秘密と嫉妬と-3
屋敷に戻ったわたしは、そのまま自室へと向かった。
重たい足取りのままソファに腰を下ろし、背もたれに身を預ける。深く沈み込むその感触に、思わず息を吐いた。
「つっかれたぁ〜〜!」
今日は、本当に色々あった。ありすぎた。
ユリウスに呼び出されたかと思えば、そのまま王城に連れて行かれてしまい……そこで、待っていたのは、サクル食べ放題という神展開と、マルガレーテさんとの出会い。
「そういえば、レインにリボンのことを聞かなくちゃ……」
ポケットにしまってあったリボンを取り出す。
もし、レインがくれたリボンを持って行っていなければ、あのままマルガレーテさんと口付けをしていただろう。
──実際、ほっとした。
マルガレーテさんのことが嫌いとかではない。同性とはいえ、やはり少しだけ、ファーストキスをあの場で済ませてしまうことに、抵抗があったのだ。
まあ、わたしの影の中に何がいるのか分からないのは、残念だったけど。
「影の中、ねぇ……」
何だかとても大事なことを忘れているような気がする。だけど、全く思い出せない。まるで記憶の中にモヤがかかってしまったみたいに。
何だっけ、あのとても恐ろしい存在は──。
「……まあ、いいか」
ぽつりとそう呟いた。きっと、いつかちゃんと思い出す時が来るだろう。
それよりも、今はメアリーを呼んでさっさと着替えなくては。いつまでもこの格好では、気が休まらない。
そう思い、立ちあがろうとした瞬間──突然、視界が暗くなった。
「……えっ?……な、なに?!」
「──今日は楽しかったですか、アナスタシア様」
慌てふためくわたしの耳元で、地を這うような低い声がした。
「……どう、して」
心臓がドクドクとうるさい。手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。
気配などこれっぽっちも感じなかったのに。
「どうして、だなんて。アナスタシア様が一番分かっているでしょう?」
「……れ、れ、レイン……話せば、わ、わかると思うの!」
目元を覆う彼の手にそっと触れる。引き剥がそうとしても、その腕は微動だにしなかった。
力が強い。逃げられない。
──まずい。これは確実にバレている。
頭の中で警報が鳴り響く。今すぐ逃げろ、と。しかし、この状況で逃げられるはずがない。
わたしは観念して、降参のポーズをとった。
「説明を……説明をさせてください!」
そう叫んだ瞬間、ようやく彼の手が離れる。
ゆっくりと振り向くと、レインはにっこりと笑っていた。
──ああ、その笑顔が何よりも恐ろしい。
◇◇◇◇
「アナスタシアって馬鹿だよね」
説明を聞いたレインは、盛大なため息をついてから、そう言った。
「……ねえ、レイン。あなた、最近、わたしのことを馬鹿って言いすぎじゃない? そろそろ怒るわよ」
「もう怒ってるじゃん」
隣から呆れたような視線が刺さって、思わず目を逸らす。まだ怒ってはいない……はず! ちょっと、ムッとはしたけど。
「そもそも、なんで隠すわけ?」
「だっ、だって……王族に呼び出されたなんて言ったら、心配かけると思って……」
「いや、事後報告されるほうが、よっぽど心配なんだけど」
──ごもっともだ。
反論すらできず、わたしはただ黙って俯いた。
「ごめんなさい、次から気をつける……だから、みんな……特にお兄様には内緒にしてほしいなー、なんて……」
「どうしようかな」
「これからは隠さないって誓う! レインの言うこともちゃんと聞く! だからおねがい〜〜!」
甘えるように距離を詰めれば、冷たい視線を向けられる。それでも、めげずにじっとレインの目を見つめていれば、彼はゆっくりと口を開いた。
「そんなに大好きなお兄様には知られたくない?」
その言葉にこくりと頷く。
だって、テオドールはまだユリウスの正体を知らない。いつかユリウスの口から、直接伝えるつもりだとしたら、今は内緒にしておいてあげたい。
「アナスタシアは本当に好きだね、お兄様のことが」
「レインのことも好きよ! 大好き!」
媚を売るとかではなく、素直な気持ちでそう言ったのだが、何故か盛大な舌打ちが聞こえてきた。




