第30話 ただの幼馴染に戻れない
久しぶりの宿での一夜――
ほんの少しの距離感が、やけに気になってしまう。
幼馴染との時間が、少しずつ変わり始める第30話です。
私は宿屋のおばさんに部屋の番号を聞き、廊下を進んでいった。
その途中、おばさんが「これ、濡れた服だと冷えるから」と言って、代わりの服を貸してくれた。
思いがけない優しさに、お礼を伝えてから部屋へ向かう。
扉を開けると、室内はしんと静まり返っていた。誰もいない。
さっき熱いお湯を浴びてしまったせいか、体がほてっている。
私は急いでシャワーを浴びることにした。
痛みはなかったけれど、もし火傷だったら跡が残るかもしれない。そう思って冷水に切り替える。
ひやりとした水が肌を打つ。数分もしないうちに寒気がしてきて、急いでバスタオルで体を拭いた。
借りた服――浴衣は、サイズが合わなかった。やや大きめで、肩のあたりが少し緩い。
でも、小さくて入らないよりはずっといい。そう思って袖を通す。
そのまま鏡台の前に座り、ドライヤーで髪を乾かす。
ぶおーという音が部屋に響く中、まだ少し寒さが残っているように感じた。
私は布団に潜り込むと、ほっとひと息ついた。
柔らかな布団の温もりに包まれながら、気づけばそのまま眠ってしまっていた――。
♦♦♦
(世未、どこ行ったんだ……)
宿の中をひと通り探したけれど、姿は見当たらない。仕方なく部屋へ戻ると――
そこには、布団にくるまって眠る世未の姿があった。
「……!? な、なんでこんな所で寝てるんだよ……!」
驚きながらも、視線は自然と彼女の寝顔に吸い寄せられる。
(寝顔、可愛い……)
じっと見つめたまま、思わず固まる。
――はっ!我に返って慌てて頭を振った。
(何してんだ俺!)
軽く頭をブンブンと振って、気を取り直す。
しかし、ふと布団の掛かり具合に気づいた。
「……ったく、ちゃんと掛けないと風邪引くだろ」
そっと布団を掛け直す。
だが、顔を覗き込んだその瞬間――
(……近くで見ると、ドキドキする)
視線が離せない。胸の鼓動が妙に早い。
気づけば、小さく息をのんでいた。
(……なんだよ、俺。世未のこと、すっげー意識してるじゃん……)
照れくささと、それ以上に込み上げてくる何かに戸惑う。
それでも、そばを離れる気にはなれなかった。
ジョーは周囲を見渡し、誰の気配もないことを確認すると――
そっと、世未の隣に横になる。
(起きるまで……少しだけ、そばにいよう)
♦♦♦
どれほどの時間が過ぎたのかは分からないが、私はふと目を覚ました。
長旅の疲れが溜まっていたのか、ぐっすり眠ってしまっていたようだ。上体を起こし、大きく背伸びをする。
「世未、起きた?おはよう」
声がして、体がそのまま硬直する。
誰かが部屋にいるなんて思ってもいなかったからだ。慌てて目線を横に向けると、そこにはジョーが穏やかな表情で座っていた。
私は咄嗟に体勢を戻し、急いで彼に声をかける。
「ジョー、いつから部屋にいたの?」
「ん、俺が来た時には、世未は寝てたけど……2時間くらい前かな?」
「わわっ、そんなに寝てたっ? 起こしてくれればいいのに」
「ぐっすり眠ってたみたいだから、気にしなくていいよ。それよりさ、さっきはごめんな。ディーンと揉めたのはともかく、世未まで巻き込んじゃってさ。火傷とかしてない?」
「たぶん、大丈夫。あ、でも私慌ててたからしっかり確認してないや」
私は立ち上がって鏡台の前へ移動し、全身を確認する。
長い黒髪をまとめて首元も見てみたが、特に目立った異常はなかった。
「うん、大丈夫そう」
安心して振り返ると、ジョーの顔が赤くなっているのに気づく。
「あのさ……一応俺も居るんだし、もう少し警戒してよ……。信用してくれるのは嬉しいけど、その……」
「はっ!ご、ごめん!」
(私ったらジョーの傍で服を開けたり閉めたり……ドジにも程がある)
恥ずかしさに耐えきれず、思わず顔を背ける
そのとき、ジョーがすぐそばまでやってきた。
「首の後ろ、ちょっと赤くなってる」
「えっ!?ほんとだ!」
慌ててもう一度鏡台で確認する。
赤みはごくわずかだが、気になった私は急いで塗り薬を買いに行こうと扉へ向かう。
「ちょっと待って、そんな恰好で出掛けるつもり?」
「浴衣だと寒いかな?」
「寒いっていうより……色気が出てて危ない気がするから。俺が代わりに行ってくるよ」
「そんな大げさな……」
そう言いかけたところで、ジョーがすっと近づき、低い声で囁いた。
「俺の目の前でそんな無防備なことしてると……そのうち、本当に襲うぞ?」
「えっ!?」
「……冗談だよ。でも、あんまり他の奴の前でそんな格好するな」
(顔は赤いけど、ちょっと本気っぽい)
私は両手で顔を覆い、真っ赤になってしまった。
「そうだ……お前、一人でふらふらするの禁止な」
「えっ!?なんで!?」
「危険だから」
「いや、宿屋の中にいるだけだし!」
「ダメ。俺が見る」
「いやいやいや、意味わかんない!」
しばらく気まずい沈黙が流れるが、ジョーは「買ってくるよ」と言ってくれて、私は「じゃあお願いね」と答えた。
――彼が部屋を出てから少しして、私はふと、自分の服がまだ濡れたままだったことを思い出した。
宿屋のおばさんに洗濯機を借り、洗濯を済ませておこうと思ったのだった。
「(ジョーには外出は危ないと言われたけど、宿屋の中なら安全よね)」
そう思って洗濯機を借りに部屋を出ようとしたら、タイミングよくジョーが戻ってきた。
「お、今どこ行くとこ?」
「洗濯機借りようと思って。濡れた服、まだそのままだったから」
「……一人でふらふら禁止って言ったよな?」
「だ、だって、宿の中ならいいって思って……」
「まったく、油断も隙もないなぁ。ま、俺も手伝うよ」
「えっ、いいってば!」
軽いやりとりをしながらも、ジョーはしっかり世未の側にぴったりついてくる。
そして、部屋に戻ってからのことだった。
「ていうかさ、お前、ディーンには簡単にマッサージされるのに、俺が近づいたらめっちゃ警戒するよな」
「えっ!?それは……ディーンはまだ子供だから……?」
「ふーん……俺も足、揉んでやろうか?」
「ちょっ!?やめて!!」
「ほら、力加減もちゃんとできるし、……ほら、優しくするから(ニヤ)」
「優しくとか関係ないっ!くすぐったいのがダメなの!」
「そう言って、ディーンのときは平気そうだったくせに」
突然足を掴まれて、焦る。
「わっ、ちょ、ほんとやめ……っ」
「お?何だその反応。お前、意外とくすぐったがりか?」
「やーめーてーっ!!」
必死に逃げようとするも、ジョーは意地になったように笑いながらちょっかいを出してくる。
「やっぱディーンより俺の方が大人だし、力もあるし、マッサージも上手いんだけどな〜?」
「ジョー、ぜっったい調子乗ってるでしょ!?」
「……乗ってるよ。けど、お前が俺のときだけ、そうやって距離とると……ちょっと、ズルいって思う」
……その目は冗談っぽいのに、どこか本気みたいで。からかわれてるのは分かってるのに、胸の奥がざわざわする。
(ジョーの手が、熱を持ってるみたいに感じる。なんでだろう……ただ触れられただけなのに、鼓動がこんなに速いなんて)
(も、もしかしてこれ、ちょっと……ドキドキしてる!?)
そのまま2人の間に妙な空気が流れたが、私はふと洗濯のことを思い出した。
(洗濯……干さなきゃ。いや、それより、このままだと顔が真っ赤なままでジョーと目を合わせられない……)
「そうだ、洗濯物、干さなきゃ……」
「ん?俺も手伝うか?」
「だ、大丈夫!これは1人でやる!」
思わず顔を逸らして部屋を飛び出した。
――ドキドキが止まらない。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます✨
二人の“ただの幼馴染”ではいられない空気、楽しんでもらえたら嬉しいです。
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