の話では、どう気をつければいいのかも分からない。
そう訴えかけるようにユリウスを見つめるが、彼は「じゃあな」と言って、スタスタと去っていってしまった。
無駄に不安だけを煽っていくじゃねーか。やめてほしい。しかも、頭ボサボサにされたし。
いまだに痛む頭を抑えながら、わたしも教室へと駆けて行った。
◇◇◇◇
「もしかして、何か悩み事であるのでしょうか?」
「えっ?!」
突然の言葉に思わず声が裏返った。
「べ、別にそんなことはないけど……どうして?」
「さっきから商品を手に取っては戻す、また手にとっては戻す……を繰り返されているので」
エミリアの言葉に、はっとする。
二人で街へ出かけて、お守りに使う材料を選んでいたはずなのに、いつの間にか、わたしの手は同じ品を行ったり来たりしていた。
思わず「あ」と声を漏らせば、エミリアが心配そうにこちらを見つめている。
そんな様子に、わたしは笑って誤魔化した。
「本当に何でもないの。ただ、いっぱいあって悩んじゃって!」
「ならいいのですが……」
「ほらほら、時間がなくなっちゃうから、はやく買うものを決めましょ!」
いまひとつ納得していない様子のエミリアに、申し訳なさを覚えながらも、わたしはそれ以上何も言わなかった。
……というか、言えるはずがない。エミリアを怪しんでいるだなんて。
ユリウスの余計な忠告のせいで、わたしの頭の中はずっとモヤモヤしている。
そもそも「気をつけろ」っていうだけで、具体的なことは何も教えてくれないのはどうなの?!
苛立ちを隠せず、思わず品を握る手にぐっと力が入る。
……いやいや、物に当たるのはよくない。
自分にそう言い聞かせながら、ふと隣に目をやると、エミリアは真剣な表情で品を選んでいた。
何を選んでいるのか尋ねようと近寄ると、彼女の手に握られた桃色の糸が目に入る。
彼女の瞳と同じ色──つまり、それは特別なお守りを作るということ。
そのことに、胸の奥がひどくざわついた。
「アナスタシア様?」
わたしに気づいたエミリアが首を傾げる。
「エミリアは……その、レ……前に言ってた好きな人に、特別なお守りを渡すの?」
「そうですねぇ。渡せたらいいなとは思ってはいますが、きっと受け取ってはもらえないでしょうね」
エミリアはそう言って目を伏せた。
受け取ってもらえない?
エミリアの言葉に疑問符を浮かべていれば、彼女はそっと顔を上げた。
「でも、アナスタシア様が協力してくだされば、もしかしたら……私の思いも届くかもしれませんね」
そう言って、はにかむように笑うエミリア。
その笑顔に胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「………そう、ね……」
自分でも声が震えてるのが分かった。エミリアに気づかれないよう、そっと手を握りしめる。
「エミリアのお守りが、ちゃんと受け取ってもらえるよう、わたしも頑張るわ……」
そう言って笑ってみせたものの、自分でもその笑顔が引きつっているのがわかった。
そんなわたしを、エミリアはじっと見つめる。
そして、何かを察したように瞬きをしてから、そっと扉の方を指差した。
「……少し、外の空気でも吸いませんか?」
少し陽が落ちた街を、わたしたちは並んで歩いていた。
「そういえば、この近くにサクルの美味しいお店があるんですって。確か、アナスタシア様はサクルがお好きでしたよね? 今度一緒に行きましょうね」
そう言って、エミリアが笑う。
きっと、エミリアはわたしの気持ちに気づいている。だけど、気づかないふりをして、こうしてわたしのことを気遣ってくれる。
そんな彼女の優しさが苦しくて、わたしはただ「そうね」と相槌を打つことしかできなかった。
……二人のこと、応援するって言ったのに。
なのに、自分もレインに惹かれているなんて、本当に最低だ。
しかも、主人と従者という立場を利用して彼の近くにいる。
でも、隠したままだともっと卑怯だ。だから、ちゃんと、素直に打ち明けなくちゃ……。
わたしは足を止め、その場に立ち止まった。隣を歩いていたエミリアも、同じように立ち止まる。
「アナスタシア様?」
エミリアがわずかに首を傾げて、こちらを見つめる。
「あのね、エミリア……実は、」
言いかけたそのときだった。
「ア・ナ・ス・タ・シ・アちゃんっ!」
どこからか名前を呼ぶ声がしたかと思えば、次の瞬間、わたしの身体はふわりと花の香りに包まれた。




