理解出来ないでしょ、貴方には
あるところに、トマトが吐くほど嫌いな男の子がいました。
文字通りに、吐くほどな?
幼稚園では上手いことトマト好きな友達をつくって避けて、通い始めた小学校では給食に出てこなかったからなんとかなった。
ところがある休日に母親がトマトジュースを買ってきたんだ。
その男の子の姉がトマトを丸かじりするほど好きでな、子供が喜ぶと思って。
男の子はちゃんとトマトが嫌いって言っていたのに。
トマトジュースを唇に付けて露骨な嫌な顔をする男の子に母親は怒るんだ。
「残すなよ」「ちゃんと自分で飲めよ」「全部飲むまで見てるからな」
嬉々として飲み干して「おかわりないの?」と言っている姉に渡す事も禁じられて男の子は困った。
一口も飲まない男の子に母親はイラついたんだろうな。
「全部飲むまで全員遊びに行かせません」と宣言した。
姉はこの後友達と遊ぶ約束がある。男の子に味方がいなくなった。
「飲んだら吐いちゃう」と正直に言っても伝わらない。
「いや、吐くなよ。飲め」
母親から見たら好き嫌いしてるワガママボーイに思ってたんだろうな。
男の子からしたら理不尽にしか思えない。
何故欲しいと言っている姉に我慢させて飲めない自分に飲ませるのか。
何故こんな追い詰められなければならないのか。
敵に囲まれ覚悟を決めた男の子はコップの中のトマトジュースを一気に飲んだ。
「飲めるやんけ」と母親に吐き捨てられながらも男の子は急いで椅子から降りて「ごちそうさま」しに行こうとした。
コップをシンクに持って行かなければ母親に止められてトイレに駆け込めないからな。
せめてシンク内に吐こうと急いだ椅子から2歩目、母親の真横。
男の子は盛大に吐いた。
自分の服、足、絨毯に昼飯の麺混じりのトマトジュースをぶちまけた。
我慢するしない以前の話、気付けば吐いてた男の子はパニックになって固まっていたんだ。
母親もビックリしたんだろうな。
「何吐いてんねん」「突っ立ってんと、邪魔」「歩くな汚れが広がる」「吐くなら言えよ」「何してんの」「早くもう服脱いで」「きったないなぁ」「何してくれてんの」
そんな罵倒を浴びながらパンツ一丁で佇むしか出来なかったよ。
覚えてる?
まだ口から顎にかけて汚れている、何をすれば良いか分からずたたずむ俺に、粗方嘔吐物を処理した貴方は「で?」と不機嫌を隠さないように言ったのを。
「ごめんなさい」と謝る俺に「もう2度とジュース買ってやらんからな」と言ったのを。
そこから30分以上無視されてパンツ一丁で立ちぼうけしてる俺に「ジュース買わない宣言」によって家族内に敵しかいない末っ子の心境、知ってる?
味方がいない、じゃなくて、敵しかいない、なんだよ。
なんで今こんな話をしたのかって?
今のこの状況がトマトジュース飲む前の心境を思い出させてくれたからだよ。
幼い俺の為を思って好き嫌いをなくそうと頑張る母親と、逃げ道を防がれていく俺。
なんとか一人暮らしのフリーターを維持する俺の為を思って真人間になれ正社員になれと頑張る母親と、逃げた先に母親が現れ絶望する俺。
今回のトマトジュースは飲めそうにないや。
俺もいっぱい迷惑かけたと思う。
あの頃は「発達障害」なんて言葉すらなかったか一般的じゃなかったから、苦労もいっぱいかけたと思う。
そこはごめんなさい。
でもな、もう諦めてくれよ。
無理なんだよ。
貴方は俺を理解出来ないんだと思う。
「これからちゃんとするよな?」って言えちゃう所がもう無理。
理解される事を諦めちゃう。
「これまでの事謝るから」なんて言われても無理だよ。
血が繋がってようと無理だ。
無理。
貴方にとっての正解に俺を導きたいのか、理解出来る範囲に納めたいのか、俺の幸せを思っているのは分かるけど、無理だよ。
貴方が俺の現状を心境を理解してもらうのを諦めるくらいに無理。
分かってないんだよ。
貴方のセリフ、俺にとってどれだけ残酷なのか。
…今すぐ安楽死出来るならしたいって気持ち、分かる?
小学校の頃から定期的に自殺を考えていたんだ。
しないのは、死ぬのが怖いから。
苦しいのが、痛いのが、怖いから。
消えてなくなりたい、生まれなきゃ良かったと思うけど、自殺を実行出来るほど絶望もしてない。
そんな気持ち、理解出来ないでしょ、貴方には。