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脱獄  作者: 井上マイ
一章
3/9

緊急事態

 ジョナサンの青くて濁った瞳から、監視室のモニターに目を移す。監視カメラの映像が壁一面に、規則正しく並べられている。そのモニターの一つに焦点を当てた。

 とある牢獄の場所で、緑瞳の男に睨まれた。思わず目を背ける。

 褐色の肌に、黒髪で坊主頭に近い短髪。右脇は刈り上げているせいなのか、地肌がよく見える。

 睨まれた気がするけど、どうせ気のせいだ。大したことじゃないし、怯える必要もない。ここは警備の体制がしっかりしているので、どうってことはない。

 あと気になることといえば……。やはり今、廊下を歩いている白髪の男だろうか。看守の二人に挟まれて歩いており、両方の手首には拘束器具。首輪も嵌められていている。

 首輪について聞いたところ、逆らった場合そこに電気を流して反抗する意志を無くすことが目的らしい。つまり囚人には人権がないということ。もし自分が囚人だったら、精神的に耐えられず死んでしまいそうだ。


 暗い顔のまま歩いている白髪の男の名は、囚人番号「No.403336」。ヘリコプターの中で一緒になった囚人だ。

 この船に来るまでは、待ち合わせのビルからヘリコプターで連れてこられていた。特に同乗していた403336と話すことはなく、ずっと無言。少し話したことといえば、水をあげた動作くらい。咳をしていたのを終始見ていて、息苦しそうだ。お人好しの性格が出てしまい、水を渡すことにした。


「この水あげるよ」

「ありがとう、助かるよ」


 英語でやりとりし、彼が勢いよく喉へ流す。ペットボトルを返した後。いきなり右腕を引っ張られたのは、正直びっくりしている。ちびりそうになったじゃないか。腕がもげるかと思ったわ。あの時のアイツの顔が無表情だったのも、恐怖心を植え付けられたぞ。

 とはいえ、他の看守のおかげで難を逃れる事ができたのが不幸中の幸い。そのせいもあってか、彼のことが恐怖の塊としか捉えられない。極力、関わる必要もないと言える。


「さてと、行くか」

「はい」


 その掛け声に大きな返事をして、次の場所へ移動する。

 着いたのは、地下二階の非常用出口付近にある男子更衣室だ。ここで看守服に着替えて、仕事をするという。


「ここで働くには、作業服が必要だ。このカードを使えば、ロッカーを開けることができる」

「ありがとうございます」


 ジョナサンから黄色いカードをもらった。よく見ると、差し込む矢印。看守番号、自分の名前とスーツ姿の写真が載っている。こいつがあれば、看守しかいけない場所へ行き放題。


「俺はここで待っている。色々教えたいことが山ほどあるんだ、着替えてこい」


 こくりと無言で頷き、靴を脱いで入る。流石に、外の土や砂などを入れるわけにはいかない。

 更衣室を入ってすぐ、白いプラスチック製のベンチ。リサイクルマークの描いてあるゴミ箱が置いてあった。それを素通りして、ロッカーをくまなく探す。そこには人っこ一人いない。皆、仕事をしているのだろう。


「3087番……どれだ?」


 ずっと目を凝らして探していたら、自分の番号を見つけた。一番奥だ。矢印方向にカードを差し込むと、上のロッカーが開く。中には折り畳まれた、看守服一式が入っている。

 ネクタイを外して、着てきた黒いスーツとワイシャツを脱ぎはじめた。半袖シャツも脱ぐ。

 白の黒縁ズボンを履き終えて、看守用のワイシャツを取り出していたら誰かの視線を感じる。身も毛もよだつ殺意だ。気のせいかな?

 得体の知れない威圧を感じたが、振り向いても誰もいない。無視して上着を着ようとした瞬間。いきなり足のくるぶしを蹴られ、体のバランスを崩して倒れた。

 何が起きたのか分からない焦りの表情で目の前を見ると、肩と脚を凄まじく強い力で押さえつけられている。

 何が起きたか理解するために、頭をフル回転。目が冴えると、そこには先ほどこちらを見ていた坊主頭の男が!彼は、どこにでも売っていそうな鉛筆を右手で握りしめている。一体何をするつもりだ!?

 囚人があまりにも強くて、起き上がることができない。聞こえてくるのは荒々しい息遣いだけ。

 男は鉛筆の鋭い部分を使い、心臓あたりにばつ印をつけてきた。傷から赤くて新鮮な血が流れる。痛すぎる……あまりにも痛すぎて、言葉が出てこない。しかもそのバツ印の真ん中に、鉛筆の鋭い先端のところで刺してきたのだ。痛みが絶頂に達し、嗚咽が漏れる。

 初めて感じた激痛が全身に駆け巡ったことで、こいつが悪だと認識した。こいつは潰さなきゃ、だめなんだ!

 悪意を見て意識を失いかけそうになるが、ここで意識を失ってはいけない。歯を噛み締め、なんとか腕の震えを収まるよう必死に粘る。

 男がニヤリと微笑みを浮かべた瞬間、彼に高圧電流が流れた。


「グァァァァァ!!」


 奇声を上げながら、その場で倒れる。ギリギリで助かった。とはいえ、頭に激痛が走り、混乱状態。必死に深呼吸して、気持ちを徐々に沈めていく。


「死んでないか?」

「死んでません……」


 顔色を変えてやってきたジョナサンが、囚人に小さな電撃棒で攻撃したようだ。それから囚人はびくともしない。ただ下敷きになった僕は彼の体重が重すぎて、身動きが取れない。その後、スピーカーからアナウンスが入った。


「看守のみなさん、緊急事態です!A級の囚人たちが脱走しました、今すぐ出口から逃げてください!」


 早口のアナウンスが流れて、そのままぶつ切りされる。声からも焦っていることがよく伝わった。しかし、そんなものがいきなりされても理解できるわけがない。頭の中は真っ白だ。


「お前も逃げろ!どこでもいい!すぐここから去るんだ!!」

「先輩助けてください!重いんですけど……」

「自分で脱出してくれ!時間がない!」


 青ざめた血相のまま低めの叫び声をあげると、ジョナサンは僕の表情を見ることなく更衣室から出て行ってしまった。

 上に覆いかぶさっている囚人をなんとか自力でどかして、僕はズボンを履いた状態のまま看守専用カードを前ポケットに入れる。急いで外に出た。見るとたくさんの看守が囚人に潰されている。廊下は血まみれで、看守たちの死骸が積まれていた。これはまずい!

 急いで更衣室に戻ろうとしたら、一人の細長い体の男が襲い掛かってきた。手には木の棒のようなものを握っている。


「きぇぇぇぇ!!」


 意味不明な叫び声と共に潰されそうなところ、近くにいた黒髪の年老いた看守がそいつの右膝に撃退用の棍棒で攻撃した。そいつは横に少しよろめき、態勢を崩す。


「おい!怪我はないか!?」

「はい!」


 少しばかり灯りが見えたものの、看守が切羽詰まった表情をしているので油断は禁物。これ以上攻撃されないようにしなければ、自分の身と柔な精神は持たない。ましてや更衣室へ向かっていた看守は全員殺されていたのだから、また暴走してしまいそうだ。戦わないで逃げよう。

 両方の拳を握りしめて、自我を抑えるために歯軋りした。ここから脱出しなければ、僕の命はない。

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