第17話 隊長、それは反則です!
失恋の痛みは、時間が解決してくれるもの――そう信じていても、心がちくりと痛む瞬間は突然やってくる。
そんな時、そばにいてくれる誰かの存在が、思いがけず心を温めることがある。
これは、ジョーを忘れられない私と、静かに寄り添ってくれるルロンド隊長の、ある夜の出来事。
涙と笑いが交差する、少しだけ心が軽くなる時間の物語。
宿屋の主を気にしてか、部屋を移そうと一言告げられた。私の頭の中は、何も考えられなくなっていた。頭を抱えられていたので自然と目線が下を向く。肩をポンポンとしてもらいながら空の部屋へ入る。
「ここなら人がいない。好きなだけ泣いていいぞ」
私は一旦目線を上げた。そこには、いつも落ち着いた表情のルロンド隊長ではなく、優しげな表情をした一人の男の人がいるように見えた。
「(……ジョーとは、また違う温かさを感じる)」
ジョーも、こんなふうに私を慰めてくれただろうか。彼の優しさはどこか包み込むようで、ルロンド隊長は……まるで、そっと手を添えるような、穏やかな優しさを持っている気がする。
「(でも、ジョーはもう私を必要としてくれない。どんなに優しくされても、もう振り向いてくれることはない……。これは幻影……? また、ジョーの姿が見えるの?)」
私は泣くのを止めて、じっくり見つめた。
「どうした? 気が済んだか? ……フッ」
あははと声を上げて笑う姿に、とても驚く。
「(えっ……ルロンド隊長が笑ってる……! こんなに無邪気に笑うんだ!) なんで、笑うんですか」
「いや、すまない。泣き始めたと思ったら、急に固まってこっちを見てる姿が小動物みたいで可愛らしくて、つい」
彼は笑いながら、私の頭を軽く撫でた。普段の冷静で厳格な姿からは、想像もできない柔らかい仕草。彼の手が温かい。こんなにも優しく触れられたのは、いつ以来だろう。
「(……ルロンド隊長って、こんなに親しみやすい人だったっけ?)」
戸惑いながらも、私はその表情から目を逸らせなかった。彼がこんなに気を許してくれる相手って、私だけなのかな――。
「もう、私は動物じゃないですから!」
思わず二人揃って爆笑してしまった。辛かった気持ちがふっと軽くなったような気がして、ほっとした。笑う気持ちも落ち着いた頃、今の正直な気持ちを伝えた。
「ルロンド隊長……、私、なんだかとても気持ちがラクになりました。急に涙が出てしまったけど……ありがとうございます」
「気にするな。ん、この後夕食だが、食べられるか?」
「あ……私、多分顔が酷い状態だと皆が心配すると思うので、後にします。自分で宿主さんに伝えておくので、気にしないでください。それじゃあ……また明日」
私は立ち上がり、ゆっくりとその場を離れた。
早速宿主さんに事情を説明して、食事を少し遅らせてもらおうと一階へ向かった。優しそうな笑顔で宿主さんに了承してもらえた。そして急いでメイクの崩れを何とかしたかったため、自室まで走った。本当ならアディがいるかと思ったのだが、たまたま居なかったため、そのまま洗面台でクレンジングをする。
冷たい水ですすぐが、なかなか腫れは引かない……。それどころか朝より悪化しているようだった。室内の小さな冷蔵庫を漁ってみると、水の入った冷たいペットボトルが置いてあったため、それを使って冷やすことにした。ごろんとベッドに横になり、ペットボトルを患部に乗せる。
「(今頃夕食食べてるかな? 少し身勝手な行動をしてしまったかもしれないけど、心配かけないようにしよう。特にジョーには……)」
ちくん、と胸が痛む。まだ失恋の傷は癒えないが、きっと時間が解決してくれると信じて、少し目を閉じて休んだ。
「(休み終わったら、ご飯にしよう)」
♦♦♦
はっと目が覚めた時には、既にアディが部屋へ帰ってきていた。どうやら、剣の素振りをしているらしい。スラッとした細い腕だが、それなりの剣の重さには耐えられるようだった。
「アディ、おはよう(部屋で剣の扱いをするなんて、とても熱心だなあ。私も見習おう……とは言っても、火の魔法だから部屋の中では使えないし、今度ディーンに色々聞いてみよう)」
急に声を掛けたせいか、アディはびくりと肩を揺らした。
「おはよ……って、もう夜中だよ?」
「あはは、そうだったね」
「ん? 少しは元気出た? それならご飯食べておいで」
「うん、そうする。ありがとアディ」
アディはニカッと歯を見せて笑い、扉を開けてくれた。ほんの少し一緒にいただけなのに、なんとなく仲良く出来たような感覚があって、とても嬉しかった。
そして私は夜ご飯を準備してもらい、一人でゆっくり食べることにした。温かくて優しい味付けの料理は、私の心を癒してくれた。
♦♦♦
食べ終わり、部屋に戻る途中、ロビーで読書をしているルロンド隊長の姿を目にした。片足を組んで深いソファに座っている姿は、なんだかいつもと違う雰囲気だった。
「(珍しい……何の本を読んでるんだろう? 話しかけてみよう) 何読んでるんですか?」
「世未か。この本は部隊の戦術について書かれている」
「(ディーンに聞こうと思ってた魔法のこと、聞いてみようかな) その本は魔法について詳しく載ってたりしますか?」
「あまり詳しくは載っていないな。……どうした? 特訓でもしたくなったのか?」
「はい! アディが熱心に練習してるから」
「ああ、アディに触発されたか?」
ふいに、ルロンド隊長がわずかに口角を上げた。普段の落ち着いた雰囲気とは違い、どこか挑発的な笑み。私は一瞬、息を呑む。
「(え……? こんな表情、するんだ……)」
そのまま彼はわずかに首を傾け、私を上目遣いでじっと見てくる。軽い冗談のつもりなのだろう。けれど、その仕草が妙に色っぽく見えて、思わず心臓が跳ねた。
慌てて視線をそらしながら、軽く咳払いをする。
「そ、そんなことないです! ただ……練習してみようかなって」
「ほう……?」
低く抑えた声が、どこか楽しそうで、余計に意識してしまう。早くこの場を離れなくちゃ……。彼の声が耳に残る。冗談だと分かっているのに、なぜか胸がざわついた。
「(こんなの、おかしい。ジョーに振られたばかりなのに……。私の心は、まだ彼を求めているはずなのに……)」
彼の何気ない言葉に、なぜか心が揺れてしまう。
「魔法についてなら、ディーンに聞くのが一番だな。俺も少しアドバイス程度であれば可能かもしれないが、内容によるな」
「じゃあ、また今度教えてください。今日はもう夜遅いし……。(私は目が冴えまくっているけれど)」
「俺も今日はこのくらいにしておくよ。……おやすみ、世未。」
彼の声が、妙に優しかった。それがなぜか、胸の奥に引っかかる。背を向けて階段を登る姿に目を奪われる。もう少し何か話がしたいと思わずにはいられなかった。しかし寝るというのに止めるのは流石に気が引けるため、私も部屋へ戻った。静かに扉を開けた先には、アディの寝てる姿があった。時計を見ると、すでに深夜だった。起こしてしまうのも申し訳ないので、そっと部屋に入る。
「(きっと、気のせい。ジョーのことを忘れようとしているだけで、ルロンド隊長のことを意識しているわけじゃない……)」
自分にそう言い聞かせながら、私は布団を引き寄せる。心の中で何かが変わり始めている気がしたけれど、それを認めるのが怖かった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
失恋の痛みや、誰かに支えられる温かさ、そして新しい感情に気づく瞬間――そんな繊細な心の揺れを描きたくて、この物語を書きました。
ルロンド隊長の静かな優しさが、少しでも心に響いていたら嬉しいです。
そして、世未のこれからの心の変化を、一緒に見守っていただけたらと思います。
また次の物語でお会いしましょう!✨