第32話 和装の君と、風が止む街で
和装姿で、街の異変とちょっとした恋心。
静けさの中に、いくつもの“揺らぎ”が訪れます──
物語の鍵となる「風の国」の謎も、少しずつ明らかに。 ラト、ジョー、そしてルロンド。それぞれの距離感にも注目してみてください。
急いでその場を去り、洗濯機が置いてある方角へ向かう。想像していた通り、洗濯機は止まっていて、魔道服を取り出す。その場で形を整えたら、干す場所を探す。
(部屋干しじゃたぶん乾かないし、どこに干そう?うーん。宿屋のおばさんにいい場所がないか聞いてみよう)
私はそそくさと移動して、宿屋のおばさんと話をした。どうやら盗難防止のためにも、各部屋で干したほうが安心だということを聞いて、しぶしぶ部屋へ戻る。
扉をそっと開け、中を覗き込む。誰の気配もなくて、心の奥がスッと軽くなった。
私は魔道服を吊るす場所を探し当てて、暖房をつけて乾かすことにしたのだ。
そのとき、扉からノックの音がした。誰だろうと思い扉を開けたら、ラトだった。
「世未ちゃん、ちょっとお知らせがあって来たの。って、浴衣!? とても似合ってるじゃない♪ 可愛いわよ」
「そうかな? あ、ありがとう(なんだか照れるなぁ)」
「顔が赤いわよ♪ うん、世未ちゃん今度から和装してもいいかもね♪」
廊下の少し奥で、こちらの様子を見ていたルロンド隊長がふと目を細める。
「……悪くないな」
小さくそう呟いたが、誰にも聞こえない程度の声だった。
「えと、それでお知らせって何のこと?」
「今後の作戦会議をするから、夕食後にホールへ全員集合らしいわよ♪」
「まだ、国王様に会ってないものね」
「そうそう、忘れないで来てね♪ じゃあねー」
そう告げると、ラトは扉を閉めた。
扉が閉まる音と同時に、ルロンドの視線が静かに世未に向けられた。その一瞬を、ジョーは見逃さなかった。
ラトの笑顔を見て少し安心したが、街の様子がどうもおかしかった――そんな違和感が心の片隅に残っていた。
(どんな国王様なのか想像つかないな。何だか、街の様子が変――? どうしたんだろう?)
色々考えてしまうところはあるが、じっとしていられず時計を確認してから部屋を出る。
少し時間が余っていたため、街で現地調査をしてみようと思い、宿を出た。
ブラブラと歩きながら民の様子を見ようとしていた。足音がやけに響く静けさ。通りに人影はなく、まるで時間が止まったようだった。
街中に人がいないことに気が付いた。偶然だろうかとも思ったが、なんだか違和感を感じた私は、城の近くまで足を進める。
そこには数十人の民がいて、仕事をしているようだった。よく見ると、子供まで混じって働いているようだった。理由が気になり、話を聞いてみることにした。
「あの、こんにちは。少しお話いいですか?」
「なんだい? お嬢ちゃん」
口を開いたのは老人だった。一緒に働いている仲間に声を掛けて、私の方へ来てもらった。
「お仕事中すみません。私、この街に来たばかりでして。それで、どうしてここはお年寄りも子供も働いているんですか?」
「今、この国では風が止まっておる。ワシらは風車が動かなきゃ生活が成り立たんのでな。どうにか風車を動かすために、みんなで協力して回しているんじゃよ」
「確かに……風が止まってる……?」
「そういうことじゃ。さ、仕事に戻るからの」
「はい、ありがとうございました」
老人は話を手短に済ませ、仕事場に戻ったようだった。
これは一刻も早く、国王との謁見をしなければと思ったのだった。
そして、夕食まで時間が迫ってきたため、急ぎ足で宿へ戻る。なんとか宿屋の目前まで息を切らしながら辿り着いた。
バン! と勢いよく扉を開けたのだが、席に座っていた皆が一斉にこちらを向いた。
慌ててジョーが駆け付けてくる。
「もう~浴衣のまま外出するなって言ったじゃん? 本気で焦ったんだからな……」
と小さく呟いた声に、胸がチクリとした。
「あ、うっかりしてた。でも外にはほとんど人が居ないし、大丈夫だったよ。あ……! それと話したいことがあるの」
私は勢いよくルロンド隊長の方を向く。だが、ジョーに顎を掴まれ、強制的に自分の方へ向かせてきた。
「へ!?」
驚いて変な声が出る。距離が一気にゼロになった瞬間、心臓が一拍跳ねた。
もう片方の腕で抱き締められ、顎に当てていた手を離した。
「ほんと……あんまり心配させんなよ~……宿にいなかったから探してたんだぜ?」
ジョーはそのまま真下にへたり込んだ。とても心配をかけてしまっていたらしい。
「ごめん……反省する」
「はいはい! 2人とも一旦おしまい」
アディが両手をパンパンと叩いて私たちを呼んでいるようだった。
皆が居る前で抱き合っていた恥ずかしさもあり、俯き加減で世未は空いている席へ座る。
顔が熱い。皆に見られてるって分かってるのに、ジョーのぬくもりに逃げられなかった。
そして夕食が運ばれてきて、皆と一緒に美味しく食べた。
♦♦♦
──視線を逸らしながらも、ルロンドの脳裏には、さっきの世未の浴衣姿が何度もよぎっていた。
任務中のはずなのに、あんなにも目を奪われるとは思っていなかった。
(……やはり、普通の少女などではないな)
と、自分に言い聞かせるように箸を進めたが、胸の奥のもやもやは消えなかった。
♦♦♦
「うおっ、これめちゃくちゃうまいな!」
アディが口いっぱいに肉を詰め込んで感動の声を上げる。
「こら、落ち着いて食べなさいよ。ほら、ほっぺにご飯粒ついてる」
ラトが笑いながらアディの頬を拭ってやる。
「ほんとに仲いいなぁ、二人とも」
世未が思わず微笑むと、ジョーがふっと小さく笑って、
「お前もさっきの“和装”似合ってたぞ、マジで」
と、さりげなく言葉を添えた。
ドキッとして目をそらす。さっきのことを思い出して、また顔が熱くなるのを感じた。
そのとき、ルロンドがそっと手を伸ばし、世未の肩にかかっていた羽織を直してくれた。
「少しずれていた。冷えるからな」
その手はいつも通り冷静だったけれど、ほんの一瞬だけ、指先が震えたように見えた。
(──気のせい、だよね?)
思わず胸がきゅっとなって、世未は慌てて目をそらした。
「……へえ、隊長も意外と世話焼きなんだねぇ?」
アディの軽口に、ルロンドは表情ひとつ変えずに答えた。
「当然のことをしただけだ」
♦♦♦
──触れた世未の肩は、思っていたよりも温かかった。
その熱が彼女のものなのか、自分の手のせいなのか──わからなかった。
そして今、それを確かめようとすることすら、なぜか少し怖かった。
♦♦♦
わずかな談笑の後、ホールの空気がすっと引き締まった。
ラトが立ち上がり、静かに口を開く──
『それじゃ、作戦会議を始めましょうか』
その一言で、食事の余韻がすっと冷めた。
まるで嵐の前触れのように──空気が重たくなる。
今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
静かだけど、どこか胸が高鳴るような、そんな時間を描きたくて書きました。 日常と非日常が交差する、風の国でのひととき── 少しでも心に残るシーンがあったなら、とても嬉しいです。
引き続き、次回も楽しみにしてもらえたら励みになります!




