第24話 熱に溶けた距離
少しずつ動き出す「まほおし」の世界。
今回は、仲間との向き合いと、すれ違いの中にある小さな優しさのお話です。
居酒屋に辿り着いた頃には、もう酔いの回っている人が多い雰囲気だった。
世未は決して話上手ではないが、まずは街の人から情報を集めようと思い、テーブル席に座っていた冒険者らしい装いの男女2人組に声をかける。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」
「んん? 可愛い子だね~。一緒に飲むかい?」
目の前にいた女性に話しかけたつもりが、女性の前に座っている男性に絡まれた。
(ナンパされてる……)
「じゃなくて、ちょっとこの街の状況を教えてほしくて、声をかけたんです」
「えぇ? 連れないね~。奢ってあげるから、そこに座ってよ~」
(どうしよう……こういうの慣れてないんだけど……)
世未は慌てて視線を泳がせる。必死で助けを求めると、視線の先にちょうどルロンド隊長がいて、目が合った。
しかし、男性に手を掴まれて座らされそうになる。そこへ、すかさずルロンド隊長が入った。
「彼女はまだ未成年なんだ」
「お兄さん、イケメンじゃん。彼氏?」
(彼氏って、私たち恋人同士に見えるってこと!? 恥ずかしい……)
「……ん? どこかで見覚えあるような……あっ! お兄さん、ニュースに載ってた火の国の隊長じゃん!」
その男性は興奮気味に私たちを見ている。そして目前にいる女性が喋り始めた。
「お兄さん、イケメンだから特別に情報を教えてあげる。どうやらさ、水の神殿から水の供給がストップされてるらしいわよ! だから、まずはそこで調査することをお勧めするわね。でも最近モンスターが凶暴化してるらしいから、気を付けて行った方がいいわよ~」
「水の神殿にいるイザルト・ヴァルターが水の石を悪用しているとか……。あいつ、ライゼン皇帝をすごく慕ってて、皇帝のためならどんな手段も厭わないって噂だ。でも最近のやり方は過激すぎるって評判だよ」
「アクエルの民も貧窮状態が長く続いているらしいから、何とかしてあげたいけどね。肝心のイザルト・ヴァルターが強すぎるのよねぇ、ひっく」
(ライゼン皇帝? そして、イザルト・ヴァルターが水の石を所持している……? そもそも、水の石って何なの?)
「……ふむ、そうか。情報提供感謝する」
「お兄さん、今度私とデートしてぇ~」
「おい、お前には俺がいるじゃん」
(逆ナンされてる……ルロンド隊長、本当にモテるんだなぁ……)
私たちはその場に居続けるとまた絡まれそうな雰囲気がしたため、一旦居酒屋から外へ出た。
居酒屋の騒がしい声が背後で遠ざかり、外へ出るとひんやりした夜の空気が肌を刺した。
「皆と合流しよう。ここは寒いから、宿屋に戻って――ハックシュン!」
「大丈夫ですか? って、顔が赤いですよ? 熱があるんじゃ……」
「平気だ、少し寒さにやられただけだろう……」
ルロンド隊長はいつもと違って弱々しく笑った。その様子が逆に不安を掻き立てた。
熱があるかもしれないと思い、私は急いで皆に部屋へ戻るよう伝えに行った。
♦♦♦
今日のところは情報収集に留めておき、また明日話し合う形にまとまった。
宿屋へ集合したはいいものの、ルロンド隊長が苦しそうにベッドで横になっている。
熱を測ってみると、39度の高熱だった。
普段凛としている隊長が、辛そうに息を吐きながら目を閉じている姿を見ると、私たちも動揺せずにはいられなかった。
「隊長が熱出すなんて、珍しいねぇ。付き合い長いけど、初めて見たよ」
♦♦♦
アディと私は手分けして看病をしていた。ジョーとラト、ディーンは食べ物の調達に行った。もう時間は深夜を回っているため、なんとなく疲れも出てきた。看病に付きっ切りというのも、意外と体力を消耗する。
「そういえば、世未。最近ジョーと喧嘩でもしてるのかい?」
「えっ!? ううん、喧嘩はしてないよ。どうして?」
「なんか2人ともお互い避けてる感じがしてね。何かあったのかってね」
(どうしよう……アディに打ち明けてもいいのかな?)
胸がチクチクと痛む。不安で心が乱れるけれど、アディの優しい瞳を見ると、少しずつ勇気が湧いてきた。
「何もないならいいのさ。ちょっと気になったから聞いただけ」
(アディはきっと私たちのことを心配してくれてるんだ……よし勇気を出して……)
「あのね」
「ん?」
「私、ジョーに告白したけど振られちゃったんだ……それからはジョーとちゃんと話をしてないの」
世未が両手をもぞもぞしながら打ち明けると、アディは腕を組みながら考え事をしているようだった。
「なるほどね。それで最近ギクシャクしてるわけだ?」
「うん。アディにはそう見えるんだね……」
「こういうのはどうだい?」
「えっ?」
「アタイがジョーに話があるって伝えて呼んでおくから、世未とアタイでジョーを待つ。で、3人で話す。それなら心強いでしょ?」
突然の提案に世未は戸惑う。
「私、でもジョーと何て話したらいいのかわからないの……」
「大丈夫。アタイに任せておいて!」
「うん、わかった」
世未とアディは、ジョーたちが帰って来るまでの間に、仲直りの作戦を話し合うことにした。
♦♦♦
ジョーが食べ物の調達から帰って来た頃、アディに呼ばれ、少し警戒した様子でやって来た。
「なんだよ、アディ。急に呼び出して……」
(まさか世未もいるなんて……これって、二人で話せってことか?)
ジョーは急に落ち着かなくなり、胸が妙に騒ぎ出すのを感じた。視線をさまよわせながら、ジョーは世未とアディの前に立つ。
♦♦♦
「まあまあ、そんな怖い顔しないで。最近、あんたたちぎこちないなーって思ってさ」
アディが軽い調子で言うと、ジョーは少し肩をすくめた。
「……別に普通だけど?」
「いや、普通じゃないでしょ。二人ともお互い避けてる感じだったしさ」
ジョーがちらりと世未を見る。
世未はうつむき、両手をぎゅっと握りしめた。
「……ごめんね、ジョー」
「え?」
「告白してから……私の方が避けちゃってたと思う。どう接していいかわからなくて……」
ジョーの表情が僅かに揺れた。
少しの沈黙の後、彼はゆっくり息を吐き出した。
「俺も……正直、どうすればいいのかわかんなくてさ」
ジョーは苦笑いしながら後頭部をかく。
「お前が真剣だから、適当に返事なんかできなかったし、だから距離を取っちゃってさ……」
世未は驚いた顔でジョーを見た。
「え……ジョーも?」
「うん。なんか……変に気を使わせたくなかったし、でも普通に接するのも難しくて」
「ほらね!」
アディが勢いよく手を叩いた。
「やっぱりただの気まずさだったじゃん! 二人とも意識しすぎてただけだよ」
世未とジョーは顔を見合わせ、少し笑った。
「……なんか、バカみたいだね」
「ほんとだよ」
ジョーの口元がわずかに緩む。
ぎこちなさはまだ少し残っているけれど、さっきまでの重たい空気はどこかへ消えていた。
「ま、これでまた前みたいに話せるんじゃない?」
アディがにっこり笑うと、二人は照れくさそうに頷いた。
世未とジョーは、アディの仲介のおかげで無事に仲直りすることができた。
♦♦♦
世未がふっと笑みをこぼした。その瞬間、ジョーの胸が高鳴る。
(やべぇ、なんで今更こんなドキドキしてんだよ……)
ジョーは慌てて自分の胸を押さえながら、軽く咳払いをした。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
ゆっくりペースかもしれませんが、これからも一歩ずつ物語を紡いでいきます。
あなたの時間を少しだけ、いただけて嬉しいです。




