秘密と嫉妬と-5
「あ、えっと、宮廷魔術師のマルガレーテさんって人なんだけど、」
「何があったら、宮廷魔術師とキスするような状況になるわけ……?」
「………わたしの魔力の性質を調べようとしてくれたみたいで?」
さすがに魂の話とかは言えないので、大分端折ったがそう伝えれば、目の前から盛大なため息が聞こえてきた。
「魔力の性質を調べるだけなら、キスする必要なんてない」
「えっ?!」
「揶揄われたんだよ、その女に」
「で、でも、マルガレーテさんは……!」
ただ単純に、魔力の性質を調べようとしてくれたわけじゃない。わたしの影の中にいる存在を調べようとしてくれていたから……そう言いかけて、はっとして言葉を飲み込んだ。
「なに、他に理由でもあるの?」
「う、ううん! 何でもないわ!」
慌てて首を振れば、空気がしんと静まり返った。
まずい、これでは逆にそうだと言っているようなものじゃないか。
気まずい沈黙だけが、間に流れていた。
やがて、その沈黙を破るように、わたしはゆっくりと口を開いたのだった。
「……ねえ。リボンにかけてくれた魔法って、結局どういう魔法だったの?」
「あれは……簡単に言うと、他者との触れ合いを拒む魔法だよ」
「触れ合いを拒む……?」
「といっても、あくまでここに触れようとする時だけ、だけど」
そう言って、レインは指先で自身の唇を、そっと指差した。
──なるほど。
だから、あの時。キスしようとした瞬間だけ、わたしたちの前に、透明なバリアが現れたのか。
「でも、どうしてそんな魔法を?」
わたしの問いにレインは何も答えない。まるで言いたくないと言わんばかりに、俯き視線を逸らした。
こうなった彼が素直に口を割らないのは、知っている。
だから、わたしはそのまま話し始めた。
「マルガレーテさんとキスするときね、本当はちょっと迷ってたの」
わたしの言葉に、レインが顔を上げる。
「だから、レインの魔法のお陰で助かっちゃった。ありがとう」
「……別にお礼を言われるようなことじゃない。あれは、ただの、俺のエゴで」
「それでも、わたし、今とっても嬉しいの」
わたしの言葉に、レインは驚いたように目を見開いて、こちらを見ていた。
「だって、レインがリヴィエール家のことを考えて、行動してくれたってことだもんね?!」
「は?」
キラキラと目を輝かせるわたしとは対照的に、何故かレインは冷めた表情を浮かべていた。
「貴族の娘であるわたしが、軽々しく誰かとキスなんてしたら、品位に関わるし、家の名誉にも傷がつく。だから……レインは、そうなる前にちゃんと予防策を取ってくれたのよね」
命を助けたお礼なのか、隷属の契約の縛りなのか。わたしのことを充分すぎるほど気にかけてくれているのは、ちゃんと伝わっていた。
それと同時に、成り行きでこの家にやってきた彼が、リヴィエール家に特別な想いがないのは、仕方のないことだとも思っていた。
だから今回のレインの行動を見て、彼が従者として、そして家族として、リヴィエール家に心を開いてくれているんだとわかって──本当に嬉しかった。
そう素直に伝えれば、レインは何も言わずにただ黙って、わたしの話を聞いていた。
「さっき怒ってたのも、婚約者でもない男の人と変なことしてないかってことよね……たしかに、最近のわたしは淑女としての意識が甘かったのかもしれない。これからは、魔法がなくても大丈夫なように、気を引き締めて行動する。
だから──はい、仲直りの握手!」
レインの前に右手差し出せば、彼もにっこりと笑って、わたしの手を握った。
「………やっぱり、」
「なあに?」
「アナスタシアって、馬鹿だよね」
その言葉と同時に、握る手に痛いぐらい力を込められる。
突然の痛みで顔を歪めるわたしを見て、レインはどこかすっきりとした表情を浮かべていた。
「いたい、いたい、いたい! ちょっと、離して!」
「無理」
「なんで?!」
どんどんと力を強めるレイン。わたしは訳も分からず、ただただ痛みに耐える。
「かわいい従者との──家族との戯れだよ、我慢しな」
そう言ったレインは、意地悪く笑いながらも、どこか少しだけ困ったような表情をしていた。
その顔を見た瞬間、わたしの胸の奥が、何故だかきゅっと締めつけられた。
「レイン、」
「なに?」
「………ううん、何でもない」
言いかけた言葉を飲み込んで、わたしは小さく首を振った。
本当は、レインが従者としてでも……家族としてでもなく、ひとりの人間として、わたしに心を向けてくれているのかも、なんて。
あまりにもそれは、わたしにとって都合がよすぎるか。




