第31話 優しさって、ずるい。
こんばんは。
今日はちょっぴりドキドキ多めな回です。
優しさがときにズルく感じてしまうのは、きっと――心が揺れてる証拠なのかも。
この街の宿屋は広く、まるで洋館のようなつくりで、清潔感がある。
洗濯機が回っている間、なんとなく気持ちが落ち着かず、私は足の向くままに歩いていた。
本棚が目に入り、ふと手が伸びた。風の国のこと、実はまだよく知らない──
そんな気持ちが背中を押したのかもしれない。
私は何冊か手に取り、風の国の歴史が書かれた一冊を開いた。
いつの間にか夢中になっていて、誰かが近付いてきたことにも気づかなかった。
「読書が好きなのか?しばらくお前のことを見ていたが、全く気が付かないとはな」
「ええ!?えっと、すみません。興味のある本を読み漁っていて……そういうルロンド隊長も、この間、本を読んでましたよね?」
「俺も余裕があるときは読むほうかもしれないな。まぁたぶん、世未ほどじゃなさそうだが」
こんなに偶然、同じ読書仲間がいたことに少し感動した。
「で、何を読んでいたんだ?」
ルロンド隊長は私にぐっと近付き、本を覗き込む。
(待って、すごく近い。どうしよう……すごく緊張する)
息をすれば、触れてしまいそうな距離。
鼓動の音が、自分にだけやけに大きく響いた。
私がルロンド隊長の方に顔を向けると、顔と顔が当たりそうな距離感だった。
ページの文字が目に入らず、焦点が合わない。
頭の中がぐるぐるして、何を読んでいたかすら思い出せない。
「どうした?手が震えているじゃないか」
「えっと、その……」
……そう思ったその瞬間、後ろから聞き慣れた声が飛び込んできた。
言葉に詰まった私の元へ訪れたのは、ジョーだった。
「2人揃って何してるんスか~?」
ジョーは満面の笑みで私たちの間に入ってきた。
「ええっと、本の内容の話をしてて……」
私は今の状況を説明しようとしたのだが、何故かあまり話を聞いていない様子だった。そして、私の前に立って背を向けて、ルロンド隊長と話し始めた。
「隊長、いくら何でも世未に近付き過ぎじゃないか?……世未、めっちゃ困ってんじゃん」
「ん?そんなつもりは無かったんだが」
「もうちょい気を配ってくださいよ。全く、目を離したらすぐこうなんだから」
「世未、いこ」
ジョーは私の手を強く握り、先程いた部屋の方向へ歩き出す。
「隊長、ホントもう少し自覚して下さいよ?」
振り返り言葉を放つ様子に、私は何も言うことは出来なかった。
♦♦♦
──距離が近すぎたか?
だが、読んでいるページを見るにはこれが一番早い。
本人には言わないが、世未が選ぶ本の傾向には、少し興味がある。
……それに、緊張している様子を見るのも、悪くない。
♦♦♦
2人で部屋へ戻って、向かい合って座り込む。そして手に持っていた袋から塗り薬を手渡してくれた。
「わざわざ買ってきてくれてありがとう。」
「全然。……正直言うとどこの道具屋にも置いてなくて、結局店を探しまくってきたんだけど……遅くなってごめんな」
「そうだったんだね、じゃあ今度何かお礼しなきゃ……」
「全然いいって。そもそも俺たちが悪かったんだし、気にすんなよ」
♦♦♦
「ジョー、ありがとね。助かったよ!」
世未がふわりと笑った。
――……今、笑ったよな?
(これ……もうプロポーズしても怒られないやつじゃない?)
「……なあ、世未」
「ん?」
言いかけた言葉が喉につかえる。
(ダメだ、言えねえ!理性、耐えろ!!)
もういっそ結婚しちまえば早くない?とか思ったけど、いや待て、落ち着け俺……!
♦♦♦
ニコニコと笑顔で話すジョーは、優しい。こういう所を好きだったんだろうなと思い返す。そして買ってきてくれた塗り薬を首に塗ろうとするが、鏡台を見てからにしようと思い立ち上がった。すると私の手から、ジョーが薬を取った。反射的に振り返ると、ジョーが薬を指に付けているのだった。状況が読めない私は少し頭の中を整理してから話そうとした途端だった。
「はい、じっとして」
わざわざ首元に薬を塗ってくれたのだ。なんだか首に走る指先にゾクゾクしてしまった。目を瞑り塗り終わるのを待つ。そんなに広範囲に赤くなっていただろうかと思い出そうとするが、そうしてられないほど緊張が走った。
(私、まだジョーのこと好きなのかな?少し落ち着かない)
指先が離れたあとも、そこに温もりが残っているような気がして。
胸の奥が、少しだけ苦しくて。──でも、嫌じゃなかった。
「よし、これでばっちり!ってあれ?どうした?」
(ジョーはいつも通りだ。私だけ緊張して、なんだか恥ずかしい)
「あっ、洗濯物……干してなかったかも!」
恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がった私は、ドアの前で一度振り返った。
ジョーは、いつもと同じ――でも、少しだけ優しい目で、こっちを見ていた。
最後まで読んでくれてありがとう。
言葉にしなくても伝わる優しさや、そっと触れる距離感。
そんな繊細な瞬間を、誰かの心に届けられていたら嬉しいです。




