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脱獄  作者: 井上マイ
一章
6/9

賭け事

 二人は一階へ階段で行き、外の空気を吸った。エレベーターにしようと誘ったのだが、彼曰く途中で止まる可能性が高いからとのこと。囚人が式を取れば、当然看守に逃げられないようにエレベーターを使えなくするに違いない。

 空は真っ暗で、星空が輝きを増していて綺麗だ。満月は遠くの方で煌々と輝き、島々が遠ざかっていく。

 ここへ来る前に看守しか入ることができない保管場所へ行き、履歴書を手に入れていた。そして、囚人が比較的少ない場所へ行きカードと履歴書を海へ捨てる。これで僕は囚人になった。もう戻ることはできない。

「なあ、腹減らないか?食堂に行こうぜ」

 アルマはそう言って、一人でにゆっくり足を進める。

 このまま一緒に行っても良いのだろうか。彼を信用していいのだろうか。甚だ疑問だ。とはいえ、僕も実はお腹がグルグルと鳴っていた。食べなければ、力が出ないし頭の回転も鈍くなるだろう。

 渋々ついて行くことにした。


 食堂は地下一階にある。階段を使って降り、廊下を進むと大きな二つの扉が壁についている。ここが食堂だ。彼が扉を開けると、何やら囚人たちの歓声と応援の声が響き渡っていた。何事だろうか?

「いけ! やっちまえ!」

「ガルド、そいつを殺せ!」

 ガルドというのは誰だか分からない。が、抗争が繰り広げられているのは言葉に耳を傾ければ理解できる。

 集まっている中心まで囚人の人混みを掻き分けて前へ進むと、そこには見覚えのある男が座らされていた。ジョナサンだ。彼は脚と腕を紐で縛られている。

 今現在赤毛の大男に顔と全身を殴られ、蹴られている。赤毛の男こそ、ガルドだろう。

 ジョナサンの顔には青痣、おでこには赤いたんこぶが出来ている。鼻から血が垂れていて、凛々しいゴリラ顔から醜いおじさん顔に早変わりしていた。これは止めなければ、ジョナサンが死んでしまう。

「これ以上、争いはやめろ!」

 拳を振り下ろそうとした瞬間。僕は何も考えないで咄嗟に手を広げた状態で前へ出てしまい、殴っていたガルドに威圧のある眼差しで睨まれてしまう。まずいことをしたと気づいた時、既に遅かった。顔が真っ青になっていく。

 周りも空気を読んで、シーンと静まり返っていた。

「お前は囚人だろ? なぜ看守を助ける? お前もしかして看守なのか?」

 威張った口調でそう言われて、首を横に振る。

「ち、違います! 争いを見たくないだけです……」

 そんな言い訳など通るわけもなく、ますます怪しまれてしまう。

「そんなことを言っても顔に出ているぞ。お前は囚人じゃないな」

「……」

 何も言い返さず無言のまま。脚が恐怖で震えており、ちびりそうなほど緊張している。手が汗で湿っているほどだ。

 ガルドの隣にいたアジア系の囚人が、ひそひそと話しかけていた。それを聞いた彼はナイフを受け取り、眺めてから床にナイフを投げる。ちょうど自分の足の近くに落ちた。彼は得意げな笑みを浮かべた。

「囚人ならば、そこに座っている看守をこのナイフで殺せ。殺人を一度犯したことのある囚人ならできるはずだ」

「え?」

 突然の提案に困惑して、口が開いたまま呆然としてしまう。

「それともできないと言いたいのか? できないなら……」

 胸元からコインを取り出し、それを片手で捻り潰して投げつける。コインは四つに折り畳まれていた。男は怒鳴り声を上げた。

「お前をコッパミジンにしてやる」

 そう言われて、背中に冷や汗をかいてしまう。顔は真っ青になり、殺されたくないと瞬時に思った。とはいえ彼らが殺人を犯した悪であるのには違いない。悪を潰す正義感溢れる人格が現れるはずだが、今回は現れなかった。恐らく駆け引きに近いからだろう。

 こうなったらジョナサンを殺すしかないのか?それともガルドを説得するべきか。

 僕は床に落ちているナイフの柄を握りしめた。

 僕は看守を殺せない。とはいえ、ガルドに逆らったら確実に殺される。死にたくない。

 彼は他の奴よりかなりの筋肉質。がっしりとした体型で異常にデカい。赤い髪は短くてボサボサしており、顔にもそばかすがある。

 こいつと悪を潰す正義感だけで勝負したら、負けるのは確実だ。僕は悪いことをしている人間を何人も潰してきたが、窃盗犯やら未成年喫煙・飲酒をしている奴ばかりを相手にしていた。シリアルキラーを相手にしたことはない。

 僕は指に力を込めて決意した。

 ジョナサンにナイフの先を向ける。腹に向けてナイフで突き刺そうとしたら、その手を掴まれた。彼はこちらを鋭く睨み、嫌悪感を露わにする。

「俺のこと殺すつもりか? 自分の保身のために赤の他人を殺そうなんてお前らしくないな。俺のことは構うなよ。今すぐここから逃げろ。でないと、お前をずっと恨む」

 そう言われて目が覚めた。僕は何をしているんだ。囚人の提案を何故こうも易々と聞いているんだ。

 ナイフを落として、その場から逃げることにした。しかし逃げる直前にアジア系の囚人が僕の方を指さす。

「こいつ、囚人じゃなくて看守だってさ」

 訛りの強い英語でそう言うと、ガルドはニヤリと微笑み僕の頭にパンチを喰らわせようとした時だ。扉が開き、青のウルフヘアの眼鏡男子がそこにいた。切羽詰まった大きな声で、呼びかける。

「ガルドさん、貴方の弟が倒れていました。早く看病してください」

「なんだと!? 本当か?」

「はい、本当です」

 ガルドがいきなり扉へ向かうと、青い髪の男と共にどこかへ行ってしまった。これで一安心だ。ホッと息をついたのも束の間。アジア系の囚人が机の上に靴のまま乗り、見下すような視線から僕に吠えかける。

「おい、お前ら! ガルドはいなくなったが、まだこいつが囚人なのか看守なのか。はっきりしてねぇ! ケリをつけようぜ」

 その言葉に合わせて、周りにいた囚人たちが野次馬のごとく黄色い歓声と熱烈な応援をし始めた。こうなれば逃げることができない。僕はジョナサンを殺さなければいけないのか?額と背中に汗が滲み、脚に重い鎖を繋がれているのか、全く動けない。

「よっし! やっぱりこいつは囚人に化けている看守ってことだな。俺様がガルドの代わりに潰してやるよ」

 アジア系の囚人が机から降りて、僕に攻撃を仕掛けてきた。憎悪は溢れてくるが、狂気状態に入るよりもあいつの方が脚が速い。間に合わない。

 目を瞑っても殴られることはなく、数秒経って目を開けた。目の前に白髪の長身の男が立っている。アルマだ。彼はあいつの握り拳を握りしめて阻止していた。背後しか見えないので表情はわからないが、ポーカーフェイスなのは明白。

「こんな争い見ていられない。やめろ」

 迫力のある声で忠告した。そういうところが男らしくて、憧れてしまう。まるで僕が王子様を待つお姫様になったような気分だ。王子様は姫にとっての勇者となり、悪を殺す役目となる。

「なんだ、お前。俺様の邪魔をするつもりか! こいつは看守なんだ。殺して当然だろ!」

「何故そう思うんだ?」

「何?」

「看守も囚人も関係ない。どちらも生きている人間だ。こんな醜い争いに意味があるのか? こいつは弱い人間だ。弱い人間を殺そうとするのは、アンタの心が弱いからじゃないのか? 俺を殺してみなよ、できるんでしょ?」

「ぐっ……うるせぇ! 俺様が一番偉いんじゃ! 看守とお前を殺すのはこの」

「兄貴、やめましょうよ!」

「なんだと……」

 アジア人らしい男が、背後から両腕を押さえつけて止めに入る。兄貴と言っていることから、仲間なのだろう。焦り具合から、アルマのことをひどく恐れているようだ。額には、びっしりと汗をかいていた。

「あいつ、アルマ・テイラーですってば! 白い(ウルフ)と言われて恐れられた悪の根源ですよ。敵いっこありませんって!」

「うるせえな! やらねえと分からねえだろ!」

 アジア系の囚人は仲間の言いつけを無視し、腕を振り払う。仲間は後ろで尻餅をついた。それと同時に、右手で殴りかかる。彼はそれを瞬時に避けて腕を握りしめ、放り投げた。投げられた男は近くにあった机の脚に背中を叩きつけられ、グキっと骨の折れる音が響く。アルマは男の歪んだ表情に薄らと笑みを浮かべていた。

 普通の人ならば、心配するか後悔するかの二択だろう。が、彼にはそのような選択肢は頭の中にないようだ。

 しゃがんで男の太い腕を掴み、曲がらない方向に曲げ始めた。相手は大きな醜い叫び声をあげたが、誰一人助けることはしなかった。皆面倒くさい事に関わりなくないのか、見て見ぬ振りをしている。

 アルマは曲げることをやめず、むしろ楽しんでいるように思えた。それどころか、脚も曲がらない方向に曲げ始めている。これ以上は流石に見ていられなくなり、彼を背後から切り離そうとする。

「アルマくん。それはやりすぎだよ!」

「やりすぎ? どこが?」

「相手は痛い痛いって喚き散らして助けを求めているんだよ。苦しそうだから……」

「どうしてそう思うんだ? こいつはお前を殺そうとしてきた奴だぞ。ただの正当防衛だ。こいつの腕と脚をダメにすれば、もう危害は加えてこない」

 全くといっていいほど話が噛み合わない。何度もやめろというが、それを無視して首を締め始めていた。アジア系の囚人の顔から血の気が引いて、口から泡を吹いていた。それでも周りは助けることはせず、皆食堂から去ったり飯を盛りに行ったりしている。やはりまともなのは、アルマしかいないのかもしれない。

 よく考えれば、僕を守るために実行した行為だ。あのまま狂気モードに入っていたら、この食堂が血の海に化していただろうし、殺される可能性も充分あった。やりすぎではあるが、彼なりの気遣いなのだと結論づける。内心ほっとした。

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