王子のお茶会-3
「は?」
自分でもびっくりするぐらいに間抜けな声が出た。いま、彼は何と言ったのだろうか。聞き間違いでなければ、確かに「婚約者になれ」と言った。
私がユリウスの婚約者? 冗談じゃない。
確かに彼の容姿は、推そうと思っていたぐらいには好みだ。しかし、中身が全く合わない。
それに、お互いさまとはいえ、図書室であんな事をしておいて、何故、婚約者の話を受け入れられると思うのだろうか。
(ユリウスが何を考えてるのか全くわからない……けど、相手は王族。下手に断ると後が怖いな。ここは穏便に済ませないと)
「何だ、その間抜けな顔は。俺の婚約者になれと言ったのが聞こえなかったのか? 頭だけじゃなく、耳も悪いのか?」
「絶対に嫌です!!!」
やばい。ユリウスの失礼な態度を見ていたら、心の声が盛大に出てしまった。
あれほど気をつけていたというのに……やはり、人間、無理は良くないみたいだ。
「……そんなに否定するとは、何が気に入らないんだ」
「何がって……」
そんなの全部に決まっている。あと、何が気に入らないとか、平気でそういうことを言えてしまうところも嫌だ。
しかし、それを口にするわけにはいかない。どう答えようかと悩んでいれば、目の前のユリウスが首を傾げる。
「どうせその性格では、まだ相手もいないだろう」
「さっきから色々と失礼なことを言っている自覚あります?」
「何だ、いるのか?」
「いないですけど!」
「じゃあ、好いている奴は?」
「そういった方も特には…」
そこまで言いかけて、なぜかレインの顔が浮かんだ。前にエミリアに同じように聞かれたときは、そんなことなかったのに。
(きっと、この間レインがあんなことをしたせいだ。あんな、あんな、今にもキスしちゃいそうなぐらいに近づいてくるなんて……)
思い出しただけで、顔が赤くなるのが分かった。そんなわたしの様子を見て、ユリウスが「へぇ、」と意地の悪い声で笑う。
「何だ、好きな奴がいたのか。それは悪かったな。そうかそうか、好きな奴な」
「だから居ませんってば!」
「テオドールは知っているのか? 今度会った時にでも聞いてみるか」
「お兄様に変なこと言わないで!」
テオドールを盾にするとは、本当にこの男は。必死になるわたしを見て、くつくつと楽しそうに笑っている。本当に性格が悪い。
「好きな人がいるとか関係なく、わたしはシュローダー先輩にはふさわしくないですよ」
「誤魔化すなよ」
「誤魔化してるわけじゃなくて……そもそも、何でわたしなのですか? 王太子妃候補であれば、もっと素敵なご令嬢の方々がいるでしょう。こんな野蛮で下品な女ではなく」
先ほど言われた言葉を強調すれば、ユリウスは気まずそうに目を逸らした。ふん、わたしは根に持つ女なのだ。
「あれは……」
「何です? シュローダー先輩にとって、わたしは野蛮で下品な女なのでしょう? 更には婚約者もできなさそうな性格の。そんな相手を婚約者に選ぶだなんて趣味悪いですね」
嫌味たらしくそう言えば、ついにユリウスは何も言えずに黙った。
そんな彼の様子に心の中で「勝った」と笑みを浮かべながら、紅茶を飲んでいれば、ユリウスがぽつりと呟いた。
「お前が、」
「ん?」
「お前が俺のソウル魔法を打ち破ったからだ」
「は……?」
全く見に覚えのない事を言われて、頭の中に疑問符が浮かぶ。わたしがいつユリウスのソウル魔法を打ち破ったのだろうか。
そもそも、彼のソウル魔法を見た記憶がない。ゲームの中でも明かされていなかったので、どんな特性があるのかさえ知らない。
(しかも、それをわたしが打ち破っただなんて……流石に心当たりがなさすぎる。誰かと勘違いでもしているのかな?)
訳もわからず首を傾げていれば、ユリウスは盛大なため息をついた。
「図書室でのこと、まさか覚えてないのか?」
「図書室……あ、あの時のって先輩のソウル魔法だったんですか?!」
叫ぶようにそう言えば、彼はこくりと頷いた。
「でも、ソウル魔法って、自分の魂を武器に実体化するのですよね……あの時、武器なんて出してましたっけ?」
あの場で、そのようなものを見た記憶はない。
ただただ、ユリウスの黄金の瞳が妖しく光ったかと思えば、気づいたときには体の自由が奪われていた。
(武器ではないけど、もしかして……)
普段も今日も、彼は目元を隠している。
サングラス越しの瞳をじっと見ていれば、私の意味深な視線に気づいた彼が「おお、思ったより察しがいな」と、小馬鹿にしたように笑った。
「一言、余計なんですけど!」
「はは、そう怒るな。……それで、お前の予想通り、俺のソウル魔法はコレだ」
そう言って、彼は自身の瞳を指差した。
「瞳が武器……?」
「俺のソウル魔法を特殊なんだ。武器の代わりに、自身の瞳に特性が宿る」
「ということは、先輩を目潰ししたら先輩の魂にも影響がでるってことですか……?!」
「ちょっと嬉しそうに言うな。ぶん殴るぞ」
「ふふふふ」
「気色悪い笑みを浮かべるな。……チッ、話したのは間違いだったか?」
ユリウスが呆れた様子でこちらを見つめるが、そんなことは構わない。
流石に、王族相手にそんな無謀な事をやろうとは思わないけど、いつか何かされた時に脅しとしては使わせてもらおうじゃないか。




