悪女の告白-2
「ねえ、レイン。何か困っていることとかはない? そのメアリーたちのこととかで……」
「ああ、俺が避けられていることですか?」
「そう、そのことなのだけど……」
「どうせ奥様に命令されてるのでしょう。別に気にしていませんよ」
さらりと言ってのけたレインに、思わず目を丸くする。
「みんなの態度が変な理由が、お母様のせいだって気づいてたの……?」
「ええ。見たらわかりますよ。それに、こういうこと今までにもありましたし」
持ってきた焼き菓子を頬張りながら平然とした様子で話すレイン。その焼き菓子をどうやって調達したのかも気になったが、今はいい。
「今までにも?」
「身元の分からない奴隷の扱いなんて、どこにいってもそんなものですよ。別に困っていないので、ご主人さまも気にしなくていいですよ」
その言葉に胸がひどく痛んだ。自分とそう年齢が変わらないように見えるが、どこか諦めた表情を見せるのは、レインの境遇のせいだろう。
彼が今までどうやって生きてきたのかも知らない。だけど、出会ったときの光景からして、きっと想像できないぐらいに、心身ともに辛い目に遭ってきたことは間違いない。
(ゲームの中でも謎の多いキャラクターだったし、これからのことを考えると、彼のことをもっとちゃんと知る必要があるよね)
「ねえ、レイン。話したくないのならいいのだけど、もしよかったらレインのこと教えてほしいな」
「……俺のことですか?」
「そう。これから一緒にこの家で過ごすでしょう? だから、ちゃんと話しておきたくて」
この間もそう思ってレインを自室へと招いたはずだったが、隷属の誓約のせいですっかり有耶無耶になってしまった。
(まあ、途中でわたしが考えることを放棄したのが悪いのだけど……でも仕方ない。色々重なってキャパオーバーだったのだ)
じっとレインを見つめながら返答を待っていれば、彼は少しだけ考える素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。
「ご主人さまが知りたいとおっしゃるなら何でも答えますが……代わりに、俺もご主人さまのことを聞いてもいいですか」
「もちろん! なんでもいいよ!」
いったい何が気になるのだろう。何を聞かれるのか少しだけドキドキしながら持っていれば、レインからは予想外の質問が投げかけられた。
「では、ご主人さまの名前は何ですか」
「……名前?」
「はい。ちゃんとお聞きしてなかったと思って」
「……そういえば自己紹介してなかったけ」
言われてみれば、出会ってからあれよあれよという間に屋敷に連れ帰り、そんなことを話す時間はなかった。周りの人間から聞いてはいるだろうが、きちんと彼に対して名乗ったことはなかったかもしれない。
だからいままで「ご主人さま」呼びだったのだろうか。悪いことをしたと思いながら、わたしはレインに今更ながらの自己紹介をしたのだった。
「改めて、わたしはアナスタシアって言うの。よろしくね」
「アナスタシア様…」
「そう。これからはご主人さま呼びじゃなくて、そっちの方がいいな」
こくりと頷いたレインは、もう一度わたしの名前を呟いてこちらをじっと見つめる。彼の赤い瞳に見つめられると、なぜだか少しだけ落ち着かない。
「ねえ、アナスタシア様」
「なに?」
「俺たち、あの日初めて会いましたよね」
「え? ああ、そうだね」
その言葉に初めて会ったときのことを思い出す。屋敷に戻る途中、路地裏からして音がして、建物を覗けばレインが居たのだ。
そして、彼の赤い瞳と目が合った瞬間、「たすけて」と言われて、気がついたら中に入っていた。そこから散々な目にあったが、無事に家に帰れて本当によかった。
そう口を開こうとした瞬間、レインがわたしの頬に手を寄せた。
「……レイン?」
「俺の記憶違いかなと思いましたが、嘘をついてる様子はないし」
「え、えっと…?」
レインの言動の意図がわからない。頭の中に疑問符を浮かべるわたしを無視して、彼は言葉を続ける。
「ねえ、アナスタシア様。あの日、初めて会ったはずなのに」
レインの手が無遠慮にわたしの頬を撫で、下へと降りていく。そしてゆっくりと赤い瞳が細められた。
「どうして俺の名前を知っていたのですか」




