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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第二章

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王子のお茶会-2


(ここが王城……ゲームの中では見ていたけど、実際に入ると圧倒されるなあ…うわ、すご、高そうな絵が飾ってる)


 どこもかしこも煌びやかで、ついつい、きょろきょろと視線を動かしていれば、突如、案内してくれていた彼の姿が目の前から消えた。


(え、さっきまでそこにいたはずなのに…?)


 そこまで離れて歩いてはいなかったはずなのに、一体、どこで見失ってしまったのだろうか。辺りを見渡していれば、一人の女性に声を掛けられた。


「おや。君は、ユリウス殿下の友人かい?」

「友人?! い、いえ! ただの学園の後輩で……」


 真っ赤な髪の毛が特徴的なその人は、同性だというのに惚れ惚れするほどに美しかった。

 思わず見惚れていれば「ふふ、そんなに見られては穴があく」と笑われてしまった。


「ご、ごめんなさい…!」

「構わないよ。……それより、君の魂は面白いな」

「た、魂?」

「ああ。でも気をつけるといい、君の影に居るソレは君の手に負えるものではない」

「わたしの影……?」

「取り返しのつかないことになる前に、ね」


 意味深な言葉に続きを尋ねようとすれば、突然、視界が変わった。そして、目の前には現れたのは、案内役の男。


「アナスタシア様、こちらです」

「えっ?! あ、はい……」


 男は淡々とした様子で案内を続ける。

 まるで何事もなかったかのように、彼の対応は至って普通だ。どうやらわたしだけが、不思議な体験をしたらしい。


(あの女の人は一体誰だったんだろう……もしかして幽霊とか? って、そんなわけないか。)


 そっと後ろを振り返ってみたが、彼女の姿はどこにも見えなかった。



 とある部屋の扉の前までくると、案内してくれた男が立ち止まり、こちらを振り返る。


「ユリウス殿下は中でお待ちですので」

「ありがとう」


 男が去った後、ひとりその場で深呼吸を繰り返す。

 嫌われ者と悪態をついたことは謝罪した。あとは何だろうか。子供のように言い合いをしたこと? それとも、あの時どさくさに紛れて眼鏡に指紋をつけたこと?


 思い当たることが多すぎて見当もつかない。また靴を舐めろとか言われるのだろうか。

 あの時はエミリアが助けてくれたけど、今日は一人だ。


(こんな事ならレインに安全祈願の魔法でもかけて貰えばよかったなあ……この世界に、そんなのが存在するか分かんないけど)


 くよくよと考えても仕方がない。腹を括るのよ、アナスタシア。意を決して、わたしは中へと入る。


「よく来たな、アナスタシア・リヴィエール」

「ユリウス殿下におかれましては、ご機嫌麗しく恐悦至極に存じます」


 わたしはスカートを掴み深く腰をおとした。すると、聞こえてきたのはユリウスの笑い声。


「ははっ、随分と堅苦しいじゃないか。とても図書室で噛みついてきた野蛮で下品な女と同じだとは思えないな」


 いまこの場では彼はユーリ・シュローダー先輩ではなく、ユリウス王太子殿下だ。いくら彼の発言に腹を立てようと、それを態度に出すわけにはいかない。


(誰が野蛮で下品な女ですって?! そんなことを言ったら、あんたはクソダサ眼鏡でしょーが!)


 わたしは心の中でユリウスを罵倒しつつも、穏やかに微笑みを返す。するとユリウスは「チッ、つまんねぇな」と顔を顰めた。


「まあいい、そこに座れ」


 言われるがまま、彼の向かいに座る。


 今日のユリウスは、あの分厚い地味なメガネではなく、色のついたオシャレな眼鏡をかけている。そして、いつもはセットされていないボサボサの髪の毛も、きっちりとまとめられていた。


(顔は……かっこいいんだよなあ、本当)


 ついじっと彼の顔を見つめていれば、思い切り目があってしまい、気まずさから視線を逸らす。


「何だ、言いたいことがあるなら言え」


 その言葉に、わたしは本題を切り出した。


「ユリウス殿下、今日は一体どのような…」

「ユリウスでいい。あとかしこまるな、気色悪い。いつも通りにしていろ」

「……じゃあ、シュローダー先輩で」


 流石のわたしも、この場で彼を呼び捨てにする勇気はない。なので、学園と同じように呼ぶことにすれば彼は「そっちかよ。まあ、いいけど」と言った。


「とにかく、食え。話はそれからだ」


 そう言って、彼は目の前に並ぶお菓子を指差した。


 用意されていたのは豪華なお菓子たち。そのどれもがキラキラと輝いて、とても美味しそうだ。しかも、サクルまであるじゃないか。


 初めてサクルを食べて以来、わたしはすっかりハマってしまい、一日一個は必ず食べていた。しかし、最近はレインに「食べ過ぎ」と怒られてしまい、控えていたのだ。


 それが今、わたしの目の前に並べられている。しかも大量に。


「わたしが食べていいのですか…?」

 

 期待で満ちた目でユリウスを見れば、彼は当然のように頷いた。


「お前のために用意したんだ。気にせず食べろ」

「シュローダー先輩!!」


 クソ眼鏡とか言ってごめんなさい! 

 マナーとかしきたりだの、もはやどうでもいい。このチャンスを逃してたまるものか。わたしは我先にとサクルを手に取り、口へと運ぶ。


 その瞬間、舌の上に広がる幸せな甘みに頬が緩んでいくのが分かった。


「おいしいです〜〜!」

「それは何よりだ。さあ、どんどん食べろ。足りなければ追加を持って来させるから気にするな」


 何て太っ腹なんだ! さすが王太子!

 その言葉にこくこくと頷いて、わたしは次の洋菓子へと手を伸ばす。


(次はマカロンを食べて……ああ、これもすっごく美味しい! それでまたサクルに戻って…と、ああこの無限ループは終わらない!)


 そうして、次から次へと食べ進めていれば、ふと、ユリウスが全くお菓子に手をつけていないことに気がついた。


「シュローダー先輩は食べないのですか?」

「ああ。俺はいい」

「でも、こんなにあるのに…わたしが独り占めしては申し訳ないです」

「気にするな。元々、甘いものは苦手だ」


 ならいいか。わたしは深く考えずに、そのままお菓子を口へと運ぶ。

 そうして、ひと通りお菓子を楽しめば、ユリウスは不適な笑みを浮かべた。その表情に何やら嫌な予感がする。


「よしよし、食べたな」

「シュ、シュローダー先輩?」

「これだけ食べたんだ。……分かっているよな?」

「な、何がですか?」


 焦るわたしとは対照的に、目の前のユリウスはとても楽しそうだ。


「俺のお願いを聞いてもらおうか」

「お願い…?」


 こんな事ならお菓子を食べるんじゃなかった! と、今更後悔しても遅いが、サクルに釣られた自分を恨まずにはいられない。


 そうして、ユリウスの言葉を待っていれば、彼はとんでもない事を言った。


「お前、俺の婚約者になれ」



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