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ラスボス悪女に転生した私が自分を裏切る予定の従者を幸せにするまで  作者: 菱田もな
第一章

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悪女の特訓-3



「まあ、それは推しだから仕方ないというか」

「おし?」

「ううん、気にしないで。……血は繋がってないけど本当の妹のように優しくしてくれて大好きなの。だからつい甘えちゃって」

「へえ」


 自分から聞いてきたくせに興味なさげな態度だ。実際、推しということを抜きにしても、テオドールは素敵な人だと思う。


 アナスタシア()として彼と接した期間はそう長くはないが、彼がわたしを大切な家族だと思ってくれていることは充分に伝わってきた。


 そうして、いかにテオドールが優しいかを語っていれば、レインがわたしをじっと見つめてくる。その表情はどこか怒っているように見えた。


「なあに? 何か言いたいことあるなら言ってよ」

「別に」


 別にって何だ、別にって。しかし、それ以上特に何かを言われるわけでもなく。ただただ、無言の時間が流れる。何だか気まずい空気に耐えられず、無理に話題を振った。


「それにしても、レインは魔法の知識が豊富だよね。何か本とか読んだの?」

「別に。ただ前の主人に教わっただけ」

「前の?」 


 確かに何度か主人が変わっていると、以前聞いたような気がする。だけど、どんな人だったとかはあまり触れてほしくないかと思い、聞かずにいた。


「年老いた男だったけど、魔法の知識が豊富で。暇さえあれば、話を聞かされたよ」

「そうなんだ」


 どこか懐かしむように話すレイン。奴隷と主人という関係上、今までの場所で嫌な思いばかりしていたのではないかと思っていたが、この様子を見るに、その人との関係は悪くなかったのだろう。


「その人のおかげでレインに色々教わることができてるから、感謝しなくちゃだね」

「まあね」

「その人だったら、隷属の誓約を解呪する方法とか知ってたりしないのかな?」


 あれから暇さえあれば、隷属の誓約を解呪する方法を探しているが、なかなか見つからない。なので、もし知っていれば、何らかの方法で教えてもらえたらすごく助かるのに。


「知ってたと思うけど」

「えっ! じゃあ」

「でも、とっくの前に死んでるから聞くのは無理」

「……そう、だったんだ」


 年老いたって言ってたもんね。レインにとって悪い思い出ではない人がもう亡くなってることに、少し寂しい気持ちになるが、わたしがくよくよしても仕方がない。


 なるべく暗くならないように話しかけようとしていれば、そこでふと、あることが気になった。


 そもそも、今までにレインを買った人たちとは隷属の誓約を結んでいなかったのだろうか。レインは儀式の方法を知っていたし、わたしが初めてではない気がする。


「ねえ、今までにわたし以外と隷属の契約を結んだことってある……?」

「あるけど」

「えっ、じゃあ! 何をしたら解呪されるの?」


 いま現在、レインがわたしの他に誰かと隷属の誓約を結んでいるようには見えない。(そもそも複数人と結べるのかも疑問だが)


 ということは、前の人たちとの誓約は解呪できたということだろう。だけど、前にレインは解呪方法は知らないって言っていた。なのに、どうやって今までの人たちとは隷属の誓約を解呪できたのだろう。


 疑問に思っていれば、彼はあっさりと答えた。


「何って、隷属の契約は主人が死ねば勝手に破棄されるから」


 その言葉にわたしの口からは、間の抜けた声が漏れてしまう。


「死ねばって……え?」


 それってつまり、前にレインを買った人達は全員もう死んでるってこと……?


 その事実に気づくと同時に背中に嫌な汗が伝う。わたしの前にどれぐらいの人数がいたかは分からない。だけど、全員が全員、偶然死んだなんてことがありえるのだろうか。


 もちろん、そうだとは限らない。だけど、将来的にレインに殺される可能性のあるわたしは、もしかしたらを考えてしまった。


(いやいや。こんな考えはレインに対して失礼すぎるよね……やめなきゃ)


 そう思うが、一度考えてしまうとなかなか切り替えることができなくて。急に黙り込んだわたしを見て、レインは察したのだろう。彼の冷たい声が響いた。


「もしかして、俺が殺したって思ってる?」


 そう言って目を細めるレインに、ドキリと心臓がはねる。分かりやすいぐらいに動揺してしまい、これでは何を考えていたかバレバレだ。


「……そ、んなこと思ってない…」


 振り絞った声は小さい。その様子にレインが小馬鹿にしたように笑った。


「へぇ。本当に?」


 レインの赤い瞳と目が合う。目を逸らしたい気持ちになったが、駄目な気がした。だから正直に彼を疑ったことを伝える。


「……嘘、ちょっと思った。ごめんなさい」


 そう謝罪を口にすれば、レインが目を丸くした。


「普通、認める? アナスタシアって馬鹿だね」

「馬鹿って……」

「別に何とでも嘘つけばいいのに」


 ため息まじりにそう言ったレイン。確かに嘘をつくこともできただろうけど。


「ここで嘘をついたら、もう二度とレインに信用されない気がしたの」


 一瞬でも疑った時点でもう駄目かもしれないけど。それでも、この場で下手に誤魔化せば、何故だか全てが終わってしまう気がした。


 緊張でスカートをぎゅっと握っていれば、レインがふっと笑った。


「殺してないよ、俺は。……と言っても、信じられないと思うけど」

「信じる!」

「さっきは疑ったのに?」

「ゔっ……それはごめんなさい。もう二度とそんなこと考えないから許して……」


 俯きながらそう言えば、レインの楽しそうな笑い声が聞こえた。

 

「そんな泣きそうな顔しなくても。別に怒ってないから」

「……本当に?」

「まあ、俺って信用ないんだなとは思いましたけど」


 この場で敬語を使われると胸に刺さる。しかし、わたしにそんな事をいう資格はないので。そこからしばらくの間、レインによる敬語攻撃は続いたが、黙って受け入れるしかなかった。


(生き延びたい、殺されたくないって思うがあまり、色々とレインに対して不安に思ってしまうことがあるけれど。ゲームを通して知ったレインではなく、今こうして一緒に過ごしている目の前の彼を信じよう)


「罰としてしばらくの間、アナスタシア様のおやつはなしにします」

「嘘でしょ?!」


 そうして、私たちはそんな会話をしながら部屋へと戻っていったのだった。



◇◇◇


 部屋へと戻る途中、窓からお母様の姿が見つけた。珍しくひとりで庭を歩いているのを見て、わたしはこれはいい機会かもと思った。


 レインには先に戻るように伝え、わたしは来た道を引き返す。そして、庭で花を愛でていたお母様に声をかけようとした。


「貴女は何がしたいの?」


 突然、お母様がそう問いかける。いまこの場にはわたしとお母様しかいない。つまり、これはわたしに向かって言っているということで。


 まさかお母様の方から話しかけられるとは思ってもおらず、「えっ」と情けない声が漏れた。


(しかも、何がしたいって…どういう意味?)


 しかし、そんなわたしを無視して、お母様はこちらに背を向けたまま言葉を続ける。


「魔法の勉強をしているようだけど、どうしてそんな無駄なことをしているの?」

「……無駄?」

「ええ。貴女は何がしたいの?」


 お母様の視線は花から動かない。今ひとつお母様の言葉の真意がわからず、頭の中は疑問符で埋め尽くされている。


 だけど、お母様とこうして話すことができる機会は少ない。わたしは思っていることを素直に伝えた。


「お母様がわたしをよく思っていないのは分かっています。親を亡くしたわたしを引き取ってもらい、それだけでも充分なことだとも。だけど、わたしはお母様と仲良くなれたらいいなって思っています」


 その言葉にお母様がこちらを振り返った。


「仲良く……?」

「は、はい」

「そう、そうなのね、仲良く…仲良くね…」


 まるで初めて聞く言葉かのように、繰り返し反復するお母様。どこか異様なその光景にわたしは何も言えずにいた。


 そうして、ひとり納得したお母様が「わかったわ」と返事をした。


「え?」

「それが貴女の望みなのね。だったら、私はそれに従いましょう」

「……お母様?」


 話についていけない。しかし、そんなわたしを無視して、お母様は屋敷へと戻ろうとする。


「貴女も早く戻りなさい。身体が冷えるわ」


 そう言ったお母様の声は、とてもあたたかく優しくて。あの日、わたしが差し出したサクルを「気持ち悪い」と言って投げ捨てた人と同一人物には思えなかった。


「どういうこと……?」

 

 わけもわからず、一人その場に残されたわたしは、ぽつりと呟く。いまの状況が何ひとつ理解できなかった。


「これはお母様と仲良くなろう作戦は成功……したってこと?」


 作戦といったが、特に何かを考えていたわけではない。だけど、さっきの態度を見るにどうやらお母様はわたしと良好な関係を築いてくれるようだ。


 なぜそうなったかは何一つ分からないけど。


「と、とりあえず、レインに報告しよ」


 お母様を泣かせるつもりだったレインは、がっかりするかもしれない。だけど、わたしとしては穏便に済みそうなので安心だ。


 部屋に戻ったわたしは、さっそくレインを呼びつけて、さっきあった出来事を話した。


 話を全部聞いた後、最初は訳がわからないといった顔をしていたレインだが、浮かれるわたしを見て「よかったね」と笑った。


「女狐を泣かせないのは残念だけど」

「……ぜったい、言うと思った」


 ずっと気掛かりだったお母様との関係が思ったよりもはやく上手くいきそうだと思い、わたしはとても舞い上がっていた。


 だから、この時のわたしは知らなかった。




「……急に意味がわからない、本当に気持ち悪い子。でもいいわ、二人を守れるのなら私は何だって……」


 お母様が一人、そう呟いていたことを。



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