第27話 炎を抱く騎士と、雨降る水の国
暴走する力、燃え盛る炎――。
その中で差し出されたのは、想いと抱擁だった。
心が通い合う奇跡の瞬間を、ぜひ見届けてください。
「くっ……今日は引いてやろう。だが次は必ず捕えるぞ!」
イザルトは言い捨てると姿を消した。
炎の壁がさらに激しさを増し、世未を中心に赤黒い炎の渦が巻き起こった。
「世未!」
ルロンド隊長が炎を避けながら世未を止めようとするが、炎の壁が強くて近づけない。
「隊長、危険です!」
ジョーが必死に叫ぶが、その声も炎の轟音に飲み込まれる。
「お姉ちゃん、やめて!」
ディーンは震える手で魔法陣を展開するが、炎の激しさに触れた瞬間、バリバリと砕け散る。
「そんなの無茶だよ……!」
「世未ちゃん、しっかり!」
ラトは魔力を込めた矢を番え、一気に弦を引く。「……抜けろ!」
矢は疾風のごとく飛ぶが、炎に呑まれ、弾き返された。
(ダメだ……これじゃ、近づけない!)
世未の体は赤黒い炎の渦に覆われ、ますます暴走していく。
「ううぅ……!」
その時、炎の隙間を縫ってルロンド隊長が強引に飛び込み、世未を強く抱きしめた。
「ルロンド隊長……来ちゃだめです! 私、隊長を傷つけてしまうかもしれない!」
しかし、ルロンド隊長は世未を離さず、力強く抱きしめ続ける。すると不思議なことに、あれほど暴走していた炎が嘘のように静まり返った。
「あれ……? 力が収まった……隊長、どうして……?」
ルロンド隊長は微かに苦笑すると、そっと私の髪を撫でた。
「……正直、俺にもわからない。ただ、お前を守ると決めた瞬間、炎がすっと消えていった」
「世未、みんなを助けてくれてありがとう……」
ルロンド隊長の落ち着いた声が耳元で響くと、不思議と胸の苦しさが和らいでいくのを感じた。あれほど激しかった炎が隊長の優しさに溶けていくかのように静まった。
(隊長の声、こんなに安心するんだ……)
「でも、私が捕まっちゃったから、皆が怪我をして……それに私の不思議な力で隊長を巻き込むところだった……」
世未は嗚咽を堪えきれずに泣きじゃくり、体が小刻みに震える。
「世未、自分を責める必要はない。その力がなければ、俺たちはもっと大変なことになっていた。よく頑張ってくれた……」
ルロンド隊長は優しく世未を抱きしめたまま慰めた。その温かな優しさに、世未はしばらく涙を止めることができなかった。
♦♦♦
私は思いきり泣いた後、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。すぐ傍で私の様子を見ていたルロンド隊長は、私の頭を優しく撫でる。変わらないその距離感の無さに、私は今まで以上に胸が高鳴るのを感じた。ちらっと横目でルロンド隊長を見ると、碧色の綺麗な瞳で優しく微笑んでくれる。私の不思議な力や泣き虫なところ、丸ごとひっくるめて受け入れてくれるその優しさに心惹かれ始めたのかもしれない。
ふと視線を落とすと、足元に不自然に輝く石が落ちていた。
「ん……?なんだこの石は……まさか」
水の刻印が刻まれている石を見つけた。
「隊長、この石は……?」
「これは、水の刻印が刻まれた石……。イザルトが落としていったものか」
ルロンド隊長は慎重に石を拾い上げると、厳しい表情で私を見た。
「重要な物だ。俺が責任を持って預かろう」
そして、今回の水不足の原因を探ることにした。
部屋から見えている木の根元を辿っていくと、魔導装置のモニターがいくつもあった。
「私、文字はなんとか読めそうだけど、機械にはあまり詳しくないなぁ。誰か、詳しい人いない?」
「お姉ちゃん、僕に任せて! 僕、前にラトから魔導装置の使い方を教えてもらったんだ!」
ディーンは指先を軽快に動かしながら、目を輝かせて魔導装置を操っている。いつも子供っぽいけど、こういう時は本当に頼もしい。よく見ると先程拾った石と同じ大きさの窪みを発見したので、それをディーンに手渡した。どうやらその石は魔導装置の起動装置用の石だったことが判明した。石をはめ込み魔導装置を起動する。数分も経たないうちに、水の供給が止まっていた理由がわかったらしい。
「この機械から『樹木』へアクセスが可能みたい。それで、誰かが故意的に水のエネルギーを奪おうと遮断してたみたいだよ。だから水が止まって雨も降らなかったんだね」
「そもそも『樹木』って、そんなに大事な役目を果たしているの?」
「この星は『樹木』のエネルギーで動いてるんだ。でも誰かが勝手に水の流れを止めちゃってた。でもね、ほら! もう大丈夫! 僕がちゃんと直しておいたから!」
えっへん、といった顔つきで自分の手柄だと主張するディーンは、生意気だけどとても可愛げに見えた。
「ふふ、そうね。ディーンありがとう」
「さすがディーン。天才ね♪」
「へへ~。僕にかかればこんなの余裕だいっ」
「ラト、あんまり褒めると図に乗るぞ」
すかさずジョーがラトに突っ込む。いつの間に仲良くなったのか、なんだか微笑ましく感じ、つられて笑ってしまった。
「よし、作業が終えたら女王の元へ会いに行こう」
「ちぇ~なんだよ。僕の活躍シーンだったのにー」
私たちは笑い合った。今回の戦いでまた皆との仲が深まった気がする。そして来た道を戻ろうと水の神殿を出た時には、雨が降っていた。水の国に平和が戻ってきたのだと実感することができ、とても嬉しさを感じた。雨の中での戦いは体力を大きく消耗するため、帰り道はなるべくモンスターを遠避けながら帰ってきた。街に戻る頃には既に夜になっていたため、宿屋で泊まり体力を回復させることに専念した。
それぞれが部屋で傷を癒す中、ルロンド隊長は真っ先に世未の元へ駆けつけた。
「世未、体の具合はどうだ?」
「はい……やっぱり疲れを感じますけど、それはみんな同じだと思うので、心配しないでください。でも、なんだかとても眠いです」
「無理もない。丸一日かけて水の神殿まで行って帰ってきたのだからな。それにあの圧倒的な炎の力……かなり体力を疲弊しているはずだ。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
「世未、あれから肩の痛みはどうなんだ?」
ルロンド隊長は、以前狼モンスターから負傷した世未の肩の傷のことを気にしている様だった。
「ん?そういえば、全然痛みがないので忘れていました」
「……」
ルロンド隊長は一瞬眉を寄せ、疑念を隠さずに私の肩を見つめた。
「どうしたんですか?」
世未は不思議に思ったのか聞き直す。
「いや、かなり深い傷だったはずなんだが……どうしてだと考えてな」
ルロンド隊長が世未の肩にそっと触れた。世未は触れた指先にドキっとしてしまい、思わず目線を逸らした。
「世未は昔から傷の治りが早いんスよ」
世未とルロンド隊長の間に、ジョーがやや強引に割り込んできた。ジョーの視線には、明らかにルロンド隊長を牽制するような鋭さがあった。私を守ろうとする気持ちはありがたいけど、隊長との間に何をそんなに警戒しているのだろうか。昔から私のことになると変にムキになるのがジョーの癖だ。
(ジョー……? なんでそんなにルロンド隊長を睨んでいるの?)
♦♦♦
気づけば、俺の視線はルロンド隊長を睨んでいた。――なぜ?
「世未を守るのは俺だ」
無意識に一歩、二人の間に踏み出していた。
(違う、俺はただ心配してるだけ……)
そう思いたかった。けれど、胸の奥のモヤモヤは消えない。世未と隊長が親しくなるのなんて――嫌だ。
♦♦♦
「そうとは言え、回復力の高さも尋常ではないと思うがな」
「俺は幼い頃から世未とずっと一緒なんで、隊長以上に解ってるつもりッス」
2人の間に何か火花が走るようなものを感じた。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
この回は私自身もグッとくる展開でした。
ほんの少しでも、心に何か残っていたら嬉しいです。




