王子のお茶会-1
「お嬢様、いかがでしょうか…?」
「ええ、ばっちりよ。さすがメアリーね」
鏡の前、わたしは結ってもらった髪の毛を見て微笑む。いつもは片側を編み込んだり、ハーフアップが多いが、今日はひとつに高く結んでもらった。
「お嬢様にしては珍しい髪型ですね」
「やっぱり、誠意を見せるにはきっちりした方がいいかなと思ってね……」
「誠意?」
目を丸くしたメアリーに「気にしないで」と言って、わたしは立ち上がり、全身を確認する。……ドレスはこれでいいか。どうせユリウスに会うだけだし。
「あ、そうだ。今日、わたしの帰りが遅くなること、レインには内緒にしててね」
「えぇ、またですか?! 絶対にレインさんに怒られますよぉ…」
「いい? レインが話しかけてきたら無視するのよ、無視! 大丈夫、メアリーならできるわ!」
メアリーの肩を軽く叩いて励ませば、彼女は「お嬢様はレインさんの恐ろしさを知らないから、そんな事を言えるのですよ」と涙目で訴えてきた。
安心してほしい。レインの恐ろしさなら、わたしも充分知っている。と、何の慰めにもならない言葉を言いながら、わたしは家を出る準備をする。
「じゃあ、メアリーよろしくね」
メアリーに手を振って屋敷を出た。扉が閉まる前、泣きそうな顔でこちらを見つめてくる彼女を見ていたら、良心が痛む。だけど、仕方がない。
(だって絶対にレインに言ったらややこしいことになるもの……)
今日、わたしは例の手紙によって、ユリウスに呼びされている。あの手紙が届いて以来、わたしは気が気でなく、毎日生きた心地がしなかった。
いっそ何かあるなら学園で言って欲しい。そう思って何度かユリウスの元を訪れたが、彼の隣にはいつもテオドールが居た。
テオドールには図書室のことも、手紙の内容も伝えていない。もちろん、ユリウスの正体についても。
なので、テオドールが隣にいると本題を話すことができず、彼らの前でもじもじとするわたしを見て、テオドールは首を傾げた。
「最近、よく来るけど何かあったのか?」
「……お兄様が恋しくて」
テオドールの言葉に、笑って誤魔化す。そんな様子を見て、後ろのユリウスが小馬鹿にしたように鼻で笑った。
(性悪メガネめ……!)
テオドールにバレないよう、ユリウスを睨むが意味はない。モヤモヤする気持ちで彼らと他愛もない話をしていれば、鐘がなり終わりを告げられる。
(結局、関係のない話をして終わってしまった…)
それから、次こそは、次こそはと、ユリウスの姿を見かける度に声をかけた。
しかし、何度チャレンジしても失敗に終わり、今日、この日を迎えてしまったのだ。
──ああ、いま思い出しただけでも、腹が立ってくる。
今日、もし彼の周りに誰もいなかったら文句の一つでも言ってやろう。まあ、そんなことはないと思うので、それは叶わないだろうけど。
そんなことを考えれば、馬車が指定された場所に着く。そのまま馬車を降りれば、そこには一人の男が立っていた。おそらくユリウスの護衛だろう。
「お待ちしておりました、アナスタシア様。どうぞこちらへ」
彼に馬車に乗るように促されば、そのまま行き先も告げられずに走り出した。
一体どこへ連れて行かれるのだろうか。気になって尋ねてみる。
「あの、この馬車って一体どこへ…」
「ユリウス殿下の命令でお答えできません」
「じゃあ、あとどれくらいで着くとかは教えてもらえたり…?」
そこからは、何を聞いても答えは返ってこなかった。
(いくらユリウスに口止めされてるとはいえ、そこまで完璧に無視する? ……いやいや彼らも仕事なのだ。怒ってはいけないわ、落ち着くのよ。悪いのは全部あの性悪眼鏡なんだから)
諦めて、ぼんやりと外の景色を眺めていれば、見覚えのある建物が見えてきた。
背中に嫌な汗が伝う。いやいやまさか……わたしの勘違いだと思いたい。しかし、馬車はどんどんとその建物へと近づいていく。
実際に入ったことはないが、ゲームの背景として何度もみた。ユリウスルートでは必ずといっていいほど、出てくる場所。
「………嘘、でしょ」
そこで、馬車が止まる。
降りるように促されれば、目の前にそびえ立つのは王城。
(ああ。お父様、お母様、そしてお兄様……アナスタシアは、今日、無事に帰れないかもしれません)
心の中で祈りを捧げながら、わたしは案内されるがまま、中へと入っていった。




