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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第二章

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本性-3



 それから残りの授業を受けたが、内容はあまり覚えていない。


「……帰らなきゃ」


 本来であれば、授業が終わればエミリアと一緒にお茶を飲む約束をしていた。しかし、あんな事もあり、更にはその後エミリアの姿を見かけなかったので、わたしは一人で帰ることにした。


 そうして、迎えも断っていたため、一人で歩いていれば、途中で雨が降り出した。


「最悪だ……」


 傘など持っていない。レインぐらい才能があれば、きっと魔法でどうにかしていただろうけど、わたしには、そんなことはできっこない。


 ずぶ濡れになるのも構わずにただ歩いていく。手元に握ったくしゃくしゃのリボンを見る度に、胸の中がズキリと痛む。それだけじゃない。湧き上がる黒い感情を抑えることができない。


「……うるさいな」


 先ほどから頭の中でずっと誰かの声がする。声が聞こえると同時に、頭がズキズキと痛む。そのことに苛立ちを感じながらも、わたしは足を進める。

 そうして、ふらふらと歩いていれば、誰かにぶつかってしまった。


「いってぇーな!」


 大袈裟な声を上げたのは、どう見てもガラの悪い男。ぼんやりと歩いていたせいで、どうやら大通りから外れてしまっていたようだ。


「……ごめんなさい」


 素直にそう謝罪を口にすれば、男はわたしのことを上から下まで舐めるように見て、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。


「お嬢様がこんなところで何してるんですか〜? 危ないですよ〜?」


 小馬鹿にするような口調でそう言って、男がわたしの手をきつく握る。


「……いたっ、」

「いたっ、だって! おいおい、かわいいな」


 下品な笑みを浮かべる男を睨みつけるが、彼はニヤニヤと笑うだけだ。こんな小娘のことなど、どうとでもできる。そう思っているのだろう。


「……離して」

「離して、だ? 偉そうに言ってんじゃねーぞ!」


 そのまま勢いよく突き飛ばされてしまった。濡れた地面に尻餅をつけば、男がわたしに向かってナイフを向ける。


「ほら、かわいい顔に傷をつけたくなければ、とっとと金目のモンを出しな」


 近づいてくる男の手。

 不快、不愉快、全てが気持ち悪い。そんな思いに応えるかのように、頭の中の声が大きくなる。


 ──だったら、全てを壊せばいい、私にはそれができるのだから。


 その声と同時に姿を現したのは、銀色の杖。


(わたしの……アナスタシアのソウル魔法…)


 使いたくない。使ってはいけない。

 そう思うのに、身体は立ち上がり、目の前に浮かぶ杖を手に取る。すると、蒼白い宝石が輝きを放つ。


 そして、軽く振りかざせば、男の後ろにあった壁にが派手な音ともにヒビが入る。


 あの時よりも威力は劣るが、それでも充分だった。驚いた男がその場に座り込む。そんな様子を、わたしはどこか冷めた目で見ていた。


「……やっぱり、使えた」


 あの日から使うことができなかったソウル魔法。

 誰かを傷つけたり、壊すことしかできない「破壊」の特性が受け入れられず、これから先、わたしが使えることはないと思っていた。


 だけど、エミリアがリボンを握りつぶした瞬間。

 わたしは自分の感情を抑えきれなかった。彼女を傷つけて、壊してしまいと、そう思ってしまった。


 自分にそんな恐ろしい感情があるだなんて、知らなかった。知りたくなかった。なのに、どうしてか。今のわたしは最高に気分がいい。


「………あはは、」


 いま、わたしは、まるで本来のアナスタシアのように、傷つけて、壊すことが楽しいと感じている。不快なら、不愉快なら。全てを壊して思い通りにしよう。


「ほら、どうしたの? ちゃんと抵抗しないと、今度は当てるわよ?」

「うわあああっ」


 男の叫び声が、辺りに響いた。腰を抜かして動けずにいる男に一歩、また一歩と近づいていく。わたしが近づく度に、男は情けない悲鳴を上げる。


「抵抗してくれないと面白くないじゃない」


 怯えた表情を浮かべる男。次はどう遊ぼうか、そう思い、ちらりと視線を動かせば、地面の水たまりに反射して映った自分の顔が見えた。


(これが……わたし?)


 そこでピタリと足が止まる。何もしないと分かったのか、途端にバタバタと逃げていく男。それに構うこともなく、わたしはただただその場に立ち尽くしていた。


 頭の中で声がする。わたしの中のアナスタシアがとても楽しそうに笑っている。


 もっともっと、壊したい。

 だから早く私を受け入れてね──と。





◇◇◇◇


「アナスタシア? 遅かったね──って、なにその格好。一体なにが……」


 屋敷へと戻れば、自室の前にレインが立っていた。わたしの姿を見て、驚いたように目を見開く。


「……雨で滑って転んだだけよ。気にしないで」

「そんなわけないでしょ。顔まで汚れて……誰にやられた?」

「本当に大丈夫だからほっておいて」


 駆け寄ってきたレインの手を振り払って、わたしは部屋へと入る。そうして、そのまま扉を閉めようとすれば、レインが強引に扉を押さえて、無理やり部屋へと入ってきた。


「入っていいなんて言ってない。今すぐ出てって」

「無理。手当するまで戻らないから」

「……勝手なこと言わないで!」


 こんなのは殆ど八つ当たりだ。だけど、止まらなかった。


 部屋から追い出そうと、彼の身体を手で押すがまったく微動だにしない。それどころか、わたしの手をそっと握られる。


「とりあえず、乾かすよ」


 そう言ったレインが魔法でわたしの衣服や髪を乾かす。そうして、そのままソファへと座らされると、彼はハンカチを取り出し、わたしの顔の汚れを拭いてくれる。


「……なん、で……ほっておいてくれないの…」

「アナスタシアが大切だから」

「……なに、それ」


 ひどく優しい声。こんな時にそんなことを言わないでほしい。目頭が熱くなるのを感じて、慌てて下を向こうとすれば、逃がさないとばかりに顎を掴まれた。


「何だ、泣いてないの」

「……さい、ていっ…!」


 茶化すような言葉に、じっと睨めば彼は微笑みを浮かべた。その表情さえも優しくて、いつもと違うレインの様子に思わず目を逸らす。


「……主人の言うことが聞けないなんて、従者失格よ」

「本気で嫌なら隷属の誓約を使いな」

「そんなことできるわけないって分かってるくせに! 本当に性格が悪いんだから…!」


 そのままハンカチを奪って、わたしはそっぽを向いた。すると、横からくすくすと楽しそうに笑う声が聞こえてくる。


「何とでも言えばいい。けど、何を言われても今のアナスタシアをひとりにしないから」

「……何で、今日に限ってそんなに優しいの? いつもはもっと意地悪なくせに。いつもの、意地悪なレインだったらよかったのに……」


 そうすれば、わたしだってこの先の言葉を言わずに済んだのに。


「わたしも、」

「ん?」

「わたしも、レインが大切なの。だから、だから、もう一緒には居られない」


 レインは大切な従者であり家族だ。だからこそ、昔見た夢のように、いつかわたしがレインを傷つけてしまうのをずっと恐れていた。


 それでも、もし仮にそんな日がくれば、わたしの命に代えても守ろうと誓った。だけど、このままでは、わたしはいつまで今のわたしのままで居られるか、分からない。


 不安と焦りで涙がぽろぽろと溢れていく。優しく拭ってくれる彼の手があたたかくて、このまま縋ってしまいたくなる。


「わたし、ソウル魔法が使えるようになっちゃった…! それだけじゃない。もっと、もっと恐ろしい存在が、わたしの中にいるの。このままじゃあ、いつか、きっと、誰かを、レインを傷つけちゃう……そんなの嫌。わたしと一緒に居て、レインが不幸になるならわたしはっ……!」


 涙ながらにそう話せば、レインは深いため息をついた。


「……アナスタシアって、馬鹿だね」

「なっ」

「そんなことで離れようとするなんて、馬鹿だ、馬鹿すぎる」


 真剣に話しているというのに酷い言い草だ。あまりにもレインが「馬鹿」と繰り返し言うものだから、すっかり涙も止まってしまった。


「馬鹿って言いすぎ!」

「そもそも。アナスタシアに傷つけられるくらいに、俺が弱いとでも?」


 たしかに彼は強い。だけども、本来のアナスタシアとでは互角だ。さらに、わたしたちの間には隷属の誓約がある。解呪されてない今、本来のアナスタシアがそれを利用しないわけがない。


「いくらレインが強くても、ダメなの。だって、わたしには……」

「アナスタシアは筋力もなければ体力もない。魔法の才能だって、そこそこだし。ちょっと強いソウル魔法が使えるようになったとはいえ、アナスタシアが俺に傷をつけようだなんて、百年早いよ」


 いまひとつ信じていない彼の言葉に思わずムッとした表情を浮かべる。


「もう! レインが思ってるよりも、わたしは強くて恐ろしい女なの! わたしが本気を出したらレインなんてすぐにどうとでもできるんだから!」

「へぇ。じゃあ、試してみる?」

「試すってなにを──わっ!」


 その言葉と同時にぐるりと視界が反転し、勢いよくソファに押し倒されていた。彼の両腕が顔の横にあり、吐息がかかりそうなほどに顔が近い。


 昔、こうしてふざけ合ったこともあったが、あの頃とは全く違う。心臓がドキドキとうるさい。


「ほら、抵抗してみなよ」


 言われた通り、レインの胸を押し返すがびくともしない。慌てて「待って」と言うが、止まってくれない。それどころか、どんどんと彼との距離は近づいていく。


「さっきまでの威勢はどうしたのさ。俺のことなんて、どうとでもできるんでしょ?」


 吸い込まれそうなほどに真っ赤な瞳に見下ろされて、わたしは「あ、」とか「えっ」などと情けない声しか出せなかった。


「このままだと、アナスタシアが俺にどうかされちゃいそうだけど」


 囁くように言われたその言葉に、ついに耐えきれなくなって、ぎゅっと目を瞑った瞬間。


「アナスタシア、ちょっといいか?」


 テオドールの声と共に軽快なノックの音が部屋に響いた。


「お兄様?!」


 慌ててレインを突き飛ばす。彼も油断していたのか、そのままバランスを崩した。その隙に、わたしは扉の方へと駆け寄る。


 後ろから「……チッ」と低い舌打ちが聞こえてきたが、無視だ無視。


 そうして、まだうるさい心臓をおさえながら「い、いま開けるね!」と返事をして、わたしはゆっくりと扉を開けた。


「悪いな、急に。……ん? レインもいたのか」

「ま、魔法の勉強してたの! それより、お兄様こそどうしたの?」

「ああ、実はユーリからアナスタシアに手紙を預かっていて」


 そう言って差し出されたのは白い封筒。装飾もないシンプルなものだったが、裏面にはきちんと「ユーリ・シュローダー」と名前が書かれていた。


(ユリウスからの手紙? 何だか嫌な予感しかしないのだけど……)


 図書室での出来事は誰にも話していない。なので、二人に隠すようにこそこそと中を確認すれば、そこには時間と場所だけが書かれていた。


「これって……」


 いわゆる、呼び出しだ。

 ユーリからの呼び出しということは、ユリウスからの呼び出しだということで。ユリウスからの呼び出しということは、すなわちそれは王族からということで…!


「アナスタシア? どうかしたのか?」


 新たな問題に思わず頭を抱える。テオドールが心配そうに声をかけてくれたが、わたしの耳には何も届かなかった。



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