悪女の告白-1
翌日より屋敷で働きだすこととなったレイン。といっても、基本的に従者としての仕事はまだないし、年齢も若いので見習いのようなものだ。
他の使用人たちに混ざって簡単な雑務をして、暇なときはわたしに魔法の知識を教えてくれる。あとは、エミリアに頼らずに隷属の誓約を解呪できる方法がないかを探してもらっている。
しかし、そんな彼の姿を見てわたしはある悩みを抱えていた。
レインに何か問題があるわけではない。彼の仕事は素早く丁寧で、人当たりも問題ない。さらに物覚えもはやく、どんなことでもさらっとこなしてしまう。
本来であれば注目の的になってもおかしくはないのに、メアリーを含む周りの使用人たちはどことなく彼を避けているのだ。
レインが話しかければ、みんな気まずそうに視線を逸らす。それだけでなく、他の使用人にレインへの言伝を頼んでも断られてしまうか、伝えてくれないことが多い。
当のレイン本人は特に気にしていない様子だが、わたしはそんな状況を無視することができず、こっそりとメアリーを呼び出して問い詰めた。
「ねえ、どうしてみんなレインを避けてるの? 彼が何かした?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
言いづらそうにメアリーが口を開く。その態度にわたしは嫌な予感がした。
彼女たちが自主的にこんなことをしているとは思えない。わたしが勝手に連れてきたとはいえ、お父様も納得している。
そんな中で下手なことをすれば、自身の立場が危うくなる。それでも、彼女たちがこんな態度をとるということは、それを命令した人間がいるということ。
この屋敷でそんなことをするとすれば、考えられるのはひとりだけ。
「もしかして、お母様が何か言ったの」
その言葉にメアリーは、はっきりと肯定も否定もしなかった。少しだけ視線を横にずらしただけ。
だけど、彼女のその態度でわたしは理解をした。お母様が使用人たちにレインを避けるように命令し、そしてそれを口止めしていることを。
(お母様め……)
確かにお母様からすれば突然身元の分からない人間が屋敷にきて、不安に思う気持ちもわかる。しかも、よく思っていない養子が連れてきたことだし。
だけど、だからといってそんな幼稚なことをするのかと怒りを通り越して呆れてしまう。
(直接文句を言おうにも、そんなことをすればメアリーたちが罰せられてしまうからできないし……)
こんな分かりやすいことをしながら、わざわざ口止めしたのはそのためだろう。わたしがこの状況だと文句を言えないことを分かってやっているのだ。
「お嬢様だから話したのです!……どうか、どうか奥様には…!」
「安心して。お母様には何も言わないわ」
メアリーの怯えた様子を見るに、よほどお母様が怖いのだろう。わたしはそっと彼女を部屋から出して、仕事に戻るように伝える。
(いくらレインが気にしてないとはいえ、この状況はあんまりよ。はやくなんとかしないと……)
しかし、そうは思うがいい方法が思い浮かばない。お父様に言ったところで、屋敷の中のことはお母様に任せているので意味はない。
わたしから使用人たちに言ったところで、みんなお母様の言うことを聞くだろう。
「………やっぱり先にお母様も何とかしないといけないか」
昨日の態度を見るに、思ったよりもお母様はわたしのことをよく思っていない。長丁場になりそうだから後回しにしようと思っていたが、今の状況ではそうも言ってられなさそうだ。
(どうすればお母様がわたしを認めてくれるか……作中でも上手くいっていないことをわたしができるのかな)
腰掛けていたソファの背もたれにぐっと体重をかけて、身体を伸ばすように顔を上に向ければ、目の前にレインの顔があった。
「そんな難しい顔をされて、何かありました?」
「──っ?!」
突然のことで思わず大きな声が出そうになるのをぐっと堪えて身体を横にずらせば、ティーセットを片手に持ったレインが首を傾げる。
「な、何で、部屋に…」
「何回かノックしても返事がなかったので、勝手に入りました」
「勝手に入らないで?!」
そろそろお茶の時間かと思ったので、なんて呑気に言うレイン。彼がお茶をいれる間も、わたしの心臓はうるさいぐらいに音を立てていた。
「どうぞ」
慣れた手つきでお茶を淹れたレインがわたしの前に差し出す。そして何も言わずとも当たり前のように隣に座り一緒にお茶を飲む彼。
「こんなところ、もし奥様に見られたら大変ですね」
このタイミングでレインの口からお母様の話が出てきて、ドキッとした。基本的に彼はわたし以外の屋敷の人間のことは話題には出さない。
気にしていない様子だと思っていたけど、もしかしたら今の状況に何か思うことがあるのかもしれないと思い、わたしは尋ねることにした。




