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第81話 死にたい理由

『ありがとうございます。だけどごめんなさい。私は死にたい。それは変わりません』


 ――目の前にたたずむ存在は人間ではない。

 目の前にいるはずで遠い存在である女神は、感情が抜け落ちたかのようにそう言い放った。

 ただの人間ではとても真似できるような言動ではない。

 それまでの流れを、自分のために考えてくれた時間を、自分のために奮った勇気を、自分のために尽くしてくれた努力の数々を、目の前の存在はそれらすべてをまとめてゴミ箱へと投げ捨てたのだ。

 

 ――意味が分からない。

 なぜこんなことができてしまうのだろうか。

 その答えはただ一つだろう。

 目の前の女神様は人間ではないのだ。

 ヒトという生物の物差し尺度では測ることのできない存在なのだ。

 人類の仲間の一人ならば、どんな極悪人だろうと、どんなに聖人のような心優しき存在だろうと、必ず持っているはずの感情を目の前の天使は持ち合わせていないのだ。


 ――とにかくりえのことが心配だ。りえは強い。僕なんかよりよっぽど強い。

 だけど無敵というわけではない。

 りえの精神の強さは、あらゆることに打ちひしがれることによって出来上がった力だ。

 生まれ持っての特殊能力などではない。

 

 ――だからこそ、せめて僕だけでもりえのそばで彼女を支えてあげなくてはならない。

 だというのに、自分が立つべきであった場所に立たせてしまった。

 つらい思いをさせてしまった。

 この数分間の中で、りえもいろいろ考えて、導き出した答えだったのだろう。

 りえなりに、そこが終着点であると判断したのだろう。

 そんな中でのあの言葉。

 りえの心境を考えるだけで、吐き気がする。


『――申し訳ありません。りえさん、葵さん。あれだけ私を変えようと考えてくれていたというのに、裏切る形となってしまって……』


 女神様は短く長い沈黙を破るようにそう言った。

 先ほどの口調とは打って変わり申し訳ない思いが感じ取れる。

 急な変化に少し驚いた。

 おそらく思考を読み取り、少しは申し訳なく感じたのだろう。

 だが、なぜそう思える感情を持ち合わせているというのに、今までまったくそれを表に出さなかったのだろうか。

 本当に意味がわからない。理解不能だ。


『そのお詫びといっては何ですが、私が死にたい理由をもう少し詳しく話しましょう』


 女神様は、少し間を開けるとそう言葉を続けた。

 お詫び……。この人は本当に一体なんなのだろう。

 お詫びをするくらいならこうならないように立ち振る舞えばよかったのだ。

 女神様ならできたはずだ。いや、それは買い被りすぎなのだろうか?

 とにかく、こういうところは、やけに人間味が感じられるのだ。

 それにしても……


「死にたい理由? 」


 とは、一体なんなのだろうか。

 これさえ知れれば今の状況を打破することも可能かもしれない。

 聞かない理由はどこにもないだろう。


「――はぁ……。ならさ、最初から言えば良かったじゃない」

『では早速話しますね。まずは知っているかも知れませんが、私の名前と存在を基本知識として話しますね』


 ――りえを完全に無視して話を始めた。

 確かにりえの言うことはもっともだ。

 最初から理由を言っていれば良かったのだ。


 ――それにしても、やはりさっきの一件のせいでりえが感情的になってしまっているのだ。

 りえが感情的になることは非常に珍しい。

 表情豊かではあるものの、自分のマイナスな気持ちを前に出すことはほとんどしない。

 そりゃ気持ちを前に出すことは精神の安定に少しはつながると思うし、そこまで悪いこととは思わない。

 でも、いつもとのこの違いは妙に引っかかって……なんというか、心配になる。


「ねぇ、あなた……人のことを無視しちゃいけないって知らないの? 」

『ん? あー。あれは質問だったのですね。当たり前のこと過ぎて、質問だという認識を欠いていました。申し訳ありません』


 ――うっわ。何この空気。

 女子の喧嘩というやつだろうか。正直怖い。

 なんというか、女神様の言い方が煽っているようにしか感じられない。

 言う必要のない言葉をあえて言っているように感じる。

 なぜこんなことを言うのだろうか。

 女神様に受けた恩を忘れたつもりは全くないが、流石にこのまま喧嘩が悪化するならば、もちろん僕はりえの味方をする。

 しかし、味方をするといっても喧嘩にならないことがもちろん一番なので、ここは仲介をしてみるとしよう。


「まぁまぁ、二人とも一旦落ち着いて……」

『葵さん。私達のどこが落ち着いていないのですか。とても落ち着いているではないですか』

「え? いやいや……」

「大丈夫よ。葵」


 ――仲介しようとしたのだが、女神様にはすっぱりと切られ、りえには優しく、大丈夫だと言われてしまった。

 二人が必要としない以上、これ以上仲介をしてみるのは藪というものだろう。、

 黙って様子を見るしかないのだろう。


「――で、当たり前のことってどういう意味よ」

『そのままの意味ですよ。私が死にたい理由を答えなかった訳は聞かれなかったからです。思い出してみてください。あなたはどうして死にたいのか。それが事実なのかといったことは私に聞きましたが、詳しく聞かせてほしいとは言われていませんからね』

「はぁ……。屁理屈というか何というかね……」


 ――これぞ万人が認める屁理屈というものだろう。

 確かに、直接は聞いてなかったものの、それに似た質問はしていたような気がする。

 今回は何がどうであれ、屁理屈以外の何物でもないだろう。

 難癖というか何というか……。

 女神様とりえ仲が悪い、いや女神様はりえのことをあまりよく思っていないのだろうか。

 とにかく、嫌がらせをしているようにしか感じられないのだ。


「まぁ、良いわ。それじゃあ、その死にたい理由ってものをもう少し詳しく教えてちょうだい」

『しょうがないですね。……では、まず自分の名前と存在を話しますね』


 ――――。

 そういえば、本名すら聞いたことがなかった。

 いつも女神様と読んでいるし、それでしっかり定着してしまっていた。

 ガイアがカオス様と読んでいるので、カオスという名前である確率が高いと思うが確定ではない。

 本名すらあやふやだと考えると、いかに女神様のことを僕が知らなかったのかが嫌というほど分かる。


『私の名前はカオス。この世界を創造した原初の神にして、混沌と無秩序を象徴。史上最悪の悪神です』


 ――は?

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