悪女の目覚めと出会い-2
翌朝。侍女のメアリーに起こされ、朝食を取るために食堂へと向かう。
(まさかあの後本気で寝てしまうとは……今日はテオドールに色々と確認したいことがあるから、行動を共にできるといいのだけど)
食堂へ足を踏み入れると、わたし以外の全員はもうすでに揃っていた。リヴィエール夫妻にテオドール……何か全員が金髪だから眩しいな。
アナスタシアだけ銀髪なので何だか居心地が悪いが仕方ない。謎の金髪オーラに威圧されながらも、わたしは勧められた席へと腰掛けた。
「おはよう、アナスタシア。珍しく今日はお寝坊さんだな」
隣に座るテオドールがにこりと笑った。その素敵な微笑みに、一発でノックアウトされてしまう。
(心なしかテオドールの後ろに花まで見えてきた気がする……推しの力ってすごい)
目の保養とばかりに、テオドールをじっと見つめていれば、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「アナスタシア、早く食べなさい」
リヴィエール夫人──お母様のその言葉に、わたしは急いで食事を口へと運ぶ。前世の記憶を取り戻したことによって、不安だったマナーなどはこの身体に染み付いているようで安心した。
(確か、リヴィエール夫人は養子であるアナスタシアのことをあまりよく思っていないのよね…)
ちらりとお母様の様子を伺えば、目がばっちり合ってしまった。気まずさからにこりと微笑んでみたが、無視された。
この世界ではどうにか仲良くできたらと思うが、この態度を見る限りだと、なかなか難しそうだ。
食事を終えて部屋に戻る途中、テオドールにこの後の予定を聞いたが、どうやら忙しいようだ。
それなら仕方ないと諦めて、代わりにメアリーに話を聞くことにした。わたしがあまりにも今更な質問ばかりをするものだから、最初は困惑した様子だったが、ちゃんと答えてくれた。
まずこの世界のわたし、アナスタシアは十二歳。ゲームの世界では十五歳だったので、今は三年前ということになる。テオドールは確かひとつ歳上だったはずなので、彼はいま十三歳だ。
ということは、エミリアと出会うまでは、あと三年か…。
「お嬢様、急にどうされたのですか? やはり昨日のことがお身体に障って…」
「大丈夫よ、気にしないで」
ぶつぶつと独り言を言いながら現状を整理していれば、メアリーが心配そうに声をかけてきたが、構わずに問題ないと言わんばかりの態度で続ける。
(うーん、やっぱりエミリアと出会う前にリヴィエール夫人との仲は良好にしておきたいな……アナスタシアのラスボス悪女化の原因のひとつだと思うし)
そう考えるのには、きちんと理由がある。
それは、夫人からの嫌がらせが原因で、アナスタシアの性格はいつしか歪んでしまった……と、テオドールのルートでテオたんが言っていたからである。
真相は裏設定集を読んでいたら分かるのかもしれないが、読んでいないので、ここはテオたんの言葉を信じて進めていこうと思う。
(だけど実際、アナスタシアに禁術の存在を教えたのはリヴィエール夫人なのよね……まさかそれが世界を破滅へと導くことになるとは、彼女も思ってなかっただろうけど)
この世界で禁術と呼ばれる魔術は様々ある。なかには術をかけた相手だけでなく、術者の人格が崩壊するものや、寿命を奪ってしまうものも多く存在する。
おそらくリヴィエール夫人はアナスタシアに禁術を使わせ、破滅させようとしたのだろう。
しかし、アナスタシアに魔法の才があったため、結果、破滅するのはアナスタシアではなく世界の方だったという。
(いくら今のわたしが禁術に手を出す気は全くないといっても、アナスタシアの才能を利用され、無理やり使わされてしまえば意味がない……)
ということで、まずは夫人と仲良くなろう!
そう思い、わたしはメアリーに質問を投げかけた。
「奥様の好きなもの……ですか?」
「うん。メアリーは屋敷で働いて長いでしょ? だから教えて欲しいなって思って……わたし、お母様ともっと仲良くなりたいの!」
アナスタシアとリヴィエール夫人の関係の悪さは、屋敷で働いている使用人であれば、誰でも知っていることだ。
アナスタシアを庇うような声の方が多いが、なかにはリヴィエール夫人派もいる。夫人派の使用人からすれば、突然こんなことを言われたら、何かよからぬことを考えていないかと疑うだろう。
メアリーがどちら派なのかまでは分からないが、態度を見るに断られることはないと思う。なので、グイグイ押させてもらう。
「おねがい、メアリー。……だめ、かな?」
目をうるうると潤ませ、上目遣いでメアリーを見つめる。この愛らしい容姿をフル活用した、渾身のおねだり顔である。
(作中でアナスタシアがこうやってテオドールにおねだりするシーンがあったから、試しにとやってみたけど、どうかな……?)
こちらを見つめるメアリーの頬が少しだけ赤く染まったのを見て、わたしは勝利を確信した。